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「エイル、フレイヤとはどういう神なのかな?」


「ヴァン神族の女神で、ラグナロクで死んじゃったフレイ様の双子の妹さんだよ。神々の中で最も美しいって言われていたんだって」


ゴーレムの後を追いながら問う敦盛にエイルが答えた。


「ああ、それでラグナロクが始まる直前にヴァナヘイムに帰されたって・・・・」


「うん。それからどうしていたのか分からなかったんだけど、お兄さんに代わってこのアルフヘイムを治めていたんだね。宇宙一美しい女神様に会えるなんてすっごく楽しみ!」


エイルははしゃぎ、前を行く兎頭のゴーレムの背中に飛びついた。ゴーレムは何の反応も示さず、機械のように前に進むのみである。


「宇宙一美しい女神か・・・・。確かに楽しみであるな」


今川義元が好色な笑みを浮かべながら言った。女神を女色の対象として期待し

畏れ多いなどとは露も思わぬエインフェリアはこの男くらいのものだろう。


「その女神はさっきまで明らかにわしらを殺すつもりでおったな」


「確かに・・・・。ブリュンヒルデが気を失うまでに神気を振るわねば、私たちは船もろとも木っ端微塵になっていたでしょうし」


ブリュンヒルデを背負った重成が又兵衛に応えた。


「それなんだけど、フレイヤ様やエルフの人たちはエイル達のことを敵だと勘違いしたんだと思うよ」


ゴーレムの背中にしがみついたままのエイルが言った。


「敵?エルフとやらに敵がいるのか?」


「うん。デックアールヴっていう闇の妖精とずっと諍いを続けてるんだって。その人達が攻めてきたと勘違いしたんじゃないかなー」


「そんな訳の分からん奴らと間違えて船を墜落させようとしたり、土人形を差し向けたりしたのか。全く短慮な神だな。これだから異教の神は・・・・」


ローランが憤然としながら言うと、


「短慮って・・・・。君に言われちゃ女神もお終いだな」


エドワードが苦笑を浮かべた。


「これはまた見事な森林じゃな・・・・」


ゴーレム達の前に広がる静緑な大森林を見て、ラクシュミーが呟いた。

ゴーレム達に続いて森林に足を踏み入れ、周りの緑一面の光景を見渡し、


(地上の森とは全く違う・・・・)


とエインフェリア達は皆同じ思いを抱いた。

これ程樹木が茂っている森であれば、通常ならば日光が遮られ、薄暗くなるはずだろう。

だが、この森の木々は末の葉の一枚一枚に到るまで生命力に満ち溢れ、輝かんばかりであり、それが天然の照明となって彼らの目を照らすのである。


(この森の中を歩いていると、体の中に力が満たされて行く・・・・)


エインフェリア達と戦乙女は感じていた。この森はかつてここを治めたフレイ神と現在治めている女神フレイヤの神気に満ち溢れ、自分たちはその恩恵を受けているのだと。


「う、ううん・・・・」


重成の背で意識を失っていたはずのブリュンヒルドが呻いた。

この森の癒しの力で失った神気がわずかに戻ったらしい。


「ここは・・・・?」


「ブリュンヒルデ、気が付いたか」


ブリュンヒルドは自分が重成に背負われていることに気づくと、わずかに狼狽し、


「じ、自分で歩けます、下ろしなさい」


と、か細い声で重成に命じたが、


「駄目だ。まだ歩ける程力は回復していないだろう。もうしばらくこのまま我慢してくれ」


「・・・・」


重成に静かに、だが力強く言われ、大人しく従った。


「・・・・ここは?一体何があったのですか?」


「ここは女神フレイヤが治めるアルフヘイムとやららしい。女神は当初、我らを敵と誤解し殺そうとしたようだが、敦盛殿のおかげでその誤解が解けたようだ。我らを館に招いてくれるらしい」


「アルフヘイム・・・・。そうですか、フレイヤ様が・・・・・」


「・・・・ブリュンヒルデ」


「はい?」


「貴方が気を失う程神気を振るってくれたおかげで、私たちは助かった。礼を言わせてくれ」


「・・・・礼などいりません。貴方達エインフェリアを導き、守るのが戦乙女の使命です。私は使命を果たしたにすぎません」


「・・・・」


重成は言うべき言葉が思い浮かばなかった。そしてブリュンヒルドもこれ以上言葉をかけられるのは苦痛であろうと察し、重成は口をつぐんだ。


「彼らがエルフか。まさに妖精といった姿だな」


エドワードが感嘆の声を上げた。

森の奥に佇み、重成達をじっと観察する複数の人影。それは人間の姿によく似ていたが、やはり人間とは違っていた。

まず目につくのは、その馬を思わせる長く尖った耳である。髪と瞳の色は多様で、西洋人に近い顔立ちといっていいだろう。

だが、彼らは男女ともに皆一様に華奢で背が低い。体格的にはエイルよりも貧弱である。

子供しかいないのだろうか、と思ったが、そういうわけでもないらしい。

確かにその顔貌は若々しく、最もみずみずしい活力に満ちた十代の若さを誇っているように見えるが、その瞳に浮かぶ深い光は、数十年生きた老人の知恵と経験を含んでいるようであった。

やはり彼らも戦乙女同様、年齢という概念が存在しないのかも知れない。


「よくぞこのアルフヘイムに参られた、ワルキューレとエインフェリアよ」


黒髪の女性のエルフが言った。その発せられる神気は他のエルフを圧倒しており、彼女がエルフを統べる地位にいるのは明白だった。


「ゴーレムを差し向けたことはご容赦願いたい。近頃、頻繁にデックアールヴが我らが領土を侵す故、フレイヤ様も我らも気が立っておるのだ」


「やっぱり・・・・」


エイルが頷いた。


「だが、貴殿らに敵意は無く、並みのエインフェリアとは違う力量を持っていることを知り、フレイヤ様はいたく感心なされたようだ。ここからは私が案内しよう」


そうエルフの長が言うと、突如彼女の側に木製の扉が現れた。


「この扉の向こうにフレイヤ様の宮殿「フォールクヴァング」がある。さあ、私に続いて入られよ」


彼女は扉を開け、その中へと入っていった。どこか別の空間に繋がっているのだろう。彼女の姿と気配は完全に消え去ってしまった。


「・・・・」


エインフェリアと戦乙女もまた、魅入られたように次々と扉の中に入って行った。


「ここは・・・」


彼らを迎えたのは、繚乱たる花吹雪であった。重成はかつて地上での二十三年の人生で春の終わりごとに散る桜に心奪われたものだが、今ここに見る花吹雪はそれを遥かに凌駕していた。

これ程凄まじく吹雪く花など想像したことすらない。まるで豪雪地帯の猛吹雪のようである。

その花弁は紛うことなく桜であったが、その馥郁たる香気といい、繊細な美しさといい、重成が知る日本人がこよなく愛する桜とは何かが違っていた。やはり女神の祝福を受けたが故なのだろうか。


「すごい、すごい!」


エイルが飛び跳ねながら歓喜した。


「エイル、敦盛くんと義元さんがいた日本でもこんな風景を見たけど、ここの凄さは段違いだね」


エイルが敦盛に話しかけたが、敦盛は答えなかった。いつしかその瞳からは涙が溢れていた。


「敦盛くん・・・・」


「あ、ああ、ごめんよ、エイル」


敦盛は流れる涙を拭って恥ずかしそうに言った。


「日の本の国を離れて、遠い世界にやって来て、もう桜を見ることは無いと諦めていたのに、こんな見事な花吹雪が見れて、嬉しいと同時に、何かもの悲しくて・・・・」


「うむ、よく分かるぞ、敦盛殿よ」


今川義元が言った。その目にはやはり涙がにじんでいる。


「やはり桜の花は我々日の本に生まれた者の魂を揺り動かす何かがあるようだ」


花と言えば梅の花を指し、桜には特に思い入れがない中国人の姜維も、桜そのものを見たことがないローラン、エドワード、ラクシュミーも四人の日本人の大げさな感動ぶりを怪訝そうに見つめていた。


「重成・・・・」


ブリュンヒルデが重成の耳元でささやいた。ささやかな声であったが、力強さが戻っているのを重成は確認した。この桜花の力でブリュンヒルドの失われた神気が完全に回復したのだろう。


「もう大丈夫みたいだな」


ブリュンヒルドを背から降ろした。


「・・・・何故貴方達日の本武士は桜の花にそこまで思い入れが深いのでしょうね」


「見事に咲いたかと思えば、わずかな時を経て潔く散ってしまう。その儚さが人生そのものに思えてしまうんだろうな」


「貴方達エインフェリアは神々の戦士として永遠の命を得たのです。儚いものにあまり思い入れを抱かぬようにして下さい」


「そう言われてもな」


重成は苦笑を浮かべた。


「確かに老いて死ぬことは無いのかも知れないが、やはりラグナロクの中で死ぬかも知れないだろう?まあ、そのような理屈はともかくとして、美しいものは美しい。そうだろう?」


「ええ、そうですね」


ブリュンヒルデがわずかに微笑みながら視線を再び花吹雪に移した。すると視界に広がる花吹雪が突如止み、木製の三角屋根の館が彼らの前に現れた。


「さあ、入りなさい」


エルフの長が言うと、扉が開き、屋内の光が地面に敷き詰められた桜の花に落ちかかった。











神界三国志ラグナロクセカンド

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