一、彼の死
瑛大が亡くなったのは、9月のある日。まだ残暑きびしい日だった。昼下がり、国道の道沿い、バス停近くに彼は車をとめて彼女と話していた。話し終えて、彼女が道を渡ろうとしていたところへ大型トラックが突っ込んで来た。彼女より先に気づいた瑛大が、彼女を助けに走り、彼女は助かり、瑛大は即死だった。大型トラックの運転手は、過重労働が原因で居眠り運転だったらしい。
私に連絡が入ったのは、夜遅くだった。しかも、姉からの連絡だった…。風呂上がりで、濡れた髪もそのままに、部屋を飛び出した。母さんは私の尋常じゃない様子に、すぐに状況を察し、車を病院へ走らせてくれた。父は母に、気を付けて、とだけ言い、深く頷いていた。
病院に着くと私は駐車する前に飛び出して、救急外来に向かって走っていた。
瑛大!瑛大!
緊急外来の入口すぐのベンチに、姉がぐったりもたれかかっていた。
「お姉ちゃん!!」
私の声に、ビクッとして、我に返ったような姉は「こっち…」と私を誘導した。
緊急外来の前の廊下には、瑛大の両親と、男の子たちが2、3人いて、泣いてる子もいた。
私は姉に手をひかれ、瑛大の隣に立った。
「瑛大!瑛大…?…ねぇ…真優だよ。ねぇ!…」
私は足がガクガク震えて、立っていられず、
目の前がぼやけた。
その後のことは、あまり覚えていない。
母さんに支えられて病院を出た。瑛大の両親とは話ができなかった。そのとき、なぜか姉は私たちと一緒には帰らなかった。そのことに少し違和感はあったが、それどころではなかった。
そのときは、なにも不思議に思わなかった。
ニ、さよなら
今日は、まだ暑いな…半袖にしてきてよかった…
駅から墓地までの道をテクテク歩いた。しばらく歩いて、緩い上り坂の上に、瑛大の眠る墓がある。昨夕、用意しておいた花と、水を汲んで、お線香、けっこう両手いっぱいで、瑛大の前に立った。
「おーい…そっちの世界は平和なの?痛みもないの?…就職決まったんだよ。春から社会人。ははっ笑。瑛大のせいで、3年間、キャンパスライフも彼氏なしだったよ…おかげでね、勉強、身にはいって、教授推薦で、ちゃんと希望してた研究職だよ。」
……
返事が返ってくるわけでもない。
「…今日で、終わりにするよ。いつまでも未練がましくいられるの嫌だよね。瑛大の遺伝子が選んだのは、私じゃなくて、お姉ちゃんだったし。私だって、まだ、若いし、素敵な恋したいし…。ぅう…」
涙が溢れてきた。落ちた涙が、小さくまぁるく乾いたコンクリの色を変えた。
……
天国にちゃんと聞こえているのだろうか…
「瑛大……、ぅ…、でも、…、私、出会えて…よかったよ。ありがとね。」
涙をぬぐって、笑顔をみせた。どんな別れ方でも、最後は笑顔で別れたい。
私は、歩きだした。
もう、ここには来ないよ。終わり。いっぱい泣いたし、いっぱい傷ついた。でも楽しいこともいっぱいあったよ。
さよなら、ありがとうね、瑛大…。
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