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午前|零《れい》時。
俺は、残りのモンスターチルドレンの願いを叶《かな》えるために、寝室に向かった。(下記の七人分の願いは叶えてやった)
ミノリ(吸血鬼)
マナミ(茶髪ショートの獣人《ネコ》)
シオリ(白髪ロングの獣人《ネコ》)
ツキネ(変身型スライム)
コユリ(本物の天使)
チエミ(体長十五センチほどの妖精)
カオリ(ゾンビ)
えーっと、十人中、七人の願いを叶えてやったから、あと三人か。
俺が、そんなことを考えながら寝室に向かっていると、どこからともなく出現したドッペルゲンガー型モンスターチルドレン|製造番号《ナンバー》 一の『シズク』が俺の背中にしがみついた。
「ナオトー! 遊んでー!」
「……うおっ! お、お前、いつから俺の影《かげ》に隠《かく》れてたんだ?」
「えっとねー、ナオトがお風呂場《ふろば》から出てきた時からだよー」
「そうなのか? 正直、全《まった》く気づかなかったぞ」
「私、ドッペルゲンガーだもん。他人の影《かげ》に入るのなんて、朝飯前だよー」
「そうか、そうか。それで、シズクは俺に何をしてほしいんだ? ……って、お前も目の色が変わってないな。どういうことだ?」
モンスターチルドレンは毎月十五日の午後九時から翌日の午前三時までの間『心の暴走』状態になる。
この時、彼女たちの心のうちに溜《た》まっていた感情が溢《あふ》れ出すそうだ。
要するに、マスターに自分の本当の気持ちをぶつけられることのできる特別な時間なのだ。
その特徴としては、目の色が赤、青、緑、黄、黒の五色で分割された色になる。
しかし、妖精型モンスターチルドレンや最近まで、この世界を放浪《ほうろう》していた者《もの》にはその現象は起こっていなかった。
「うーん、たぶん、私はもう満足してるんだと思うよ」
「え? そうなのか?」
「うん、そうだよ!」
「そうか。なら、いいのだが」
「ねえ、ナオト」
「ん? なんだ?」
「私のこと、好き?」
「おいおい、いきなりどうしたんだ?」
「いいから、答えて」
「あー、まあ、その……家族としてなら、好き……かな」
「それって、私の恋人にはなりたくないってこと?」
「まあ、今のところは……な」
「そっか。今のままじゃ、ダメなんだ」
「ん? 今なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ。ねえ、ナオト。今から私と遊ぼうよ」
「ん? ああ、いいぞ」
「やったあ! ナオトと遊べるー! 嬉しいなー!」
「はははは、今日はよくしゃべるな」
「だってー! 今は私がナオトを独占しても誰も邪魔できないし、怒れないんだよ? うれしくないわけないじゃない!」
「そうか。まあ、理由はともかく、何して遊ぶんだ?」
「それはもう決めてあるよ! あっちに進んでー!」
俺はシズク(ドッペルゲンガー)が指差した方を向いて。
「えーっと、お茶の間に行けばいいのか?」
「うん! そうだよ! 早く早くー!」
「はいはい、分かったよ」
こうした二人は、お茶の間へと向かったのであった。
*
「シズク、これはいったい」
「え? おままごとだよ?」
「いや、でも、これは」
「ナオトは、私の旦那《だんな》様で、私がナオトのお嫁さんだよ」
「いや、でも、服まで変えることはないだろう」
「ムードを作るためだから仕方ないよ。それに服は影《かげ》に絵具を塗っただけだから洗濯しなくていいんだよー。それじゃあ、始まりー、始まりー」
「……何か始まった」
「第一回『私とナオトのおままごと』!」
「いやな予感しかしないな」
「じゃあ、ナオトは仕事帰りのサラリーマンね」
「あ、ああ」
「ドアを開けて家に帰ってくるところから始まるよ」
「展開が読めた気がする」
「いいから早くやって!」
「……はいはい。ガチャ、ただいまー、今帰ったぞー」
「おかえりなさい! あなた!」
「おう、ただいま」
「え、えーっと、ごはんにする? お風呂にする? そ、それとも、わ、わた、わた……」
「お前が照れてどうするんだよ」
「だ、だってー! いざやってみると、恥ずかしいんだもん!」
「あー、その……スク水の上にピンクのエプロンを着るのは、前に見た時にバシッ! ときたから大丈夫だ。だから、その……自信を持っていいぞ、シズク」
「え? 私、褒められた? ねえ、今のって、褒め言葉なの?」
「ん? ま、まあ、そんな感じかな」
「本当? 嘘《うそ》じゃない?」
「ああ、嘘《うそ》じゃないよ」
「本当? じゃあ、私の眼帯の下にあるものを見ても、そんなことが言える?」
※シズク(ドッペルゲンガー)は、左目を黒い眼帯で隠《かく》しています。
「え? いいのか? 見ても」
「う、うん、大丈夫。ナオトになら見られてもいい」
「言い方がアレだが……まあ、どっちかって言うと見たい……かな」
「……分かった。じゃあ、外《はず》すね」
「お、おう」
シズクの眼帯の下に何があるのかは、分からない。魔王の力が封印されているとかだったら、結構やばい気がするが。
まあ、大丈夫だろ。きっと、多分。
俺はシズクの眼帯がポロリと床《ゆか》に落ちた瞬間《しゅんかん》、それを見てしまった。
「……シズク……お、お前」
「びっくりした?」
シズクの右目は紫色だが、左目は水色であった。
そして一瞬《いっしゅん》だけ、その目の中で巨大なヘビのようなものが動いた気がした。
俺は、その生物に見覚えがあった。
「ま、まさか……! あ、ありえない! なんで!」
「信じられないかもしれないけど、これが真実。私はモンスターチルドレンになった直後から、この目の力に覚醒《めざ》めたんだよ」
「シズク。お前は、それがどれだけ危険なものか分かってるのか?」
「……もちろん分かってるよ。これは、私の目じゃないし、魔王や神の目でもない。これは『嫉妬《しっと》の姫君』である私の運命……なんだと思う」
「たしか、嫉妬《しっと》の魔王『レヴィアタン』はどんな悪魔|祓《ばら》いも通用しないと恐れられていたな。そして、そいつと同一視されていたのが」
「そう、この目は中世からその『レヴィアタン』と同一視され始めた、神が創造せし、大海獣『リヴァイアサン』の左目だよ」
「『リヴァイアサン』はその硬《かた》い鱗《うろこ》と巨大さから、いかなる武器も通用しない最強の存在として恐れられていた。けど、たしかやつは」
「そう、ベヒモスとジズと共に供《きょう》されたはずだった……けど」
「片目だけ食われていなかったってことか?」
「ううん、正しくは魂《たましい》だけ生きていたんだよ。そうじゃなかったら、私の目はこんなに疼《うず》いてないよ」
「じゃあ、お前の本当の目は……」
「たぶんだけど『リヴァイアサン』に食べられちゃったんだと思う」
「……シズク。俺はあえてお前に訊《たず》ねるが、どうして俺なんかにそんなことを教えたんだ?」
「そんなの……ナオトのことが一番信用できるからだよ」
「いや、問題はそれだ」
「えっ? どういうこと?」
「俺が今まで出会ったモンスターチルドレンたちは、みな何かしらの過去や大罪に悩《なや》まされていた。だが、なぜか皆《みな》、俺に好意を抱《いだ》いている。そうだな?」
「そうだけど。それがどうかしたの?」
「どう考えてもおかしいんだよ。俺のことをこれっぽっちも知らなかったやつらが俺に会うことで改心したり、大人しくなったりすることが」
「そうかな? 私には、よくわかんないけど、この気持ちは本物だよ。誰《だれ》かに操《あやつ》られているわけじゃないと思う」
「いや、もっとこう、魔法レベルじゃないような力が働いている気がするんだ」
「ナオト、この話は保留《ほりゅう》にしようよ。ね?」
「いや、そうは言ってもな」
「ナオトは、今話している内容と私と遊ぶのと、どっちが大事?」
「そりゃあ……シズクとあそ……」
「ナオト、嘘《うそ》は良くないよ。本当のことを言って」
「いや、だから、シズクと遊ぶ方が大事だって言って……」
「嘘《うそ》つきには……然《しか》るべき罰《ばつ》を……与えないといけないね。ふふふふふ」
「お、おい、待て! シズク! 俺は!」
「ナオト、お願いだから、動かないでね?」
「お、おい、シズク。俺に何をする気だ! こ、こっちに来るな!」
俺は、しりもちをついてしまったせいか、腰《こし》が抜《ぬ》けてしまった。
ジリジリと近づいてくるシズク(ドッペルゲンガー)からは、もう逃《に》げることはできなかった。
「私と一緒にあの世で幸《しあわ》せに暮《く》らそうねえええええええ!!」
「うわああああああああああああああああああ!!」
俺は、その時、たしかに死んだはずだった。
「ナオト、大丈夫?」
先ほど俺を殺したはずのシズク(ドッペルゲンガー)の声が聞こえたことに驚きつつ、俺はそっと目を開けた。
するとそこには心配そうに、こちらの顔を覗《のぞ》き込《こ》んでいるシズクの姿《すがた》があった。
あれは夢だったのだろうか? 俺は、ゆっくりと起き上がると、シズクにこう言った。
「シズク、俺はどのくらい寝《ね》てた?」
「えーっと、たぶん五分くらいだよ」
「そうか」
「え、えーっと、その、ごめんなさい! ナオト!」
「ん? 急にどうしたんだ? シズク」
「だって! 私が無意識に『目の力』を使っちゃったせいで、ナオトは意識を失《うしな》っちゃったんだよ! 謝《あやま》るのは当然だよ!」
「そうか。途中までは夢じゃなかったんだな」
「え? なんの話?」
「いや、こっちの話だ。それで、その目の力っていうのは、どんなものなんだ?」
「え、あ、うん。えっと『リヴァイアサンの左目』には相手に『恐怖《きょうふ》と死』のどちらか、もしくはその両方を相手に体験させることができるよ」
「そうか、そういうことだったか。なるほどな」
「さっきから何をブツブツ言ってるの? 大丈夫?」
「大丈夫だ、問題ない。それより、シズク。遊びの続き、しなくていいのか?」
「えっ? まだやってくれるの?」
「お前が満足しなきゃ意味ないからな」
シズク(ドッペルゲンガー)は、とびきりの笑顔でこう言った。
「ありがとう! ナオト! 大好きー!」
「うおっ! おいおい、いきなり抱きつくなよ」
「ほっぺすりすりー。んふふー、しあわせー」
「ったく、お前ってやつは」
こうして、俺はシズクが満足するまで『おままごと』に付き合うことになった。