フロックが選んだ五人のエインフェリアの内、三人は明らかに日本の武士だろう。
もう一人は漢人で、最後の一人は西洋人である。
「フロック殿。我らは共に強大な敵に挑まねばならない同士だろう。喧嘩腰はいかんな。穏やかに話して、絆を深めるべきではないかな?」
丸顔の、いかにも温和そうな武士が言った。その口調には姪を注意する親戚の叔父のような温かみがあったが、フロックは鋭い舌打ちで応じた。
「信繁。あんたは日本の武士にあって最強を謳われた武田家の副大将だったんだろう。生温いことを言ってんじゃないよ」
「それでは貴殿は武田典厩信繁殿《たけだてんきゅうのぶしげ》ですか!」
重成と又兵衛が感嘆の声を上げ、頭を下げた。当然だろう。兄である武田信玄の補佐役に徹し、川中島の合戦で討ち死にした際には、敵手である上杉謙信からもその死を惜しまれた武田典厩信繁は後世武士の鑑とまで評された名高い存在である。敬意を表さずにはいられなかった。
「いや、そのような。頭をお上げ下さい」
左馬之助の官職の唐名である典厩で呼ばれる信繁はあくまで謙虚に応じた。一見すると篤実な農民を思わせる地味な容貌であるが、鋼のような強靭さと骨太な知性を兼ね備える深みのある人格が感じられる。
「お二方は日の本武士ですな。どこの御家中ですかな?」
「私は豊臣家にお仕えした木村長門守重成と申します。と言っても、典厩殿はご存知ないでしょうね。時代が違う故・・・・」
「拙者は後藤又兵衛と申す。筑前黒田家に仕えておりました。我らは共に、川中島の戦より五十五年後に行われた大坂の戦にて討ち死にし、こちらに参ってござる」
「五十五年後ですか・・・・」
典厩信繁は目を丸くしながら言った。
「魔物との戦といい、時代も国も違う選ばれたエインフェリアといい、未だに夢を見ている心地ですな。ああ、それよりも勘助」
典厩信繁は己の背後で影のように控える男に声をかけた。
「お前も名乗りなさい」
「勘助・・・・?」
重成と又兵衛がその男に注目した。
「それがし、かつて武田家中にて軍配をお預かりした山本勘助道鬼《やまもとかんすけどうき》と申す。以後、お見知り置きを」
「おお、やはり・・・・」
武田信玄の軍師として用兵、築城の卓越した手腕を発揮したことで名高い道鬼、山本勘助である。
後に書かれた軍学書、甲陽軍鑑では勘助の容貌は醜く、色黒で短躯にして隻眼とあるが、その通りの異形である。だが手指がいくらか欠け、片足が不自由とも書かれているが、その様子は無い。
エインフェリアとして新たな肉体を得て、欠損部分は治されたのだろう。
とすれば、その眼帯の下の左目も本当は見えるはずである。
「おい、信繁に勘助!何を呑気に自己紹介なんかしてるんだ。そんな奴らとなれ合うな」
フロックがやや濃いめの眉毛を釣り上げて怒鳴った。
「まあまあ、フロック。そんなに怒鳴らないで。せっかくの可愛らしい顔が台無しじゃないか」
形よく整えられた髭をたくわえた瀟洒な西洋の騎士が言った。均整の取れた長身で、優し気な眼をしている。四十代前半だろう。
「そちらの戦乙女もまた美しい。美女同士が争う事ほど不幸なことがあろうか。出来れば、二人には仲良くしてもらいたい」
騎士はやや芝居がかった口調で言い、そしてブリュンヒルデに熱っぽい視線を送った。
「フロックは私の目からすればまだ子供だが、そちらのブリュンヒルデ殿は淑女として完成された美貌を持っておられる。後ほど、二人きりでゆっくり酒など飲みたいところだね」
「まったくあんたって奴は・・・・」
毒気を抜かれたフロックが呆れたように言った。
「見境なく戦乙女を口説くエインフェリアなんて聞いたこともないよ。よくそれで「敬虔公」なんて呼ばれたもんだね」
フロックの軽蔑するような声とブリュンヒルデの冷たい蔑みの視線を受けても、ピャスト朝のポーランド大公ヘンリク二世はこたえた様子は無い。
「まあ、これでも生前はキリスト教徒として、大公、実質的なポーランド国王として謹厳に勤めてはいたんだよ。その責務からようやく解放されて、美しさと武勇を兼ね備えた戦乙女達と出会ったんだ。大いに恋愛を楽しまなければね。まあ、それはそれとして・・・・」
ヘンリク二世は残る二名の仲間に視線を送った。
「彼らは気難しい気性故、自分から名乗らないだろうね。代わって私が紹介させていただこう。こちらの年長の方は夏侯淵。魏とやらの国出身らしいよ」
「夏侯淵・・・・」
姜維が呟き、夏侯淵の顔を凝視した。夏侯淵は五十代だろう、引き締まった痩身で、左腕が右腕よりも若干長い。これは尋常ではない弓術の修行を積んだ証拠である。
「おや、知り合いかな?」
「そうか、姜維殿。夏侯淵殿は同じ三国志の時代の出身ですね。面識はあるのですか?」
ヘンリク二世と重成の問いに姜維は頭を振って否定した。
「いや、夏侯妙才(夏侯淵)殿とは直接面識は無い。だが・・・・」
姜維は夏侯淵に深々と礼をした。その老顔には生前の記憶を思い返し、万感の思いがにじみ出ていた。
「貴殿の御子息、夏侯仲権(夏侯覇)殿は拙者のかけがえのない友でござった」
「ほう・・・・」
夏侯覇は目を見張ってつぶやいたが、それ以上は口にしなかった。余程口が重い人物であるらしい。姜維も口数の少なさは同じようなものなので、これ以上会話は続かなかった。
「そしてこちらは・・・・」
「ヘンリク殿、そこまでにしてもらおう」
最後のエインフェリアがヘンリク二世を鋭く制した。
「貴殿らがどうしようが勝手だが、私はフロックと同じ考えだ。そのような者共らとなれ合う気はない。私の名を軽々しく告げるような真似はやめていただこう」
その武士はまだ二十歳くらいだろう。中背で、いかにも繊弱そうな容姿に似合わず、口調は狷介そのものだった。
息子程年の離れた若者に叱責され、ヘンリク二世は苦笑を浮かべた。
「やれやれ、顕家は相変わらず言う事がきつい・・・・」
「顕家・・・・?ひょっとして、貴方は北畠顕家《きたばたけあきいえ》卿なのですか?」
重成の声が感動で打ち震えた。幼い頃から「太平記」を愛読していた重成にとって南北朝時代における最大の勇将であった北畠顕家は憧れの英雄でだったのである。
わずか十代の年少の身でありながら奥州の豪族達を従えて逆賊足利尊氏の軍勢を幾度も破り、なおかつ主君である後醍醐天皇の失政を堂々と諫める気骨と見識を示しながら、わずか二十一歳の若さで散った顕家の華麗な生涯に重成は心酔した。
密かに我こそが当代の北畠顕家たらんと志したものである。
重成は顕家の謦咳に接っしようと歩み寄った。すると顕家は腰間の太刀を抜き払い、横なぎの一撃を重成に見舞ったのである。重成は間一髪後ろに飛んで躱した。
「何をなさる!」
「言ったはずだ。その方らとなれ合う気は無いと。気安く私に近寄るんじゃない」
顕家の声は陸奥に吹き荒れる氷雪のように冷たく、厳しかった。
「特にその方は武士であろう。私は武士という生き物が好かぬ。吐き気を催すほどにな」
「・・・・何故武士が好かぬのです?」
「何故かだと?」
顕家の顔に露骨な蔑みの色が浮かんだ。元々は繊弱な顔立ち故により一層辛辣で、重成の心を刃のように切り裂いた。
「その方ら武士の頭にあるのは所領を得るという我欲のみで、大義というものがまるで理解出来ぬからだ」
北畠顕家は武家ではなくれっきとした公家である。元々武士を見下す感情はあったのだろうが、当初は後醍醐天皇に従っていた武士が恩賞の少なさを不満に離反し、野放図なまでに気前の良い足利尊氏になびくさまを見て、その嫌悪は不動のものになってしまったのだろう。
「まあ、信繁と勘助はよい。同じくフロックに選ばれた身であるし、兄を、主君を守る為に戦って死んだそうだから同志と認めてやらぬでもない。だがその方らは別だ」
そう言って顕家は重成と又兵衛に蔑みの視線を送った。
「どうせその方らは身の程を弁えぬ欲心を抱いて合戦の場に出て死んだのであろう。条件次第では化物どもの軍勢になびくやも知れんからな」
「好き放題言ってくれるではないか、青二才が」
又兵衛が見事な髭を震わせながら進み出た。余裕の笑みを浮かべているが、その声色には紛れもなく憤激と殺意が濃厚ににじみ出ていた。
「太平記の英雄がこのような性悪の若造とはな。まあ良い、二度と大言を吐かぬよう、この又兵衛が躾てくれよう」
「又兵衛殿・・・・」
重成が又兵衛を抑え、凛然と顕家を見据えた。態度は丁重であったが、声は抑えきれぬ怒りに震え、瞳には激発寸前の雷火のような峻烈な光が宿っていた。
「撤回していただきたい」
「何?」
「武士が我欲のみで、大義を理解出来ぬという言葉をです」
「笑わせてくれる・・・・。撤回などするわけがなかろう」
顕家はより蔑みの色を深めながら冷笑で応じた。
「私は・・・・。いや、私の事はよい。ここにいる又兵衛殿も、残念ながらこのヴァルハラに招かれなかった他の同胞達も、我欲の為ではなく武士の一分を世に示したいという一念で戦い死んでいったのです。偉大な先人である顕家卿といえど、彼らを侮辱することは許されませぬ。是が非でも撤回していただく」
「自分のことはともかく、他の者はか。偽善極まる物言いよの。ますます気に食わぬ」
顕家の顔から冷笑が消え、周囲の空気が震える程の凄まじい殺意を明らかにした。
かつて井伊の赤備えを前にしても覚えなかった戦慄を重成は体験し、総毛だった。
「フロック!この下郎、斬り捨てて構わぬな」
「ああ、構わないよ。あんたの好きなようにやりな」
顕家の言葉にフロックは会心の笑みで応じた。
「フロック・・・・!」
苦々しい声で呟くブリュンヒルデを見て、フロックはいかにも心地良げである。
「何だったらお互いのエインフェリア五体五で、いやあんたと私も入れて六対六で殺り合うかい?」
「いえ、仕方ありません。こちらの木村重成とそちらの北畠顕家の一対一の決闘を認めましょう」
流石にブリュンヒルデはフロックの挑発には乗らなかった。
「ですが、王の間の近くで決闘するわけにはいきません。場所を変えましょう」
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