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ヴィートの執着は今に始まったことではない。しかし正直、ここまで彼に口を出す権利はあるのだろうか。これがファミリーに損害を与えることならば、セイだって大人しく引き下がっただろう。だけれどもこれは完全に個人の問題だ、ヴィートの感情だけで決められることではない。
エドアルドからのメッセージで揺さぶられた本能が、理不尽な要求に激しい怒りを爆発させる。
「どうしてそんなこと言うのっ? 何でエドと会うことが変なことなの?」
「セイ?」
「別にヴィーの仕事に迷惑を掛けるわけじゃないんだから、いいじゃないか。いくら君が僕の友人だからって、ドンだからって、僕の行動をここまで制限する権利はないだろっ」
これまでヴィート相手に、ここまで強い感情をぶつけたことなんてなかった。だからだろう、慣れないことに喉が震えたが、それでも言葉を止めることはできなかった。
「……ヴィーだってもう気づいてるんでしょ? 僕とエドが運命の番だってことに。出会えることすら奇跡だと言われている相手に出会えたっていうのに、どうして反対されなきゃいけないの?」
納得ができない。そう告げてヴィートの顔を強い目で睨むと、そこには同じように怒りを浮かべた顔があると思いきや。
「え……」
酷く傷ついた表情を浮かべた男の姿があった。
予想外の状況に、次の句が喉の奥に引っ込んでしまう。
「どうして……? 何で、セイがそんなことを俺に聞くんだ?」
眉根をきつく顰めてから頭を垂らし、床に視線を落としたヴィートが静かに呟く。
「君を最初に見つけたのは俺だよ? あんな急に出てきた男よりも先に見つけて、先にセイを愛したのは俺だ」
「愛……した?」
「何だい? あれだけ分かりやすい態度で示していたっていうのに、俺の好意に気づいていなかったっていうの?」
これまで彼から向けられていたのは友情ではなく、愛情だった。驚くべき事実の告白に、セイの喉が勝手にヒュッと鳴った。
「だって……ヴィー……好きだなんて告白、一度も……」
だからヴィートの執着は、一人しかいない友人を失いたくないからだとばかり思っていたのに。
「言えるわけないだろっ! 俺はアルファで、セイはオメガ……好きだなんて告げたら、君がオメガとして警戒するだろうと思って。だから、ずっと黙っていたんだ!」
ヴィートの慟哭を目の当たりにして、セイは言葉もなく天を仰いだ。
ああ、何ということだろう。
「俺には物心ついた時から、セイしかいなかった。マフィアの家に生まれて普通の生活ができない辛さも、セイがいたから耐えられた。だから君がオメガだと知った時、俺は初めて天と自分の生まれに感謝したさ!」
アルファとオメガなら男同士でも繋がることが許されるし、家族も作ることができる。それが暗く狭い世界を生きる中での唯一の救いだったのだとヴィートが叫ぶ。
「父が死んで、俺がこのファミリーを継いでまだ五年。いくらファミリーの名が大きくても、ドンとしては未熟だから君を迎えるには時期尚早だと思って、ずっと我慢してたんだ。それなのにあんな奴に……」
「ヴィー……」
「ねぇ、どうして俺じゃ駄目なの? セイを一番愛しているのも、一番幸せにできるのも俺だけなんだよ?」
「ヴィー、ちょっと待って。少し落ち着いて……」
「こんなことなら、もっと早く君を番にしておけば……――――いや、まだ遅くはないか」
ゆらり、と度数の高い酒に酔ったかのような動きで、ヴィートがゆっくりと顔を上げる。その顔は喜怒哀楽のどの感情も浮かばない虚ろなもので、得も言えぬ恐ろしさに全身が震え上がった。
「そうだよ、まだ遅くない。だってそうだろ? セイはまだあいつの番になってない」
「君は一体……何を言ってるんだ……」
セイの言葉を聞いていないのか、聞こうとしていないのか、ヴィートからは返事が一つも返ってこない。
「決めたよセイ。俺は君を番にする。次のヒートが来たらセイを抱いて、項を噛む。そうすればこんなにも苦しい思いをしなくても済むだろう?」
世紀の大発見だとでも言わんばかりの様子で話すヴィートの微笑みに、寒気を伴った恐怖が一瞬で最高潮に達する。
しかし、それも当然の話だ。
一般的にアルファとオメガは性交の際にアルファがオメガの項を噛んで番関係が成立するのだが、別段、それはヒート時でなくてもよしとされている。それなのにヴィートは、わざわざヒートまで待つと宣告した。つまりそれはセイが発情し、抵抗ができなくなった時を狙うのだと断言したようなものだ。
何て残酷なのだろう。ヴィートのことは友人として大切に思っているが、そんな身勝手なことを「はい、分かりました」と受け入れられるはずがない。
「悪いけど、僕はヴィーと番には……」
「そんなこと知らないっ! セイが先に俺を裏切ったんだから、俺だってもうセイのことなんて考えないよっ! 何が運命だ、忌々しいっ! そんなものにセイはやらないっ! セイは俺のものだっ!」
「うっ……くっ……」
獅子のごとき咆哮に、空気が大きく震えた。続くようにして噴き出した大量のアルファフェロモンに宛てられ、足が勝手に床へと崩れる。
「あっ……っ……か、はっ……」
苦しい。肺に思い切り圧力を掛けられて息ができない。
そんな中、ヴィートがゆったりとした足取りでこちらに近づいてきた。
「……さぁ、部屋に帰ろう。それとセイには悪いけど、次のヒートが来るまで部屋の外に出るのは禁止する。これは命令だ」
とうとう膝だけではなく全身が床の一部と化した身体を、壊れた笑みを浮かべたヴィートに抱き上げられた。
自分の意思で動くことができないセイは、浅い息を繰り返しながらヴィートの顔を見つめることしかできない。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。どこで間違えてしまったんだろう。どんどん薄くなっていく意識の中で繰り返し考えたが、その答えは暗闇に落ちるまで見つかることはなかった。