「キヨくん、これ飲む?」
P-Pがコンビニで買ってきたジュースを差し出す。
「おう、サンキュ」
受け取りながら、P-Pの顔を盗み見る。
こいつはいつも通りだ。
自然体で、優しくて、当たり前のように隣にいる。
それが、どれほど残酷なことか。
(……こんなに近くにいるのに)
(絶対に手に入らないんだよな)
俺は静かにジュースを飲みながら、喉の奥に苦い感情を押し込めた。
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「いぇーい!また僕の勝ち!」
「うるせぇ! 今のは運が悪かっただけだっつーの!」
P-Pはクスクス笑いながら、俺の隣でコントローラーを握っている。
「キヨくんってさ、負けず嫌いなのに、なんだかんだ僕には優しいよね」
「……は?」
不意に言われた言葉に、心臓が跳ねる。
「……そんなことねぇよ」
「ふふ、そう?」
P-Pは楽しそうに笑う。
その笑顔を見るたびに、どうしようもない感情が膨れ上がる。
(お前が俺に優しくするのは、ただの友情だろ?)
(でも俺が優しくするのは……そんな単純なもんじゃねぇんだよ)
「……P-P」
気づけば名前を呼んでいた。
「ん?」
振り向いたP-Pの瞳が、俺の心を簡単に撃ち抜く。
――ああ、やっぱりダメだ。
俺は、お前を好きになっちゃいけなかったんだ。
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夜、二人で並んで歩く帰り道。
街灯がP-Pの横顔を照らして、どうしようもなく惹かれる。
「キヨくん?どうしたの?」
「……なんでもねぇ」
P-Pが優しく微笑む。
その笑顔を、ずっと見ていたかった。
(もし、この気持ちを伝えたら)
(お前はどんな顔をするんだろう)
いつもみたいに「キヨくん、冗談でしょ?」って笑ってごまかされるかもしれないし、それすらなかったら――
もう、今みたいに隣にいることすらできなくなるかもしれない。
それだけは、嫌だった。
だから俺は、何も言わずに隣を歩く。
この気持ちは、一生叶わないままでいい。
隣にいることさえ許されるなら、それでいい。
――でも、もし。
もし、一度だけチャンスがあるなら。
P-Pが気づかないふりをしてくれるなら。
「お前が好きだ」って、言ってしまいたかった。
「……キヨくん?」
P-Pが不思議そうに覗き込む。
「ん?」
「なんか、今日ずっと元気ないよね?」
「別に」
「嘘だ」
P-Pは少しだけ眉をひそめて、じっと俺を見つめた。
「……なんだよ」
「だって、気になるんだもん」
無邪気に言うP-Pの言葉が、俺の胸に突き刺さる。
(そんなこと言われたら、期待しちまうだろ)
(俺のこと、少しでも特別だって思ってくれてんのかって――)
「……なあ、P-P」
「うん?」
俺は思わず立ち止まった。
P-Pもそれにつられて足を止める。
夜風が吹き、街灯の淡い光の下で、二人の影が重なった。
(今なら、言えるんじゃねぇか?)
(今なら、お前に――)
でも。
P-Pの瞳が純粋すぎるほどにまっすぐで、結局、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「……いや、なんでもねぇ」
「……そっか」
P-Pは少し寂しそうな顔をした気がした。
けど、きっとそれは勘違いだろう。
「帰るか」
「うん」
そうして、二人はまた並んで歩き出す。
――たとえ叶わないとしても、この関係が壊れるくらいなら、永遠にこのままでいい。
そう、思っていたのに。
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数日後。
いつものように集まったゲーム実況の収録中。
レトルトや牛沢といつものようにふざけ合っていた。
だが、P-Pがふと口にした言葉で、俺は固まった。
「僕ね、この前ちょっと気になる人ができたかもって思って……」
「えっ!? マジで?」
「おおー、それは初耳だな!」
レトルトと牛沢が食いつく。
「え、誰誰?」
「まあ、秘密だけど……」
P-Pは照れくさそうに笑いながら、カフェオレを飲んだ。
その表情が、なんか悔しくて。
なんか、むかついて。
(お前、そういう顔するんだな)
(俺には一度も見せたことねぇくせに)
俺は笑っていた。
笑って、2人と一緒に「おいおい、そりゃ気になるわ!」なんて冗談めかして話していた。
でも、心の奥が痛くて痛くて、どうしようもなかった。
(……バカみてぇだな、俺)
そんなの、最初から分かってたことなのに。
P-Pは、俺なんか好きにならない。
最初から決まってたことなのに。
P-Pの「好き」は、きっと俺には向かない。
それなのに。
「まぁPーPが幸せならいいけどな!」
俺はまたそんな嘘をつく。
ふと、PーPはカフェオレを一口飲み、ゆっくりと息を吐いた。
「ーーねえ、キヨくん」
「ん?」
「……もし、僕の“気になる人”が、キヨくんだったら……どうする?」
ピシッ、と空気が張り詰める音がした気がした。
レトルトと牛沢が「え?」と同時に声を上げる。
でも、PーPが見ていたのは俺だけだった。
「……は?」
俺は手を止めて、P-Pをじっと見た。
「冗談ならやめろよ」
「……冗談じゃなかったら?」
P-Pは微笑んだまま、俺の目を覗き込んだ。
「……」
喉が、ごくりと動く。
「キヨくんは、僕がキヨくんを好きでもいいの?」
「……そんなの、お前の自由だろ」
「…そうだよね」
彼は静かに笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと、外の空気吸ってくるね」
そう言って、PーPは部屋を出て行った。
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俺は、すぐには動かなかった。
レトルトと牛沢も、なんとなく気まずそうに視線を交わしている。
「……キヨ」
牛沢がぼそっと言う。
「さすがに気づけよ」
「……」
拳をぎゅっと握りしめた。
そして、P-Pの後を追って行った。
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「ーーねえ、キヨくん」
「……もし、僕の“気になる人”が、キヨくんだったら……どうする?」
その言葉が頭に入ってくるまで、数秒かかった。
告白。P-Pが俺に。
PーPが真剣な顔で俺を見つめていた
「キヨくんは、僕がキヨくんを好きでもいいの?」
「……そんなの、お前の自由だろ」
「…そうだよね」
「ちょっと、外の空気吸ってくるね」
そう言って、PーPは部屋を出て行った。
俺はただP-Pが俺の前から走り去っていくのを、呆然と見つめていた。
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P-Pが家を飛び出してから、しばらく考えていた。
あいつはどんな気持ちで俺に告白したんだろう、なんでこのタイミングで?
聞きたいことは沢山あった。
ただ、今分かる事実は。
ーーPーPとの関係が、今、とても大きく変わろうとしているということだ。
それも、悪い方へと。
そう思ったら、なんかすげぇ嫌だった。
「……キヨ」
「さすがに気づけよ」
牛沢に促される。
「……くそっ。」
考えれば考えるほど、胸がざわつく。
気づけば、P-Pを追いかけていた。
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外に出ると、強い風が吹いていた。
「P-P!」
P-Pが、驚いたように振り返る。
「……どうして、来たの?」
「お前、すぐ逃げるなよ……!」
俺は息を整えながら、P-Pの隣に立った。
「……振ったくせに、優しくしないでよ。」
P-Pは自嘲気味に笑った。その表情が、なんか無性に腹が立つ。
「俺、振ったつもりねぇけど?」
P-Pが驚いたように目を見開く。
「……え?」
「いや……その、ごめん。急に言われて、頭が真っ白になって、ちゃんと考えられなくて…何も言えなかっただけで…」
P-Pは黙って俺の言葉を待っていた。
「お前が俺を好きだって言ってくれたのに、俺はちゃんと答えなかった。それでお前との関係が崩れるのが嫌で、追いかけてきた。」
P-Pの目が、不安そうに揺れる。
「……じゃあ、キヨくんの本当の気持ちは?」
俺は、少し迷ってから答えた。
「俺だって、ずっとお前のこと好きだったんだよ…!」
P-Pの表情が変わる。驚いているような、期待しているような。
「俺、おかしくなりそうなくらいお前のこと好きだったんだよ…!!なのに、急に変なタイミングで告白してくるし、かと思ったら返事聞かずに逃げてくし……!」
「俺だってずっと好きって言おうと思ってた!PーPだけが俺の事好きだなんて事ねぇから!俺だって…その、PーPこと、ちゃんと好き、だから…っ!」
俺がそう言うと、P-Pはさらに目を見開く。
「それって……告白、なの?」
「…うん…」
俺は少し照れ臭くなって、笑いながら答えた。
すると、P-Pが吹き出した。
「……キヨくんらしいね。」
「おい笑うなよ!!」
「ふふ、w」
あっちから告白してきたくせに。
まるでこうなることを分かっていたかのような笑みを浮かべる。
ーーその余裕そうな顔に少し腹が立つ。
P-Pは少しの間、じっと俺を見つめてから、そっと俺の手を取った。
「じゃあ……付き合ってくれる?」
俺の手を握りしめてくる。
俺は、強くその手を握り返した。
「……ああ。」
その瞬間、また強い風が吹いた。
でも、もうP-Pはどこにも行かない。
そう思うと、少し安心した。
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互いの手を握りしめたまま、俺たちはしばらく無言だった。
さっきまでの気持ちの整理がつかなくて、でもP-Pがここにいることが嬉しくて、なんて声をかけたらいいかわからなかった。
P-Pも同じだったのか、俺の手を握り返しながら、ふわっと笑うだけだった。
風が強く吹いて、二人の距離をさらに近づける。
「……なんか、変な感じだな。」
そうつぶやくと、P-Pがくすっと笑った。
「うん、でも……僕はすごくいま幸せだよ!」
P-Pの笑顔を見て、俺もつられて笑う。
「そうかよ…」
これからどうなるんだろう、なんて考えるのは、今はまだ早い気がした。
ただ、この風の中でP-Pと一緒にいることが、すげぇ自然に感じた。
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「ねぇ、キヨくん……そろそろ戻らない?」
P-Pが申し訳なさそうに言う。
「……そうだな。」
さっきまでの胸のざわつきが嘘みたいに消えて、なんか気分が軽かった。
でも、家の前まで戻ると、俺はすぐにその空気が変わったのを感じた。
「……あ、キヨくん、PーP…おかえり……?」
そう言ったのは、レトルトだった。
俺たちが家に入ると、レトルトと牛沢が気まずそうに立っていた。
「……なんだよ、その顔。」
俺がそう言うと、レトルトが妙な表情で俺たちを見てきた。
「いや、お前らが外行ってから……俺たち、この部屋にずっと取り残されてたわけで……。」
「あー……。」
そういえば、俺たちが飛び出したとき、レトルトと牛沢もいたな。
「もしかして……ずっと二人で?」
P-Pが申し訳なさそうに尋ねると、牛沢がため息をつきながら頷いた。
「お前らの話、なんかすごい雰囲気だったから、俺たち出るに出られなかったんだよ。で、気づいたら二人きりで……」
「お前らが戻ってくるまで、めちゃくちゃ気まずかったわ!!!」
レトルトが苦笑いしながら言う。
「……悪い」
俺とP-Pが思わず謝ると、レトルトは呆れたように肩をすくめた。
「まぁ、いいけどさ……で、結果は?」
「え?」
「いや、だから……告白の」
レトルトがニヤッと笑って、俺たちを交互に見た。
P-Pが恥ずかしそうに俯く。
「……まぁ、そういうことだよ」
俺がぶっきらぼうに答えると、レトルトと牛沢が顔を見合わせた。
「……マジか」
「おお……!」
二人の反応がなんとも言えなくて、俺はちょっとムッとした。
「なんだよ、その微妙な反応。」
「いや、なんか……すげぇなって。」
「まぁ、意外っちゃ意外……でも、なんか納得できる気もする。」
牛沢が腕を組みながら頷いた。
「お前ら、どういう意味だよ。」
「いやいや、深い意味はないって。」
レトルトが笑いながらそう言ったけど、その目はちょっと面白がってるように見えた。
「ま、今後の二人に期待してるよ」
「変に意識せず、いつも通りでいろよ」
レトルトと牛沢はそう言ってくれた。
俺はP-Pをちらっと見る。
P-Pも俺を見て、ちょっと照れたように笑った。
「……なんか、俺たち、いじられそうだな」
「うん……でも、キヨくんと一緒なら、平気だよ」
P-Pが平気でそんなこと言うから、俺はつい笑ってしまった。
「ふふ、そっか…」
「おい!早速イチャイチャすんな!」
「そーだそーだ!」
さっきまでの気まずさなんて、もうどこにもなかった。
それはたぶん、P-Pが隣にいるからなんだろう。
もう、叶わない恋だなんて言わせない。
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