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突然男が訳の分からないことを言い始めた。俺はイラついてしまったが、ぐっと感情を堪えた。するとその時、何処からかインターホンの音がする。耳を澄ますと、それは上から聞こえていた。俺は絶望した。音が上ということは此処は地下室。階段は当然ある。足さえあれば逃げられたのに…俺は希望の光を失い、表情が消えた。
「…いいところだったのに……待っててね、見てくるから」
男は俺の傍を離れて何処かへ行ってしまった。俺は男の背中を見えなくなるまで見詰めた。独りぽつんと残されれば先程まで抑えていた感情を開放してしまう。俺は涙が溢れだして止めることができなかった。布団には俺の涙がポタポタと落ち、シミができる。誰か助けてくれ…そう思い、声を殺しながら泣き崩れた顔を下に向けていた。
何分か経った頃、階段を下りてくる二つの足音が聞こえてきた。俺は急いでベッドの布団に潜って隠れる。足音はベッドのすぐ近くまで来た。俺は息を潜めて動かなかった。足音はベッドの周りを数秒うろうろして離れた。…俺…なんで隠れてんだ…?と思い、俺は少しずつ布団から顔を出して様子を見る。部屋を見渡しても誰も居ない。再び布団に潜ろうとすると、なにか違和感に気付いた。布団の下の方で何かが微かに動いて少しずつ潜り込んで来る。俺は咄嗟に布団を引っ張った。そこにはベッドの下から這い上がって来る刃物を持った腕が…俺は恐怖で身体が強張り、動かなくなった。這い上がってくる腕は刃物をベッドにザクッ…と刺した。するとベッドの下で頭が少し動くのが見えた。…人…間…?俺はゆっくりと刃物を持った野郎に近付いて声をかけてみる。
『……あの…あんた誰……ッ!!』
刃物を持った野郎は俺の顔を見上げるなり、俺に覆い被さるように押し倒して眼球に当たらないギリギリのところで刃物の刃先を止めた。俺は抵抗しようにもできない為、大人しくしていると、そいつは静かに刃物を俺から離し、床にガシャンと投げ捨てた。
『ッ…は…はぁ……』
俺が呆然としていると、そいつはいきなり俺の口を食らう勢いでキスをしてきた。
『ン˝ッ˝…!!?ン˝ン˝!!ン˝ー!!!』
俺は混乱してそいつを押し退けようと暴れた。しかしすぐに俺の腕は掴まれ、俺の身体はベッドに押え付けられた。そいつは俺の口に歯を立ててガリッと噛み付いた。激痛で俺は涙目になり、喉から悲鳴に近い唸り声を上げた。
「りっくんから離れろ!!!!!」
焦って走って来た男が俺から野郎を引き剥がし、抱き上げた。噛まれた口からは血が溢れて男の服に染み込んでしまう。
『ゔ…ふぅ…ッ…ゔぅ゛……』
「ッ…!りっくん、口に傷が…!すぐ止血するから動かないでね」
男は俺の血を見て別室に運んだ。
「ごめんね、僕が目を離した隙に彼奴…」
俺はもう何が何だか分からない。彼奴はこの男の知り合いなのか?だとしたら頭がおかしい…なんで俺ばかりこんな目に遭うんだ…俺は男に手当をしてもらっている途中で静かに泣き出した。
「り、りっくん…?どうしたの?まだ他に痛いところがある?」
『ッ……』
俺は首を横に振って片手で涙を拭った。
「…治るまでは顔に包帯巻くから、我慢してね」
男は口についた深い傷口に薬を塗り、丁寧に包帯を巻き始めた。暫くして、鼻から下は包帯で巻かれ、喋ることができなくなった。
「どう?圧迫感はない?」
俺はコクリと頷いた。男の応急処置のやり方が上手いから何の違和感も無い。…なんだか疲れた…男は俺を抱きしめているが、温かい男の腕の中で俺は眠りそうになっていた。
「寝ていいよ、僕が傍に居るからね」
男は俺の頭を優しく撫で、俺は眠りに落ちた。
“「りっくん」か、お前が男を拉致するなんてな、お前がガキの頃一目惚れした奴?”
そいつは部屋に入って来て俺を見下ろし、眺めながら上記を述べた。
「…そうだよ…」
男は静かにそう答えた。しかしその表情は恐ろしかった。
“…ふぅん…でも覚えてないんだろ?事故に遭ってお前との記憶が全部消え”ッ…”
男はそいつの顔面を思いっ切り殴った。男の呼吸は荒く、苛立ちを隠しきれていない。
「…ふざけてんじゃねぇよ…りっくんの顔に傷作りやがって……死にてぇのかァ゛?」
“…悪かったよ…一旦落ち着け、な?傷なんて2週間もすれば元に戻る。”
そいつは苦笑いを浮かべながら男を落ち着かせようとする。もちろんそこまでこの男は単純じゃない。男は鬼の形相で握りしめた拳に力を籠め、再び振り上げる。
“落ち着けって!!此処で俺を殺すのか?そんなとこ、此奴に見られたらどうなる?一生怖がられるぞ…此奴に嫌われてもいいのか?”
男はそいつの言葉を聞くとぴたりと動きを止めた。流石に好きな相手からは嫌われたくなかったのだろう。
「今日は帰って。また来週来て。」
“分かった、それじゃまたな”
男はそいつに背を向けて顔を見せなかった。そいつが去って行くと男は俺に近付き、そっと頭を撫でた。
『…?』
俺が目を覚ますと男はまだ俺の頭を撫でていた。どこか辛そうな、不安そうな顔をしている。俺が静かに手を伸ばして男の腕に触れると男はハッと気が付いたように俺を見た。こいつ…どうしたんだろ…なんて思いながら男を見ていると男は急に俺に抱き着いてきた。
「ごめん…もう少しこのままで居させて…」
男の声は今にも泣きそうだった。今の俺は喋れない。男が安心できるように俺は男の背中に腕を回して抱きしめてやった。男は俺の腕の中で暫く眠った。俺も男の体温で少しうとうとし始め、一緒に眠った。
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【誘拐犯からは逃げられない】
をご覧になった皆様、ありがとうございました!
随分と遅くなってしまいましたが、待っていてくれたフォロワーの皆さん、ありがとうございます!
【誘拐犯からは逃げられない】第4話、いかがだったでしょうか!
楽しんでいただけたなら幸いです!
第5話も作成していきますので、これからも@泥酔 の【誘拐犯からは逃げられない】をよろしくお願いします!
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遅れちゃったけど1コメ