「シグマ君……もしかして、転校して来たのかい?」
此れは、確実に私の人生を大きく変えた出逢いだった。今思い返せば、そう思う
私の人生の中で、最も大切だった人。其れが彼だった
「は?」
素っ頓狂な聲を出し顔を見上げると此方に話し掛ける男と目が合う
笑顔の儘硬直した彼は肩に流した後ろ髪をそっと撫で下ろす
何故此奴は私の名前を知っている、?一瞬疑ってしまったが直ぐに合点が行った………クラスメイトに聞いたのか。
「私はニコライ・ゴーゴリ!!コーリャって呼んでね!!」
高校生活ももう直ぐ終わりだと云う、高校3年生の幕開け。
…………から数ヶ月後、夏休み手前。もう一寸で卒業だ。そんな時に医者である親の都合で此の時期に転校して来た
私は奇抜な髪色のせいか友達等出来ず、窓辺の席で何となく空ばかり見つめて居た。
明るい声が右から左に抜け、気紛れに彼に目線を送ると彼は優しく微笑んだ
そう、私は……何時も彼の明るさにずっと、救われて居た
今迄別クラスだった彼は大人気者。だったが、何故か今年は休む事が多く、クラスメイト達からも心配の声が上がっていた
先輩にも後輩にも慕われ老若男女問わず幅広い層に好かれる天性の人懐っこさを備え持ち運動も勉強も両立する。正に文武両道、私には遠く及ばない存在。
何故、そんな彼が私の元にフラリと訪れたのは奇跡か、軌跡か。
「…………嗚呼、私はシグマ。宜しくな」
「んー、じゃあやっぱりシグマ君だ!!!ねぇ、早速今日カラオケ行かない?あ、そもそも予定空いてる?」
さ、流石一軍トップ……グイグイ距離を詰めてくるな………
取り敢えず、未だ断っておこう
「済まないが、今日は放課後は学習塾何だ。」
まぁ、本音は塾に何ぞ行ってすら無いが……
「んーそっかぁ。ねぇ、シグマ君!!此れから一年間宜しくね!!」
「あ、嗚呼……、?」
「ん!分かった!!じゃあ!また!」
ハラリと揺れた百合の花の花弁を見送り、今日もまた下らない日々が始まった。
「此の場合xの変域は〜」
理解出来ない数式を聞き流しまた、空を見つめては溜息を付いた。五限目
…………きっと自分は彼とは違って詰まらない人生を過ごしてゆくのだろう。
才能が無ければ愛想も無い、平凡な会社に就職して恋も愛もせず唯、モブAとして生きるだけそして誰にも思い出されず死んでゆく……それでいいのだ
努力何て出来ない、自分が底辺なのを知っているから
何もせず、堕落して行く丈だから。
「………………はぁ、」
自業自得だが、少し、厭な気分になってしまったな
こんな時、空を見つめるとすっきりする。何故かは知らないが、時の流れが全てを解決してくれる様な………そんな気がするのだ。
「綺麗だ……」
焦燥感に蝕まれてついつい表情が硬くなってしまっていたのか。授業が終わり、彼が話掛けてきた。
「どーしたの?そんなに強張って」
「………何でも無い。」
不覚にも、彼を綺麗だと思った。窓を開けているせいで靡く髪、然りげ無く其れを耳に掛ける仕草
空を反射して彩られたミルキー・ウェイの様なマリンサファイア、まるで今にでも消えてしまいそうな美しさがある
「なら良かった!!」
太陽のように天真爛漫な彼は何よりも嬉しそうに微笑む
「其れで、何の用だ」
「いやー、一緒に帰ろうと思ってさ!!!」
机に手を置き身を乗り出した彼との距離は目と鼻の先。
鼻先がぶつかってしまいそうだ。
初めての距離感に高鳴る胸を抑え込み、片言で返す
「其れなら別に……」
つい勢いで許可してしまったが今更断る事等、出来ない
「やったぁ!!じゃあ、放課後生徒玄関前に集合ね!!」
「分かった」
彼の周りに向日葵が咲き誇った、其れは何処までも元気な彼を見つめて輝く、
「ドース君!!!」
何時も通り能天気に他の奴に話しかけに行った彼は見ないフリをしてさっさと支度を済ませた
殆ど何も聞かず過ごしたホームルームが終わり、そもそもとっくの昔に部活動は引退している、まぁ入ってすら無いのでリュックを背負った所で目を輝かせたゴーゴリが此方に飛び込んで来た
「シグマ君!!かーえろ!!」
「そうだな。早く帰ろう」
すれ違った教師達に軽く会釈を済ませ四方八方から会話が聞こえて来る生徒玄関を潜り抜ける
と、言っても特に話す事も話せる事もなく私達の間には沈黙が走る
「明日、〜〜だね!!」
「ああ。」
「そう謂えば〜〜の時さぁw」
「はぁ…」
「………………」
何とか話題を見つけ出そうと躍起になっているが、何れも此れもつまらない話ばかりで直ぐに途絶えてしまった
こんなのだから友人ができないんだ、自分でも理解している。
其れでも人と会話するのは苦手なんだ、自分の意見を言って嫌われるのが怖い。其れ丈
「………済まないな」
「何で謝るの?何にも気にして無いよ?だって、僕達友達じゃん!!」
「あ!そう言えば明日、体育だっけ?楽しみだな〜!」
瞳を名一杯輝かせ話し掛ける彼は、希望を持っていた
劣等感で常に押し潰されそうな私とは対だ、太陽の様に明るくて眩しくて………羨ましい…
歪んだ劣情をグッと抑え込み彼に目線を合わせた
「二限が体育だな。好きなのか?」
「うん!!大好き!!」
「良かったな。明日の授業はリレーだぞ」
「やったー!!!」
「そう言えばね、僕にはドス君って親友が居るんだけどね!!体は虚弱体質で病弱なんだけどすっごく絵を描くのが上手なんだよ!!!それで、彼は熱心なキリシタンでね!!」
「へぇ……」
他愛も無い下らない話をして居るといつの間にか時は経っていて……辺りはすっかり闇に呑まれつつあった
「じゃあばいばい!また明日!!」
大きく手を振った彼に手を振り返すと少年の様に我武者羅に駆けて行った
すっかり静けさを取り戻した夜道を独り歩いていると、こんな時間に歩いて居る男が居た。右に曲った奴は其の儘姿を消した。珍しいな……
「只今。」
家に上がり、挨拶をすると二人は笑顔で出迎えて来てくれた
リビングに入るや否や、ふんわりと美味しそうなハンバーグの香りが鼻に入る。キッチンから微笑み乍ら出て来た母さんは「お帰りなさい。肺、大丈夫だった?もうご飯、出来てるわよ」と優しく出迎えてくれた
リュックサックを下ろし置いた私は席に着いた
「それじゃあ、早速戴きます」
手と手を合わせ箸で一口大に切り取ったハンバーグを口に放り込む。其れと共に濃厚なソースの香りとジューシーな肉汁の香ばしい香りが口いっぱいに広がり、つい私は笑みを溢す
「どう?美味しい?味付けを変えてみたんだけど…」
此方を伺う様に眉を下げる母さんに飛び切りの笑顔を向け、夢中で食事にがっついた。
あっという間に全て完食し、また手を合わせる
「ご馳走様でした。」
嗚呼、最期にまた母さんの手料理が食べたい……私は全てを奪われてしまった
食器をキッチンに持って行き軽い汚れを水で洗い流し、後は洗剤を付けたスポンジで擦る。周りの風景を反射する程綺麗に成った皿を丁寧に拭き、食器棚に戻す
「そう言えば、今日は暑かったからお風呂沸かして無いけど…いいかしら?」
「厭、有り難う。じゃあ私はシャワーを浴びてくる」
そう言い残した後、脱衣所に向かい制服を脱ぐ、嗚呼。そう言えば制服を脱ぐのをすっかり忘れて居たな
ハンガーに制服を掛け下衣を洗濯機の中に入れる
ザー……ザー……
全身に降り注ぐ雨に打たれ、頭を空にする。此の独りで呆然と何かしらを考える此の時間が案外嫌いでも無い………そう言えば、何で彼奴……私の事を知って居たんだ、?
暫くシャワーに身を沈め考え込んで居たが埒が開かないのでシャンプーを掌に乗せ、頭でぐしゃぐしゃに掻き混ぜる。正直、此の髪は長過ぎて洗うのが大変だ……だが、昔好きだった子に褒められてからいまだに伸ばしてるんだよな………我ながら一途だ
「はーっ」
いつの間にか泡立った髪を洗い流し、身体を隅々迄丁寧に洗い、風呂場を出た。
びしょびしょに濡れた身体をゆっくり拭き取り下着を履く、適当な寝間着に着替え歯を磨いた。
わしゃわしゃと髪を掻き混ぜつつ、ドライヤーで乾かす。此の時期には少し暑い
完全に髪が乾いた時、リビングに戻り父さんと母さんに挨拶した
「あら、もう自室に戻るの?」
「明日も早いし、もう寝ようと思う。御休み。父さん、母さん」
家に戻り、母と父と食卓を共にし、風呂に入り、床に就いた。たった其れだけ何故こんなに胸が高鳴るのだろう。
「友達、かぁ」
そう謂えば、連絡先交換しておけば善かった、明日また、聞いてみるか
今日の復習中、急激に襲う強烈な眠気の儘。私は電気も消さず其の儘眠りに着いた
「ねぇ………此の病気が治って、僕が元気になったらさ………僕と………」
ごめんな…ごめんな…もう直ぐ、逢えるからな
「ん………眩しいな。」
ついついカーテンを開けた儘寝落ちして居たので、顔にページの跡が付いて居る………最悪だ
目を擦り、身体を伸ばす、通学鞄にすこしぐしゃぐしゃになった教科書を詰め階段を降りた
真っ先に向かったのは洗面台。
「ふ、冷たい……」
朝から冷水を顔に浴びふかふかのタオルで拭き取った、此れが何気ない。私の朝だ
何の変哲も無いが、私は此の生活が何と無く好きだった
「お早う。母さん」
「お早う、シグマ」
香ばしい匂いを感じリビングへ向かうと既に母さんは朝食を作って居て鞄を置き、座った私の元に料理を置いた
「ありがとう、頂きます」
既に洗っておいた手と手を合わせトーストを手に取った。サクリとした食感の其れはしっかり味が染みていて迚も美味しい
あっという間に完食した後ナプキンで手を拭き取り、また手を合わせた
「ご馳走様でした」
嬉しそうに喜んだ彼女はふと、時計を見る。其処には7:50と示されて居た
一寸だけ余裕があるくらいの時間だ。
「あら、もうこんな時間。遅れない様にねシグマ。」
「分かった、行ってくる」
鞄を持ち駆け足で玄関を出ると既にゴーゴリが待って居て此方に大きく手を振った
彼の元にやや小走りで向かうと少し呼吸を整えて私達は歩き始めた
「やぁ!!お早う!!」
「あぁ、お早う………御前、何時から此処に居たんだ?」
「んー。2時間前?」
元気に出迎えた彼にふと問うと、予想外の回答が返って来て思わず後退りする
此れは流石に吃驚してしまった
「お、御前、若しかして暇なのか……?」
馬鹿かよ、そんな訳、無かった………くそ、クソッ、此の頃の私を首を締めて殺してしまいたい、
「うん!!!」
意気揚々と言える事では無いだろ……
そんなこんなで学校にギリギリ着き、説教を回避出来たのだが今日の二限目、何だか不可解な事が有った
何処か生き生きとした様子で体操着に着替え、体育場へ向かった彼は準備運動を終え意気揚々としながら早速トラックを走り出そうとする。
「よーし!!最高記録叩き出すぞぉ!!」
「ゴーゴリ君、辞めといた方がいいんじゃ無い?」
「そうだよ!!」
「そうそう」
「え……?」
「ゴーゴリ。御前は見学な」
が、クラスメイトの殆ど全員が其れを止めた。止めなかったのは事情を知らない私と彼の親友だと言うドストエフスキー。ドストエフスキーは無言の儘何処か冷ややかな目で運動を止められる彼を見つめて居た
魂の抜けた様な顔をしつつ、呆然とした儘彼は体育場の様に膝を抱え座り込んだ。
そう言えば、ゴーゴリから聞いたが確かドストエフスキーは虚弱体質……一般人と比べ著しく身体が弱い筈なのに何故ドストエフスキーが止められず、何故ゴーゴリだけ止められるんだ?
顔色も良いし、目立った外傷もなければ一見寧ろ健康にも見える。其れなのに……何故、?
「次の走者、シグマだけど行かなくて良いのかな?」
「あ、嗚呼。」
クラスメイトの一人、ミヤマにそう問われ、急いでトラックへと向かった。
…………何だか、気持ち悪い。ふとそう思った。何だか、クラスメイト全員がゴーゴリを過保護に気遣っている様な…まぁ人気者だから、そんな事もあるか
何で気付かないんだよ。間抜け、御前のせいで……彼奴は…嗚呼、虫唾が迸る、
思い返しても、気持ち悪い……彼奴らは彼の事を、道具にしか思って居なかった
其れから特に何も無く、またゴーゴリと帰って、飯を食って、そして、何だっけ?
まぁ、良い……早く寝よう。何時か思い出せば良い
「お早うシグマ。?どうしたの?」
「……あぁ、?お早う…」
『2024年、7月7日のニュースです。今日、十数年ぶりに二人目の提供者………………ブチッ』
朝の、ニュースを切った。もう興味なんか無いし忙しいから。
外に出ると、既に彼が待ち伏せており、共に学校に向かった、でも、でも、何だか様子が変だった。
其れは…………一限の授業の事だった。うちの高校は道徳も内容に入っており、論理の授業にこんな話をした
「国民の中からランダムで地位、年齢を問わず一人が選ばれる。そして、選ばれた人間は臓器のドナーになる。ただし、もう一度言うが年齢も地位も関係ない。皆”平等”此れが”臓器くじ”と呼ばれる新制度だ
此の制度についてどう思うか。席を立ってもいいから皆で話し合ってみろ」
はは、何が”平等”だ。政府に反旗を翻した私達を消したいだけだろうに
しかし、此の担任も今思い返せば中々の下衆だな
そんなの、知らなかったと唖然としている私の元に純白の翼を羽ばたかせて彼がふわりと舞い堕ちる
「ねぇ、君はどう思う?何の罪の無い一人を犠牲にして、ドナーの手に入らない数人を救うか。
ドナーの手に入らない人々を見捨てるか…」
彼の真夏の漣の様な透き通った瞳に、太陽の反射が映しだしギラリと煌めく
どれだけ見つめられようとも答えは出ない、だって、そんなの判らないじゃ無いか………
「僕はね、一人を犠牲にする。皆、皆命は平等だって言うけど違うよ。皆、自分の大切な人の命は重いけれど知らない誰かの命だなんてどうでも良いから。
臓器くじをするか、しないか、反対するか、しないかだなんて自分には関係無いと思ってるから言えるだけ。一人の命で数人を救えるだなんて素晴らしいじゃ無いか」
「………あぁ、」
「ねぇ、今日の帰りにさ”デート”しない?」
「え、は?ま、まぁ……」
彼からの唐突な誘いに驚きつつ、素っ頓狂な返事をする
「……………有り難うね。シグマ君、、、」
そう、普段の彼ならまるで遊んでいる犬の様に尻尾をぶんぶんと振り、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ
なのに今日は少し寂しそうに空を見つつまた目線を逸らし、髪を撫でた
サラサラとした絹糸は空の群青をまだらに反芻し窓から雪崩れ込む潮風に横髪が靡く
何処か淋しそうな彼を放っては置けなくて、つい、彼の頬に手を置いた。かさかさとした掌がぶっきらぼうに彼の頬を覆う。
「え…………」
流石に彼も困惑している様で目を点にして開き掛けた口は其の儘になっている
彼の顔を近づけ………口を開いた
キーンコーンカーンコーン
正に其の瞬間、授業が終わりだと言うチャイムが鳴ったのだ。何処か気不味い空気の儘、彼は自分の席に戻っていった
…………心なしか、彼はほんの少し頬が赤かった
味気なく何処か何気無い、そんな時間が過ぎ去って行き……遂にホームルームが終わった。
「シグマ君ー!!あのね!!今日七夕祭りがあるから一緒にいこ!!風真神社に19:00に集合ね!!」
「分かった。」
良かった…彼に笑顔が戻った………其れが嬉しくて嬉しくて、何時もの帰り道が早く感じた
足早に家に帰り、母さんが笑顔で私に話し掛ける
「あら、シグマ嬉しそうね。どうしたの?」
「実は今日す…友達と七夕祭りに誘われて、な」
「あら〜!!ちょっと待ってね!!」
母さんは今まで見た事ないみたいに明るい笑顔を浮かべバタバタとクローゼットに向かった。
そして、彼女が持って来たのは美しい金魚の模様が入った着物だ。其れを私が受け取ると彼女は話し始めた
「お父さんが昔私とデートした時に着てたのよ〜ほら、此れ来て頑張りなさい!!」
「………………嗚呼。」
女性とはこう言う時、勘がとても鋭いものだな…………そう思いつつ、有り難く着替えさせてもらう事になった。
着替え終わった私を見た母さんは歓声を上げた
「似合ってるわよ!!シグマ!」
「あの、母さん、髪を縛ってくれないか?…………その、三つ編みに…」
「勿論!!!」
早くしないと……今日は花火を見に行かないと行けないのに……
そんなこんなでやっと着いた祭り会場である神社の麓。ゴーゴリは何処かと少し捜しながら彷徨いていると手を振り乍ら彼が待って居た、ずば抜けて身長の高い彼はどこから見ても分かり易い
「あ、居た!!シグマくーん!!」
私を見つけるや否や小走りで彼が一歩一歩歩み寄って行く、が、途中で人並みに流され転んでしまった
見事に転げてしまった彼は「うぅ……」と唸りながら倒れている。私は彼の前に跪き、彼の手を取った
「ほら、行くぞ。怪我して居ないか?」
「う、うん…///」
エスコートする様にゆっくり、ゆっくり立ち上がる。氷の様に冷たい彼の手を握り、人混みを駆けて行く
そう。もう花火が近いのだ。気を付けつつ石段を駆け上がり神社の社の前までやって来た。
普段あまり運動せずにいた私は情け無い事に少し息を切らし、ぜぇはぁと細切れな息を吐いて居た
それ以上に彼は息を切らしつつ、空を仰ぎ輝羅綺羅と目を輝かせる
「はぁっ……ひゅっ……はぁっ、はッ、はッ………はぁ、」
「ねぇ、シグマ君……見て…綺麗だよ」
「そうだな……迚も、綺麗だ」
何時もの三つ編みに孔雀の翼の様に美しい髪飾り。髪を縛っている飾りから跳ね出る横髪を耳にかけ柔く彼は微笑んだ。彼は黒い布地の上に海月の模様が施された着物を見に纏い彼が動く度にひらひらと舞い上がる。
悪戯に微笑んだ彼は私に問いかけた
「ねぇ、今日は七夕だよ?シグマ君は何を願うの?」
願い事……か。あわよくば君と付き合いたいだなんて言える訳、無いよな
其れでも頬をほんのり赤くする彼があまりにも愛らしい物だからついぽろりと本音が溢れてしまった
「…………他の誰でもない、君が綺麗だ」
私達の背後に打ち上がる花火は真紅の花を咲かせ閃光を放つ
月光と花火に照らされた顔は明らかに真っ赤でびっくりし過ぎて笑顔が引き攣っている
……やっと言えた、良かった…
「どうか、私から目を逸らさないでくれ……」
再び、、彼の頬を両手で包み込みそっと接吻をした
ちゅ。と云う甘い水音は最後の花火の音にかき消され、糸を引いた唇と唇が離れる。
「も、もう帰るね……ごめんね!!」
逃げる様にとたとたと下駄の音を鳴らして逃げ帰る彼を引き留める…………そんな事が出来たのなら、良かったのに………、
ブラックコーヒーに溶けゆくミルキーホワイトを見送る事しか出来なかった
「…………はぁ、」
五月蝿く鳴る花火の中、独り溜め息を吐き、啜り泣いた
情け無い……浮かれ過ぎだ…そんなのだから引かれるんだ、
自責の念に駆られながら花火が終わり淡々と静けさを取り戻す
「楽しかったね〜」
「うん!!また来よ!!」
執拗に残る暖かさと唇の感触がじくじくと私の心を蝕んでゆく……力無くよれながら石段を下っていると、案の定下駄が躓いて転んでしまった。
もう、受け身を取る気にもなれなくて、そっと目を瞑って身構えた。
「し、シグマ君ッ………!?」
が、衝撃は感じず恐る恐る瞳を開けると帰ったはずの彼に上半身を支えられていた
息を不定期に吐きながら彼は何とか私を持ち上げ、下の段まで下ろす。その間に彼の着物が緩み、ほんの一瞬だけ、彼の腹が見えてしまった
見えたのは………大きな傷跡……
「はぁっ……はぁっ………善かったぁ……」
「御前……帰ったんじゃなかったのか?」
暫く息を整えていた彼だが、頭を上げると眉を下げて微笑んだ。
「…………ごめんね、実は……僕…もう直ぐ…………ひ、引っ越すんだ!!だから、お別れ言いたくて……さ。」
私は、何も声をかける事が出来なかった。でも、何とか場を和ませようと気不味そうに話し掛ける彼が何だか彼らしい、と思った
「なら、せめて一緒に帰らせてくれ。最後の帰路は一緒がいい」
去り行く手を掴み瞳で訴え掛けた、彼も根負けしたのか私の手を取り共に薄暗くなった道端を歩いてゆく………ほんのりと街灯だけが夜道を照らし光に蛾が群がる。
もう帰路が枝分かれする分岐点に着き、私は彼に最後の別れを告げようとする
「ねぇ、シグマ君………僕の事、思い出した?」
が、ふとゴーゴリが振り返り私にそう問い掛けた。しかし、私が目を見張ったのは其れでは無い
私は彼奴の背後を指差した
「お、おい……おい!!!!ゴーゴリ!!!背後!!!」
「え、?何、?」
彼の背後には……爆速で暴走する車が居た。
「い”や”ああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!しにだぐないっっ!!!やめてっ!!!いた、ぃ………たす、け、しぐま、く……」
其れから一分経たずに、彼はタイヤの隙間に呑み込まれ唯の肉塊と成った。
チラリと見えた運転手は、此前此処を徘徊して居た男で……ドギッ……メギッッ……バキッ………とえげつない音を立て、彼がポップコーンの様に砕けて消えてゆく
あっという間に逃げ去った車を唖然と見つめ、生きているはずの彼に目を逸らす
「あれ………足りない、」
臓腑が血液と共に剥き出しになっている筈の彼は、何故か殆ど臓器が抜けて居た
最初から、彼奴は死ぬしか無かった、何だ其れ。巫山戯るなよ……
ま、真逆………?私の中で全てがピッタリ繋がった気がした。
クラスメイトの過剰なまでの気遣い、医者である親の転勤、運動好きの彼がやけに息切れしていた事、急に”デート”に誘った事、全然学校に来ず病院に行って居た事……そして引っ越すと嘘をついた事。
「おぉ”っ、う”ぇぇ”ッッ、………!!!」
思わず、この事実に私は吐き出してしまった。フラッシュバックする、あの日の、七夕の忌々しい記憶
豹変した母さん、小学生になってから私が難病だと診断されてからドナーをずっと探して居た。でも見付からず埒が明かなかった、そこで目を付けたのが……察してくれ……
「は、?臓器提供者が死んだぁ?巫山戯るんじゃ無いわよ!!!ソイツの命なんてどうでもいいの!!息子の物になる筈だった肺を返してよ!!!!」
彼奴の言って居た、自分の大切な人以外の他人の生命だなんてどうでもいいを正に体現してる様で薄気味悪い
「良いんだ……もう、良いんだ、母さん。」
結局、彼奴の肺は奇跡的に状態が良く残っており、私は彼のお陰で生きて居た。だが、自分自身が気持ち悪くて気持ち悪くて仕方が無い
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、死にたく無い、死にたく無い、死にたく無い死にたく無い………死にたくないんだ、
「なぁ、ゴーゴリ。教えてくれ……お前は臓器を抜かれた時、臓器くじに選ばれた時、、一体どんな気持ちだったんだ、?」
今日は、7月7日は[[rb:第二の臓器提供者> 私]]に遺された最期の日。
はは。この世界はクソだ、眠る様に幸せな幻想に浸っては簡単に全てブチ壊される……でも、良い…だって自分から死ななくとも……死ななくっともまた彼奴に逢える……
「来い、シグマ。手術を始める」
「……………父さん、」
そう、お前は海月みたいな奴だった。透き通る青空の中をふわりと舞い……何時の間にか空に融けて居なくなってしまった
「ねぇ………シグマ君。ぼ、ぼくさ!!がんばってリハビリするから、けんこうになれるようにがんばるから………この病気が治って、ぼくが元気になったらさ………ぼくと………”けっこん”してくれる?」
嗚呼、そうだ思い出した。彼は同じ病院に通って居たから面識があったのか……ごめんな、ごめんな、
「どうか、どうしようもないほどお前が好きって解ってくれよ、こーりゃ……」
「シグマさん……ゴーゴリさん、」
二人の墓石の前に二株のアイビーを供える。生前、ゴーゴリさんは何時も僕に泣き付いていた……
「ドス君、死にたく無い、怖いの………まだ生きてたい、怖い、嫌」
子供の様に僕に泣き付く彼は子供の様だった。元々彼は家庭環境が良い方では無かった。未だ幼い彼を慰み者にする様な最悪な人間で、彼の臓器くじ適合者が決まった際も多額の金を受け取って了承していた
クラスメイトも、両親も僕をこわいめで見てくるとずっと彼は言って居た
その中で唯一希望をくれたシグマさんにずっと眩い嫉妬を抱いて居た、本当は僕を見て欲しかったのに
でも、僕は付き合えなくとも幸せな二人の友人として彼の周りにいられるだけで良かった。
「………もう、行かなくては。」
臓器くじ制度の中止を謳い彼を殺した後のうのうと生き残っている男。ミヤマの元へと。
「お、おい……何だ、!?御前は!!!」
奴の暮らしている河川敷下に向かった僕は奴の身体に火を着ける。まんまと罠に掛かった醜い炭水化物を消毒する度下衆な叫びが聞こえてくる
「あ”つ”い”!!あついっ、!!!あづい!!!死ぬ!!ゆるしてください!!!金ならあげますから、!!!おれだけでも!!ゆるしで!!」
「黙ってください。塵屑以下のド底辺の屑が人間の言葉を話さないで下さい」
「ゆる、して、」
完全に燃え切った男を見て、僕は胸を撫で下ろした。
「ゴーゴリさん。全て、全て終わりましたよ、」
もうミヤマも、彼の両親も居ない、三人も殺した僕は確実に貴方の方には行けない。
最後に、自宅に戻り学生時代に描いた一枚をぐしゃぐしゃに丸めた。叶う事のなかった。彼の夢
でも、破く事が如何しても出来なかった。僕の中に遺された最期の彼だから彼が褒めてくれた唯一だから
もう一度、しわしわの紙を広げ、硝子の写真立てに締まった
「[[rb: боже мой. пожалуйста, прости меня > 神よ、どうかお赦し下さい]]」
僕の頭を潜り抜けた銃声は硝子を突き破り、僕は地面に血塗れになる
嗚呼、貴方が僕を愛してくれると言うのなら僕の全てに意味は宿るのでしょうか………
「やっと逢えたな……ゴーゴリ。待たせて済まなかった、」
「え、?君、誰……?」
もし、七夕に願うとしたら、私は、僕は、
「もう一度貴方に逢いたい/会いたい」
春日狂想:詩人、中原中也による詩。愛する人が亡くなった時、後を追って自決しなければならないと言う事を謳った詩である。
そうなら、此れはきっと………罰と云ふべき物なのだろう
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うぐっ!ゴゴちゃんが可愛想もう最後もドス君ロシア語でッ!シグマ君は大切な人が身代わりとなって生きてると、考えただけでいやだろうな〜シグマ君は正義感が強いから!