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人を惹きつける、という表現は、彼のためにあるのだと思った
入社してすぐの私に、時には厳しく熱心な指導を繰り返してくれる彼
心が折れそうな時にかけてくれる言葉の塩梅が絶妙で
右も左も分からないひよっこ社会人の私が惚れるのに、それほど時間がかかるわけなかった
般若さんが、実はそれほどお酒が強くないと知ったのは、入社して1年が過ぎる頃だった
取り引きの男性に「呑もう」と誘われ、ねっとりとした視線から色々察した
しかし条件の良い相手だから無下にもできず般若さんに泣きつくと、任せろと一緒に来てくれた
最初はあてが外れたと言わんばかりの表情でこちらを見ていた男性も、般若さんの魅力にすぐ惹き込まれたようで、帰り際にはしきりに『こんな上司がいる君は幸せだ』と私の肩を叩き契約を約束してくれたのだった
タクシーに乗り走り去る男性を見送り、さあお開きと般若さんを見あげた瞬間、ずしりとした重みと共に、大きな体が覆いかぶさった
「…え…般若さん?」
「◯◯…ごめん…気持ち悪い…」
「わ、待って待って!せめて溝に!あと人いないところに…!」
なんとか彼を引きずり、介抱してタクシーに乗せた
住所を聞き出そうとしたがすでに意識を手放していたため、やむを得ず私の狭いアパートに連れていく
気の毒に感じたのか、タクシーのおじさんが『本部には内緒で』と部屋まで担ぐのを手伝ってくれたおかげで、なんとか玄関まで連行できた
流石に女性の部屋には入れないと謝る優しい運転手さんにお礼を言って別れ、はてどうしたものかと玄関に寝転ぶ上司を見下ろした
「般若さーん、ベッドまで歩けます・・・?」
「・・・・ん”・・・◯◯・・・・?」
「そうですよ、可愛い部下の◯◯が困っているので、せめてベッドまで歩いてください」
「・・・・ん」
目を閉じたまま可愛らしく手を差し出す般若さん
若干きゅんとしつつ、両手をもって身体を起こし、ベッドまで誘導する
「私ソファで寝ますから、ここ使ってください 何かいるものありますか?」
「・・・・◯◯」
「はい?っわ」
思い切り引っ張られて、気づけば狭いベッドに2人
先程まで目を閉じてふにゃふにゃしていた般若さんはどこにもいなくて、吐息のかかる距離、男女が見つめ合ったらもうその先はお察しだった
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「・・・・・・腰痛い」
朝起きたら彼はいなくて、気だるい身体を起こす気にはなれず、そのままシーツに包まる
わかってる、般若さんにとって所詮私はその程度の女なのだろう
昨日のことは思い出にしよう
そう思ってスマホを手に取ると、そこには彼からの「休日出勤になった、玄関あさったら合鍵あったから借りてく」というメッセージ
適当なスタンプを返し、もう一度目を閉じる
金輪際、こんなことはないと思っていたのに
翌週から度々般若さんに呼び出されるようになり
気づけば私達は、そういう関係になっていった
************
何度目だろう、こうして愛する人と身体を重ねるのは
一夜の過ちで終わると思っていた関係は
なぜだか今でもずるずる続いていて
私は遠慮がちに般若さんのそれを咥えながら、まるで傍観者のようにぐるぐると考えていた
「っ…◯◯、何ば考えとーとね」
般若さんは私の頭を優しく撫でると、そのままぐっと喉の奥にそれを挿し込んだ
「ぐっ…♡」
「はっ…俺以外のこと考えた罰ばい…♡」
吐き気を我慢して、なんとか奉仕を続ける
上目遣いで見上げると、般若さんは気持ちよさそうに天井を仰ぐ
私で、私が、今だけはこの人を満たしているのだ
そんな気持ちになっていると、般若さんはまた私を撫でて、それを抜き取った
「…次は俺の番やね」
「っ〜♡あ”あ゛っ♡」
にやりと笑い、一気に私を貫く般若さんにしがみつく
筋肉質な腕にしっかりと抱かれ、身体がどんどん溶けていくのを感じる
「はー、ほんと…あいらしか…♡」
「うあ゛っ…やだ…耳元でっ」
「…はは、俺の声が好き?それとも褒められて感じた?」
「あっ…どっちも…♡」
「あ゛ー、もう我慢できん…っ」
「う゛あ゛っ♡はんにゃさ、すき♡だいすき♡」
「っ…♡」
思うままに欲望をぶつけられて、私はぐちゃぐちゃに感じることしかできない
般若さんにしっかりと抱きしめられて、二人何度も達した
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「っはあ・・・◯◯、身体しんどくなか?」
「・・・・ひゅっ・・・は・・・っ」
「・・・◯◯?おい・・・何で泣くと・・・」
「っ・・・ごめん、なさい・・・・気持ち良すぎて・・・・」
「・・・・おいで」
嘘をついた
気持ち良すぎたのは本当だけれど、それ以上に達した後の虚しさに心がやられそうなだけだった
それを隠すように、手を伸ばしてくれた般若さんを抱きしめ、頭を押し付けた
「・・・・そげんとこに顔押し付けたら、キスできん」
「・・・もう少し」
まるで小さな子を宥めるような優しい声を発した般若さんは、いつまでも顔をあげない私の頭にキスをして、そのまま離してくれない
ああ、こういう積み重ねで、私はどんどん彼から逃げられなくなっていくのかもしれない
いつか本命の恋人になれたら、なんて
ばかみたいなことを考えながら、私はまた彼の元にすがりつくのだ
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「・・・やっと終わったあ」
週末、同期や先輩たちはさっさと仕事を終わらせて思い思いの用事に繰り出す中で
私は後輩の尻拭いに追われていた
「・・・部長もあんなに怒ることないのに・・・」
定時前に部長がやってきて、この資料がおかしい、と怒鳴りつけられたそれは
確かに私の管轄するものだったが、厳密には後輩にふっていた仕事だ
私が怒られるのを尻目に、いそいそと帰り支度を始めた後輩と、何となく事情を察して気の毒そうにしている同期
たまたま外回りから帰ってきた般若さんが収めてくれて誤解は解けたが
もうここまでくるとムキになってしまって、つい「私が修正します」と引き受けてしまった
社内チャットから部長に資料を送りつけて、そのまま業務終了報告をし、身支度を始める
何の気無しにスマホをみると、先に帰った般若さんから「下で待ってる」と連絡が
嬉しくなってエレベーターに飛び乗り、ロビーに向かう
「・・・・!はんにゃさ・・・・え・・・・」
ロビーの受付には、般若さんと、しなだれかかるように寄り添う美人で有名な他部署のお姉様
(・・・・なんだ)
これを見せつけるために待っていたなら悪質だし、そうでなくても本命と同じ会社にいる女に手を出す必要はなかったじゃないか
ちらりと顔を上げたその女性は、にっこり、勝ち誇ったかのように笑う
般若さんもこちらに気づき、身体を離して何か言いたげに口を開いた
(聞きたくない)
思わず怒鳴るように「お疲れさまでした」と挨拶をして、階段を駆け上がる
終電までは余裕があるし、早めに片付けておいて損はない仕事もあるはずだ
自宅に帰らなかったのは、一人さみしくシーツに包まりたくなかったから
遠くから名前を呼ばれた気がする
それが私の、都合の良い幻聴だったのか
本当だったのかは
追いついた般若さんに抱きかかえられて、ようやく判明するのだった