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まずは交易都市内で宿を探したのだが、どこも値段設定がかなり高めだった。
それでいて衛生面が心配になるような宿が多い。
仕方なく清潔感のある、そこそこ高級な宿を選んだのだが……。
「1泊金貨1枚……スイートルームかな?」
驚いたことに、これは一人当たりの料金である。
もちろん食事も付いていない素泊まりだ。
それに見合う作りかと言えば、風呂付きとはいえ、まぁまぁ良い宿という感想。
これがもし4人で金貨1枚だったならまぁ……それでもちょっと高いかな。
「できればじっくり都市の現状を調査したいところですけど。この金額ではあまり悠長にしていられませんね」
そう言いながらシルフィさんは、財布の中身を確認してため息をついた。
Aランク冒険者兼ナーサティヤ教司祭といえど、この金額は懐が痛いらしい。
素泊まりなので、今日もメイさんが用意した夕食をいただくことになる。
帝国料理は一体いつになったらお目にかかれるのだろうか。
もちろんメイさんの料理は美味しいよ?
でもさ、旅といったらホッと安心する味より、好奇心そそる異国の料理が味わいたくなるというもの。
まぁゲテモノ料理とかだったらさすがに恐怖心のほうが勝るけど……
「メイさんは帝国料理ってどういうものか知ってます?」
「せやなぁ、あんまり評判はようなかったと思うで? 帝国でまずいもん食いとうなかったら朝食を3回とれ、って聞ぃたことあるわ」
なん…だと……?
港町があるのに?
新鮮な魚を扱える環境があるのに?
なんてこった……公国の領土になった暁には、まず食生活に改革が必要かもしれない。
……いや、さすがにそこまで僕が関わることはないと思うけど。
…………ないよね?
さて、夕食は済ませたので、まずはどこで情報収集するかになるのだが……
「こういう時は酒場が定石だが……どうする?」
たしかに本来なら、リズさんの言うように酒場という空間は情報を得るのに適しているのだろう。
しかし宿でさえこの値段設定だ、酒場もおそらく安くはない。
はたしてそんな場所に客が入るだろうか?
客のいない酒場にそれほど情報が集まるとは思えない。
「この分やとあまり期待できへんなぁ。それより流通の止まった商業区とかどうや?」
物の流れは止まっても、情報のほうはどうかな? というのがメイさんの考えらしい。
一度入ると出るのに金貨10枚、そんな街で売られている物というのも気になるところだ。
「私は教会を見ておきたいです。無事である可能性は低いですけど……」
教会の人間として、シルフィさんもやはりそこは気になるのだろう。
実際、教会は調査する上でも有力候補である。
「4人だと目立つかもしれんし、二手に分かれるか」
リズさんの意見に、皆賛同する。
「そういうことなら僕は……」
◇ ◇ ◇ ◇
あまり期待はできないけど、商業区で情報収集という名のウィンドウショッピング……実に平和的で僕らしい選択だと思うんです。
でもどういうわけか、僕は今シルフィさんと共に教会へと向かっている。
それもこれもリズさんが……
『教会なら神力にくわしい二人が適任だろう』
……なんて言いだすんだもの。
シルフィさんはともかく、僕は別にくわしいわけではないんですけどね……。
住宅街と思わしき道を二人で並んで歩いているが、とくに人とすれ違うこともなかった。
「街灯は消えてるし、建物の灯りすらありませんね」
今のところは月明りのおかげで多少は明るい。
かといって、それでも灯りはほしくなる暗さだった。
「そうですね、でも僅かに人の気配はあるようです……灯りは目立ってしまうかもしれません」
ポーチからランタンを取り出したが、シルフィさんの言葉を聞いてそっと戻す。
たしかに、こんな暗い道でランタンの灯りがあれば嫌でも目立つ。
それに、人の気配はあるのに建物が暗いのはおそらく……
「物価は異常なほど高い、でも街を出るにも大金が必要……」
一般市民にとっては地獄のようなところだ。
「エルさん、先日すれ違った荷馬車を覚えていますか?」
「先日と言うと、荷台が空の……?」
たしかに交易都市まで道中、それらしい人とはすれ違った。
あの時は身軽そうだな、ぐらいにしか思わなかったが……。
「荷馬車以外の全てを売り払ったのかもしれませんね……」
……ホントに、悠長にしてる暇はないのかもしれない。
目的の教会は住宅街のはずれに位置していた。
大きさ的には通常規模の教会なのかな?
ただ交易都市の広さを考えると、これでは少し小さい気もする。
外から見たところ、周囲と同じように灯りはない。
ということでまずは敷地の外から観察していく。
「襲撃を受けてボロボロに……ということはなさそう」
少なくとも外部は、これといって損壊は見られない。
邪教徒からしてみれば憎い存在だろうに。
「そういえばシルフィさん、この教会もナーサティヤ教の?」
「はい、ナーサティヤ教の教えは世界中に広まってますので」
そうだったのか……女神像を見る限り、胸のサイズは広まってないようだけど。
「今のところ異常ないようです。中に入ってみましょう」
そう言ってシルフィさんは正面の扉をそっと開く。
どうやら鍵もかかってないらしい。
シルフィさんの後に続き、僕も中へと足を進める。
「……シルフィさん、さすがに中は灯りがないと無理じゃないですか?」
多少の月明りがある外と違い、中はほぼ真っ暗だった。
「そうですね……でもランタンは明るすぎます。ちょっとこちらへ……」
すっと手を引かれ、シルフィさんと密着する。
さらに、上から布のようなものを被せられた。
「最低限の灯りで、できるだけ外に漏れないようにしたいので……」
シルフィさんの声はかなり小さく抑えられていたが、密着しているせいかよく聞き取れた。
そして、小さな豆粒ほどの淡い光が、僕とシルフィさんの目の前に出現する。
これは多分、光属性の魔法なのかな?
先ほどの布はシルフィさんの外套だった。
それを密着して二人で上から被っている。
「こんなくっついて被る必要性が……?」
外套ぐらいは僕もポーチに入っている。
いや、まぁ密着するのが嫌なわけではないけど……。
「エルさんが同程度の灯りを用意できるなら必要ありませんけど……」
そんな魔法は……使えませんね。
もっと弱い光なら思い当たる節があるけど、あれは全身蛍光マンになってしまうので論外だ。
「……不束者ですがよろしくお願いします」
シルフィさんに代わり、外套で二人を覆う。
僕よりも少し小柄な体は、嫌でも女性らしさを意識させる。
(……いや、でもこの人もゴリゴリの肉弾戦タイプだったな)
間違ってもうっかり変なところには触れないようにしよう……。
教会内部は静まり返っており、ざっと見た感じではとくに荒らされた形跡もなかった。
人がいないのは夜だから……とも思ったが、至る所に薄っすらと埃が積もっている。
そしてその床には、僕とシルフィさんの足跡のみだった。
「とりあえずは無事なのかな。でも人がいなくなって数か月……といったところですかね?」
ナーサティヤ教のシンボルである創造神を模した女神像の彫刻も、経年劣化こそ感じられるものの、ちゃんと首も繋がっており損壊はないようだ。
「そうですね……私もそう思います。無事と言っていいのか微妙なところですが……」
はたしてここにいた人はどこへ行ってしまったのか。
すでに交易都市を脱出しているのならそれでいいけど……。
「ここは孤児院が併設されてるわけでもありませんし……戻りましょうか」
そのシルフィさんの表情は、どこかホッとしているようだった。
二人で肩を並べ、来た道を戻っていく……心なしか、その肩は来る時よりも近く感じた。
宿に戻ると、すでにリズさんとメイさんは先に戻ってきていた。
お互い結果報告をするが、こちらは教会がもぬけの殻だったという情報しか得られていない。
それに対し商業区の市場を見てきた二人は、めぼしい物はなかったものの、珍しい話は聞けたようだった。
「物価は悲惨な状況やな。石みたいな黒パンでも銀貨1枚やて」
「驚いたのは、それが配給だというところだな」
どうやら市場は、食べ物がとくに高騰しているとのこと。
その食べ物も、一日一回領主からの配給品として支給される物がほとんどらしい。
でも結局高すぎるので、実際の取引は物々交換が主流だとか。
「刑務所みたいだな……」
この分だと金貨10枚でホントに出られるのかも怪しい気がしてきた。
翌日、明け方に差し掛かる頃。
まだ皆が寝静まっている中、鐘の音が鳴り響いた――――
「――じゃかしいわッ! 睡眠不足はお肌の大敵やねんど!」
「……さすがにはた迷惑な騒音だな」
メイさんとリズさんは突然の鐘の音に思わず耳を塞いだ。
たしかに唐突すぎるが、耳を塞ぐほどでもない気が……と思いながら僕は眺めていた。
事実僕にはそう大きな音には聞こえないし、なんなら二人の声で起きたぐらいだ。
(……寝るか)
未だ覚醒しない脳に従い、僕はそっと目を閉じ――――るつもりだった。
「これは――ッ!」
突如シルフィさんがベッドから飛び起き、両手を広げ淡い光で部屋全体を覆う。
「――ぐッ! 私じゃ抑えきれない……エルさん、手伝ってください!」
「……え?」
何がなんだかわからぬまま協力を要請される。
とりあえずと思い、僕も起き上がり両手を広げた。
「……ここからどうすれば?」
寝起きで一体何をさせられているんだろうか。
「とにかく急いで――――神力で部屋を覆ってくださいッ!」
どうやらシルフィさんは神力をご所望のようだ。
でも覆うと言われても、そんな使い方はしたことがない。
(多分……こんな感じか?)
覆い方などはわからないので、なんとなくのイメージでそっと優しく包むように、神力を解き放った――――