大変お久しぶりですね。
黒留です。
前回を覚えていない方はそちらを見るのをお勧めします。
それではどうぞ。
自分でもよくわからず足を動かしていた。というのも、自然とそこへ足が向いているのだ。太宰は静かに敦が引く手に従っている。本当は今すぐにでも敦を止め、来た道を引き返さなければならない筈なのに。その目的地が、今こそ自分が行かなければいけない気がして。呼ばれている気がして。この足も、この声も、この手も。止まらず、振り切らず、従うのだろう。
「太宰さん。」
「…なんだい、?」
「僕は、太宰さんを尊敬してます。」
「…うん。」
「僕は、太宰さんが善い人だって知ってます。」
「…うん、」
「仕事はサボるし、ちょっかい掛けられたりもしますけど」
「…うん」
「それでも、迷惑なんて思ってません。」
「……うん。」
「僕も、国木田さんも、乱歩さんも、鏡花ちゃんや、社の皆は、太宰さんが大事なんです。」
「…。」
「だから、偶には
肩の力を抜いても、良いと思います。
「…ふふ…後輩に、こんなことを言われるなんてね。」
はじめて、太宰が笑った。何時もの悪戯の笑みではなく、重荷がなくなったような、優しい笑みを。敦はその顔を見て少し安堵して、向く足の儘に目的地を目指した。
「…ここは、」
「前に、太宰さんがお墓参りに来ていた場所です。」
「…よく、覚えていたね。」
「足が、ここに向かっていたので」
「…それは不思議だ」
「…僕は周りを散歩してるので、ゆっくりしてください。時間に成ったら迎えに来ますから。」
「うん、ありがとう。」
心地良い風を、程よい陽射しを。こんな穏やかで何ともない時間を、一人で過ごしている。いや、二人だろうか。彼の誕生日に。あの日の記念に。君の好きな煙草に火を灯して、あの時の再戦のようにトランプを置いて、君とくだらない話をして。今、そうしている。
「君に、何か用がなければ来ないつもりだったのだよ、? 」
「何せ、君には、面白い話を聞かせてあげなきゃと思っていたからね、」
「…ねぇ、織田作。私、やれてるかい?君の言う、善い人間を、」
こんなにも、穏やかなのに。
「幾分か、素敵かな…?」
こんなにも、優しい心地なのに。
「ねぇ…私、君にもう一度 ……。」
サァ〜…と静かな風が頬を撫でる。それは、褒めるような、慰めるような。淡い返事。居ない筈の彼の手が。聞こえる筈のない声が。
「…っ、あぁ、織田作、きみは、本当に…っ、
ずるいなぁ…、」
時に叱り、時に励ます彼の声はもう聞こえないし、幼きを守り、その多くを包んだ優しい彼の手はもうない。あの低く穏やかな、落ち着いた雰囲気も、あの砂色の外套も。けれど、ここにはあるのだ。彼が生きていた証が。彼の存在証明が 。
「……い…ん」
「…だ…いさん」
「太宰さん、!」
「…ん、」
「良かった…このまま目覚めないかと…」
「いつの間にか、寝てしまったんだね…」
「どうしますか?まだ時間はありますが…」
「…もう、帰ろうか、」
「いいんですか?」
「うん。もう、挨拶も済んだし。」
「太宰さん、なんだか元気になりましたね。」
「そうかい?」
「はい。なんだかすっきりした顔してます。」
「…ふふ。それは良かった。」
彼から元気を貰ったのだから。前を向かなければ。君の所に行くには、まだ徳を積まなければならないし、ツケを払わなきゃ。ここ一週間に溜めた仕事も、心配を掛けた社の皆にも謝らないと。
一歩。今度は自分の意思で。この道を歩く。君に背中を押されて。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。これで最終話にしようかと思っているのですが、もしリクエストがあれば、その後の話を描こうと思っております。
長らくお待たせしました。それではまた、何処かで。
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