「─やっとあえたね、渋谷くん」
「…は…?」
俺は戸惑いながらもなんとか声をひねり出した。
こう答えるまでにどれだけの時間が過ぎたのだろう。
実際は数秒ぐらいしか経っていないのだろうが、俺には宇宙単位に思えた。
頭が真っ白になり、時が止まったように感じる。
..今、なんて言った?
未だに口がぽかんと開いたままでいる。状況を把握できない。
ついさっきまで彼女に向けられていた視線は、気付けば俺に向けられていた。
彼女は何事も無かったかのように
「魔月乃亜です。よろしくお願いします」
と消え入りそうな声で言った。
すると皆も魔月乃亜に視線を戻 す。
俺は更に戸惑う。
魔月がぺこりと小さく一礼する。
猿山先生が「魔月さんの席はここでいいかな?」と言って空いている席を指さした。偶然にも俺の隣の席である。
魔月が席に腰掛けると、 教室がいつものように賑やかになる。
俺と席の近いお調子者の健一はすぐに打ち解けて、「オレ、しばしお待ちを、柴士健一で~す!」なんてふざけている。
..さっきのことは、忘れようか。
どうやら気にしているのは俺だけのようだ。
なら、別にいいか。
俺は、さすがに隣の席なのに自己紹介をしないのは失礼だと思ったので、魔月に声をかけた。
「俺、渋谷薫流。今日からよろしく。なんか分からないことあったらいつでも聞いてくれ、魔月」
まあ、俺はそんな頼れる優等生でも何でもないし、能力も自慢できるものじゃないけど。 だからこそ、こんなつまらない自己紹介しかできないのかもしれない。
俺は情けない自分自身に失望してしまう。
そんなオレを見て、魔月はさも可笑しそうに笑った。
「知ってるよ。渋谷くん。やだ、さっき話しかけたげたのに、忘れちゃったの?」
「へ?」
全く予想外の返事に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
「渋谷くん。わたしだよ、わたし。ほら、昨日君の夢にお邪魔させてもらったでしょ。もしかして覚えてない?うーん、そりゃ困っちゃったなあ。渋谷くん。悪いけど、あんまり時間ないんだ。実は、わたしね─ 」
俺の周りの席の奴らはみんなここぞとばかりにぺちゃくちゃおしゃべりしやがる。これは呪いか?
.. というか、今意味のわからないこと言わなかったか?
夢にお邪魔させてもらった、だと?それってどういう…。
次の瞬間。
俺の脳裏にぶわっと記憶が流れ込んできた。
誰もいない殺風景な街並み。空気は薄いのに何故か居心地のいい空間。赤い空。黒い雲。紅い雨。どこからか聞こえてくる謎の女の声。そして─、最後にハッキリ聞こえる、“お願い”。
「ぁ….あ…、ぁ…….」
溢れる情報量に脳がキャパオーバーし、俺は声にならないうめき声をもらす。
突然、世界がグラリと揺れた。
視界に映るものの輪郭がぼやけていく。
気持ちが悪い..。
それまでずっと無表情だった魔月が、焦ったように顔を引きつらせて、椅子から飛び降り、オレに駆け寄る。
それに気付いたみんなもわらわらと集まってくる。
魔月の必死に叫ぶ声がかすかに聞こえる。その声は絶叫に近かった。
「****!**くん、*って、だめ、い**いで、*だ、*め、**あああああぁぁぁ!!!!」
俺の意識は、そこでプツリと途切れた。
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