Dr.STONE 夢小説
パンの香ばしい匂いが、ほのかに立ち上る。椎名は1人、村の片隅でフランソワのパンを頬張っていた。
「んー、やっぱうめぇな……流石だよ、フランソワさん」
その時だった。
「ここ、空いてるかな?」
澄んだ声がして、ふと顔を上げれば、羽京が立っていた。
やわらかく微笑む彼に、椎名は少し驚いて背筋を伸ばした。
「あっ……ど、どうぞ! どうぞ!あたし1人なんで!」
椎名があわてて腰を浮かせて言うと、羽京はくすりと笑って、彼女の隣に腰を下ろす。
「ありがとう。パン、美味しいよね。あまり騒がしくない場所で食べるのが好きなんだ」
「は、はい……なんか、わかります……」
(……なんでこんなに落ち着くんだろ)
椎名は思った。
翠と千空のゼロ距離に振り回されっぱなしだった彼女にとって、
羽京の絶妙な“間”は、妙に心地良かった。
近すぎず、遠すぎず。
あたしが“あたし”のままでいられる、ちょうどいい距離。
羽京は、横目で彼女の手元を見た。
「それ、ナイフで切ってるの?器用だね」
「あ、コレ?ちょっと道具持ってて。…あたし、そういうの得意なんですよ。もの作ったり、組み立てたり」
「そうなんだ。君にぴったりの役割が、たくさんありそうだ」
その何気ない言葉に、椎名は気づかぬうちに顔をほころばせていた。
「……へへ、ありがとうございます」
(……なんか、変だな。敬語も自然に出るし、隣にいるのに落ち着いて話せるなんて)
不思議と、心が静かだった。
椎名はまだ知らなかった。
この日、静かに動き出した感情が――
後に、飛行機と同じくらい高く遠く、羽ばたくことになることを。