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エドアルドを紹介されて一週間。セイはその間、一度も彼と会うことなく時を過ごした。
運命である彼は、セイの思考を狂わせる。それは仕事的にも私事にも不味いことなので、極力会わないように決めたのだ。
ただ、そんな付け焼き刃の策も効果は今のうちだけ。マイゼッティーファミリーと共同で興す事業は規模が大きなものだから、本格的に動き出せば否が応でも顔を合わさなければならなくなる。そうなった時に自分はどうするべきか。
いっそのことヴィートに本当のことを打ち明けてしまおうか。思い浮かべたところでセイはすぐに首を横に振った。おそらくヴィートが真実を知れば怒り狂うだろうし、そうなればエドアルドに会わなくなるどころか、プロジェクト自体が立ち消えてしまう可能性が高い。それでは双方のファミリーに大きな亀裂が生まれてしまうため、あまり事を荒立てたくないのだ。
先々のことを考えるだけで、溜息が止まらなくなる。本当、ヴィートの強すぎる執心は、どうにかならないものだろうか。
今日だってそうだ。毎年両親の命日は墓参りの後、父が買った別荘で過ごしていたのだが、今年は一人で行くと告げた瞬間にヴィートから笑顔が消え、機嫌が悪くなった。別段、ヴィートが邪魔だから来るなと言ったわけではない。今年に限っては運悪くヴィートに外せない出張が入ってしまっただけで、誰が悪いというわけでもないのだ。なのに。
『敬愛して止まないファンタネージ夫妻の慰霊の日に、三日以上もかかる会合を指定してくるなんて、ふざけているにもほどがある。悪いが、あのファミリーとは縁を切らせて貰うよ』
至極真面目な顔で物騒なことを告げるヴィートを説得するのに、どれほど苦労したことか。結局、後日、二人で改めて墓参りをすると約束したことで宥めることはできたが、それでもヴィートは最後まで恨み言を紡ぎ続けていた。
そんな朝の光景を思い出し溜息を吐くとともに、セイは森の中にひっそりと作られた小道を歩く。
ヴィートの執着には慣れてしまった部分もあるため、とくに迷惑とは思わない。しかし大人げない言動に関しては一人の成人男性として、そしてファミリーのドンとしてどうかと思うし、何よりこんな状態では将来、然るべき女性を迎え入れる時が来た時に、相手から『幼なじみ離れできない人間は嫌だ』なんて呆れられてしまう可能性が高い。そんな事態になる前にどうにかしなければ、と説得法を頭に巡らせた、その時。
「セイ!」
突然名前を呼ばれ、セイは思考の狭間から呼び戻された。
聞き覚えのある声にハッと顔を上げると、森の小道の終わり、開かれた空間に建つ二階建てのウッドハウスの玄関に、ここにいるはずのない人物が立っていて、セイは驚愕に目を見開いた。
「う……そ…………」
エドアルドだった。
清潔感のある白色のシャツに、ベージュのスラックス。そして首に巻いた鮮やかな色のストールがよく似合うその男の姿に、胸が勝手に騒ぎ始める。
「ど……うして、貴方がここに……」
「……セイにどうしても会いたくて……。毎年、ご両親の命日をここで過ごしていることを調べて来てしまいました」
セイの下までやってきたエドアルドが、申し訳なさそうな顔で事情を説明する。と、途端に本能を揺さぶる強烈な甘香が鼻を擽った。
「ダメ! これ以上、僕に近づかないで!」
セイは声を荒げながら、逃げるように一歩下がる。
「セイ……?」
「貴方だって僕たちの接触がどれだけ罪深いことか分かっているはずです、ドン・マイゼッティー! 今ならまだ間に合う、早くここを立ち去って下さいっ」
今日は一日休暇を取っているため、セイの近くにファミリーの人間はいないが、だからといって絶対に安全というわけではない。有らぬ疑いをかけられる前に離れなければ。セイの頭は焦りでいっぱいになった。
けれど、エドアルドは拒否するように首を横に振る。
「私の行動がオメルタに触れていることは、重々承知しています。ですが……それでも私は貴方を諦められなかった」
オメルタ――――血の掟と呼ばれるそれは、マフィアの規律が記されているものだ。その中にセイが恐れている『独りで他組織の者と会ってはならない』という決まりもあるのだが、これを破れば過酷な制裁が科せられてしまうというのに、エドアルドはそんなものなど関係ないという顔をしている。
「セイ、貴方も初めて会ったあの日に気づいたんでしょう? 私たちが運命の番であることに」
「っ……!」
今まで敢えて言葉にしなかった事実をサラリと告げられ、セイの心は酷く動揺した。けれど――――それと同じだけ心が高揚してしまった。まるで不安定だった点が線となり、二人の関係が繋がったことを大喜びしているかのように。
「ダメ……貴方と僕は……」
頭を垂らし、視界をギュッと閉ざしてエドアルドを遮断しながら懸命に首を振る。
その時、ふと両手を温かいものに包まれた。驚いて視界を開くと、地面に片膝を着いたエドアルドが切なげな目でこちらを見つめていて。
「どうかドン、なんて他人行儀な呼び方をしないでエドと呼んで下さい。私との会話も、普段の貴方のままで」
「でも……」
「あの日、貴方の香りに囚われてから、私は運命に恋焦がれる一人の男になったんです。ですから、逆にドンとして見られることの方が悲しい」
日本人の血が混ざるセイに比べたら、純粋なイタリア人のエドアルドは遥かに体格もよく、背も二十センチ近く高い。そんな体格差のある男に下から寂しそうに見つめられ、名で呼んで欲しいなんて請われると、それだけで胸が締め付けられてしまう。必要以上に近づいてはいけないと頭が警告を発しているのに、身体はまったく言うことを聞いてくれない。そんな状態になって、改めてセイは運命の繋がりの強さを思い知らされた。
「エ……ド…………」
「ああ……ありがとう、セイの唇から私の名が紡がれるだけで、天にも昇った気分です」
喜びを顔中で露わにしたエドアルドが、セイの左手薬指にキスを落とす。と、彼の唇が触れた場所から、新たな血液が注入されたみたいに皮膚が火照った。
ただ――――それでもやはりこの光景はいただけない。今、この姿を第三者が見たら、きっと裏切り行為以外の何ものでもないと判断するはずだ。
「……立って、エド。今、この場には誰もいないけれど、いつ他の人間の目に入るか分からない。危ないから、二人の安全を守るためにも、お願い……」
「分かりました、貴方を守るためというなら」
エドが言われた通りに立ち上がる。が、繋いだ指は離しては貰えず、そのまま熱い視線で見つめられた。セイから離れたくない、と懇願されているみたいだ。
どうすればいい。本当なら今すぐ彼の手を振り払い、目の前から消えるように言い放つべきなのだが。
「あの…………いつも両親の命日には、この家で母の得意料理だったラザーニャを作るんだ。でも一人だと大変だから、手伝って貰えると、その……」
やっぱり本能は従ってくれなかった。
今、ここにいるのは一人の男であって、ドンではない。かなりの苦し紛れにしかならないが、そう思うことで次の言葉が出せたセイが、伺うように頭一つ分高いエドアルドを見上げる。するとエドアルドは誉められた子どものような満面の笑みを咲かせて、任せて下さい、と自分の胸を叩いて見せた。