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「・・・・エイルから念話が届きました。デックアールヴの軍勢が攻め寄せて来ましたが、グルヴェイグはいないようです」
閉じられていた瞳を開け、念話を打ち切ったブリュンヒルデが告げた。
彼女は重成、ローラン、又兵衛、エドワードと共に天翔ける船の船室にいた。
宇宙の深淵に静かに浮かぶ船の純白の外装には美しい筆致のルーン文字が描かれてた札が張られていた。女神フレイヤの手によるもので、神気と気配を完全にかき消す効果がある。
ブリュンヒルデの船はフレイヤの船と共に飛び立ち、ヴァナヘイムに向かっているように見せかけ、実はアルフヘイムより少し離れた位置にとどまっていたのである。
「これでも動かないとは、恐ろしく慎重で用心深い神のようだな・・・・」
重成が呟いた。理想の展開では、デックアールヴを率いてアルフヘイムにやって来たグルヴェイグが義元達が率いるエルフの軍勢と戦っている隙に重成達は天翔ける船で背後に回り、挟み撃ちにするというものだった。
だが、事とはそう上手くいかないものらしい。
今この時もグルヴェイグはスヴァルトアールヴヘイムの己の玉座に座したまま、フレイヤが本当にヴァナヘイムに向かってこちらに戻らないかどうか、じっと注視しているのだろう。だが、それは同時に好機と言えた。
「やはり、私たちが直接スヴァルトアールヴヘイムに侵入してグルヴェイグを討たねばならないようです。あの神はフレイヤ様の動きを捉えることに全身全霊を傾けているでしょう。討つ隙は充分あるはずです」
ブリュンヒルデが青い瞳に鋭く研磨された剣のような光を湛えながら言った。
流石は戦乙女ワルキューレと言えるだろう。悪神を我が手で倒すことに抑えられぬ誇りと喜びを感じているようである。
重成はそんな彼女を感嘆の思いで見つめながら、同時に武者震いをしていた。
(遂に神と直接戦う時が来たか・・・・)
しかも相手はブリュンヒルデがその存在すら知らなかった謎の神である。一体どれ程の力を秘めているのか、想像すら出来ない。
ヴァルハラに来てから、空飛ぶ蛇ニーズヘッグ、その突然変異である双頭の大蛇、魔犬ガルム、そして霜の巨人という魔の存在と立て続けに戦ってきたが、おそらく今回は全く次元が違う戦いを余儀なくされるだろう。
果たして神という存在に我が刃は届くのだろうか。重成は愛刀を抜き、その刀身の銀色の輝きを冴えた双眸で見据えた。
やがてこの刃が神の血に濡れることになる。重成は畏れとも喜びともつかぬ不思議な興奮と共にある予感を覚えた。
その時こそは己は完全に人間であることを決別し、全く別の特殊な存在に成り代わるのではないかという奇妙な、それでいて確信に近い予感である。
だが、それでも最早後戻りはできない。
重成は刀を鞘に納めると、ブリュンヒルデの瞳をじっと見つめ、無言で頷いた。
ブリュンヒルデも頷き返し、
「では、行きましょう」
と告げて、天翔ける船を動かした。目指すは悪神グルヴェイグが鎮座する暗黒の星スヴァルトアールヴヘイムである。
同時刻、アルフヘイムの大地に降り立ったデックアールヴ達は、ただちにゴーレムを展開させた。
粘土で造られたその巨躯は一見、エルフ達のゴーレムと違いは無いように思える。
だが頭部が違っていた。エルフのゴーレムの頭部は哺乳類や鳥類といった体毛の有る動物を模したものなのだが、デックアールヴのゴーレムは爬虫類や魚類、それに昆虫といった体毛の無い生き物を模していた。
しかもその造りは恐ろしく精工で、まるで生き物の首を刎ねてそのままゴーレムの胴につないだのではないかと疑われるほどであった。
エルフのゴーレムの外見は雄壮でありながらどこか滑稽で、見る者を微笑ましい気分にさせるが、デックアールヴのそれは対照的に見る者に悪寒を抱かせる程醜悪で、不吉極まり無い姿であった。
そしてそれを操るデックアールヴの姿もやはりおぞましいと言わざるを得ない。
子供のように小柄なエルフと違って背は人間の成人男性に匹敵する程の高さがあるが、皆一様に骨と皮ばかりに痩せている。
髪はちぢれた黒髪で、肌は病的にくすんだ灰色、そして毒々しい赤黒い瞳を有していた。
彼らはその瞳に豊穣な大地アルフヘイムへの羨望と嫉妬、そしてその地を我が物にせんと言う我欲をたぎらせていた。
「デックアールヴよ。これまではこそこそと盗人のように忍び込んでいたお前たちが何故、大挙してやってきたのだ」
デックアールヴ達の耳にエルフの長の怒りに震える声が届いた。
「これ以上、フレイヤ様がフレイ様より託された聖なる地を不浄なるお前たちが汚すことは許されぬ。即刻消え失せよ。さもなくば、我らの弓矢を受けることになるぞ」
「身の程を知らぬ大言壮語は止すがいい、非力なるエルフどもよ」
デックアールヴの長が嘲りを露わにして答えた。デックアールヴの中にあって抜きん出た長身で壮年の男性のようだが、そのしゃがれた声は老人そのものであった。
「お前たちの守護神であるフレイヤがこの地を離れたのを我らが知らぬとでも思うのか。あの女神の守護を失ったお前たちを殲滅するなど赤子の手をひねるも同然よ。それはお前たち自身よく分かっているだろう。大人しく降伏せよ。そうすれば我らの奴隷として生きる道を残してやらぬでもないぞ」
「妄言を・・・・!我らが貴様ら如きに膝を屈すると本気で思うのか。例え我ら全滅の憂き目を見ようと、ただでは死なぬ。貴様らと刺し違えてくれよう。エルフの意地と覚悟をその濁った目にしかと刻め!」
「ふん、けなげなことよな。あのような淫売の女神にそこまで忠義建てするとは。まあ、いい。お前たちの骸は念入りに切り刻んで、大地に肥やしとしてばらまいてやろう。さすれば、お前たちは木々に養分となって吸収され、永遠に我らの領土となったアルフヘイムを見守っていけるだろう。ありがたく思えよ」
デックアールヴの長は余裕と嗜虐と哀れみが等しく入り混じった声で言うと、ルーンの詠唱を唱え、ゴーレムを前進させた。
エルフの長も負けじとゴーレムを動かす。
双方の獣頭の土の巨人兵達は地響きを轟かせながら進み、遂に激突した。
彼らは拳を振るって相手を破壊しようとするが、やはりそこは命を持たない魔法生物同士である。
相手の攻撃を喰らい、頭部が砕け、胸部が穿たれても少しも動きが鈍らず、ただ機械的に相手を攻撃し続ける。
そこにデックアールヴ達がそれぞれルーンの印を組んで破壊の魔法を唱えた。
光の矢、火の玉、それに氷の刃が色鮮やかな死の虹となってエルフ陣営の元に降り注いだ。
エルフ達はゴーレムを盾として身を守りつつ、弓矢で応戦した。
エルフの弓矢はアルフヘイムの聖なる樹木で作られている為、その威力、速度は尋常ではなく、またエルフ達は一人の例外もなく優れた射手であったが、やはりデックアールヴ達の破壊の為のルーン魔法に比べれば大きく劣るのは致し方無いことだった。
デックアールヴ達の魔法は確実にゴーレムの体を砕いていったが、エルフの弓矢を喰らい体が針鼠のようになっても、デックアールヴのゴーレムは全くその動きを鈍らせない。
遂に限界を悟ったエルフ達はゴーレムを置いて撤退し、後方の大森林に逃げ込んだ。
「ふん、確かにフレイとフレイヤの加護を受けたあの森の樹木は我らの魔法でも傷つけられん。あの場所で戦えば勝つ見込みがあると考えるのは当然だろう」
デックアールヴの長はほくそ笑んだ。
「だが無駄なことよ。お前たちはこの期に及んで、まだ我らが戦いを放棄して撤退することを望んでいる。敵方を皆殺しにし、勝利するという発想がそもそも無いのだ。それがエルフの種族としての性。デックアールヴは光の元に生まれた者を憎み殺戮しないではいられない性を持って生まれた種族。故にお前たちが我らに勝てる道理など最初から無いのだ。それを思い知らせてくれよう」
長はためらうことなく配下に大森林に侵攻するよう命じた。