今回のパーティーは立食形式だった。その方が会場を動きやすく、他の出席者と交流しやすいのではないかという意見が出てのことだった。もちろん、座れるようにと、テーブルと椅子も所々に配置してもらっている。
ざっと見た限りでは、だいたいが担当エリアごとの代理店の方々と、その担当店の世話役がまとまる感じで集まっているようだった。
その中にあって、私は今、マルヨシの社長と川口に捕まっていた。それが嫌だというわけではない。本来であれば私の方が二人の世話をする立場のはずなのにその逆で、世話を焼かれているような状態だったのだ。おかげで、大木から離れていられたことは、良かったと言えば良かったのだが。
「ほらほら、早瀬さん、少し食べなさい。いくらお役目とは言え、何も口にしないんじゃ、お腹が減るでしょうに」
川口が、私の前にサンドウィッチの乗ったお皿を差し出した。
食べてはいけないと言われていたわけではないが、仕事の一環だと思うと、気楽に飲食する気にはならなかっただけだ。しかし頑なに遠慮するのも失礼だろうと思い、私はそれを受け取ってぱくりと食べた。
「あ、美味しいですね」
私の様子を嬉しそうに見て、次に川口は私の手にグラスを持たせる。
「これ、お酒じゃないけど。ノンアルコールカクテルですって」
「あ、ありがとうございます……」
川口は、ほどほどのお酒ですでにご機嫌のようだ。彼女はふと首を傾げると、私をじっと見て言った。
「ところで早瀬さんは、最近イメチェンでもしたのかしら?」
私は目を瞬かせながら答える。
「え?いいえ。何も変えていませんけれど」
「あら、そうなの?」
と言いながら、川口はますます私をしげしげと見た。
「なんだかねぇ。ますますきれいになったような気がしたのよね。……あら、待って。もしかして、いい人でもできたのかしら?」
どきっとした。すぐ隣にその相手の父親がいる。私は社長の方を見ないようにしながら、微笑みを浮かべつつ川口を見た。
「いいえ。残念ながら、そういう話とはまったく無縁でして……」
「あらまぁ。早瀬さんを放っておくなんて、周りの男の人たちは見る目がないのねぇ。早瀬さん、家庭を持ちたいと思ったら、いつでも相談してちょうだいね。いい人紹介するから」
力強く言う川口にやや圧倒されながら、私は苦笑と笑顔の中間の顔を作って礼を述べた。
「ありがとうございます」
「そう言えば、確か高原社長の息子さんって、まだ独身じゃなかったかしら?」
今度は社長の方に話の矛先が向いた。しかし社長は表情を変えることなく、軽い調子で答えた。
「あぁ、上のは東京に行ってしまって、向こうでいい人を見つけてね。弟の方は確かに独身なんだが、実は最近、いい人ができたらしくてね」
そう言いながら、社長はちらっと私を見る。
私はその視線をかわすように目を逸らし、グラスに口をつけた。
「まぁ、そうなのね。誰かいい人いないかしら、ってお願いされていたお嬢さんがいたのよ。もし良かったら、ご紹介しようかと思っていたんだけど……」
「ははは。それはありがとうございます。うちの息子には、その必要はないようです。ま、いい話が確実なものになった時には、川口さんが経営するお店で新婚生活に必要なものをそろえるよう言っておきますよ。その時はよろしく」
「ほほほ。それならぜひいいご報告、お待ちしていますよ」
私は二人の間で黙って話を聞いていたが、当事者である私はだんだん居心地が悪くなってきた。
「あ、あの、私、少し席を外させて頂いてもよろしいでしょうか」
「あらあら、ごめんなさい。ここだけで早瀬さんを独占しておくのは、まずかったわね」
「うんうん。話につき合ってくれてありがとう。また後で」
意外にも二人はあっさりと私を解放すると、別の一団の方へと近づいて行った。
私は二人を見送ると、久美子を探した。少し会場を出ることを伝えようと思ったのだ。
久美子もまた、代理店のおじさまの一人と会話中だった。私は二人の近くまで行くと、邪魔することを詫びてから久美子にそっと耳打ちした。
「トイレに行ってくるね」
「一人で大丈夫?」
心配そうに眉根を寄せる久美子に、私は小さく笑ってみせた。
「大丈夫でしょ。だって、ほら」
と、私は大木の姿を目で示した。今は本部長と一緒に、別支店の代理店方と歓談中のようだった。
「あれならしばらくは動かないんじゃないかな。さすがに今日は、わざわざ私に嫌がらせをしている暇はないみたいだし」
「……そう、だね。一応仕事だもんね。ま、気を付けて行ってらっしゃい」
私はそっと会場の外へ出た。静かな広い通路を歩き出す。
「さて。どっちだったかしら」
その時の私は、前方にばかり気を取られていて、後を着けるように歩いてくる人物がいたことに気づいていなかった。油断していたとしか言いようがない。
床には薄いカーペットが敷かれていて、足音はさほど響かなかった。意図的に足音を消すことは簡単だっただろう。おかげで、ますますその気配を察することができなかった。
トイレはフロアの端の方で、会場とは正反対の離れた場所にあった。あえて人目につかないような造りなのか、角を折れてさらに入り込んだ所にあった。そして今日、このフロアを使っているのは私たちだけだったようで、特にその辺りはひっそりとしていて静かだった。
トイレを出た私は二つ目の角を曲がって、通路に出た。
横から大木の静かな声が耳に飛び込んできたのは、その時だった。
「早瀬さん」
その場に足を縫い留められたかのように、私は動けなくなった。
どうしてここに?私が見た時は、他の人たちと話をしていたはずなのに――。
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