コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
今放てる最高の一撃が、あっさりと掴まれその威力を殺された。
そう理解するよりも早く、シルフィは死の気配を感じ取る。
リズの右手に漆黒の剣が現れ、今まさに振るわれようとしていた。
しかし一瞬だけその表情が歪み、動きが止まる。
「……ッ」
リズが何か迷っているような素振りを見せている間に、シルフィは槍を手放し距離を開ける。
「もしかしてリズさんの意識が……?」
絶対絶命かと思われたが、攻撃が一瞬止まったおかげで助かった。
しかし迷いを振り切ったかのように、無造作にシルフィの槍は投げ捨てられる。
そして再び――リズの剣がシルフィへと向けられた。
「……もう打つ手がないですよ」
せめて槍があれば……いや、あっても何も変わらないだろう。
つい先ほど、自身が放てる最高の一撃があっさり止められてしまったばかりだ。
対峙したリズは剣を振りかぶる。
シルフィとの間合いはとても剣が届く距離ではないが――――
――まるで時間が切り取られたかのように、一瞬でリズが目の前へと迫る。
あまりにも速すぎる動きに、シルフィは何の反応もできなかった。
あとは袈裟斬りに体をなぞられるだけで、戦いは終わる。
だが剣よりも速く――――漆黒の雷がリズの体を走る。
リズの体だけではない。
帝都中を、黒い雷が走る――――。
「――――ッ!」
リズは声にならない叫びをあげる。
しかし不思議と、シルフィの体には何の影響もなかった。
むしろこの雷の気配には覚えがある。
「これはもしかして……エルさん?」
やがて雷が消えると、リズの肌が元の色に戻っていた。
意識もないようで、そのまま前のめりになる。
「――リズさんッ!」
シルフィは咄嗟にその体を支える。
そして治癒魔法を使おうとしたが、その必要はなかった。
「……気を失ってるだけ?」
リズからは静かに整った呼吸が聞こえ、シルフィはホッと安堵する。
どっと疲れが出たのか、そのまま座りこんでしまった。
「はぁ……生きた心地がしませんでした」
投げ飛ばされたアゲハに視線を向けると、起き上がる姿が見えた。
無傷とはいかないようだが、あちらも無事だったらしい。
「それにしても、あの黒い雷は一体……」
シルフィは空を見上げる。
どうかご無事で……と、エルリットの安否を気にかけながら……。
◇ ◇ ◇ ◇
エルリットが周囲に放った神の雷は、思惑とは違い帝都中を覆っていた。
「――――何なのよッ、この黒い雷は!」
ワーミィは悲鳴に近い声をあげながらその場に尻餅をついた。
というよりも、腰が抜けていた。
直感で感じ取っていたのだ……決して触れていいものではないと。
事実、用意していた呪術は全て雷によって蹂躙されていった。
それこそ帝都中に用意していた全てが……。
(黒……? 何を言ってるんだ)
しかし眼が見えないので、近くにいるワーミィの声はありがたい。
こいつだけは絶対に逃がしたくないから……少し強めに放つとしよう。
さらに神力を通して、帝都の状況を感じ取ることができた。
近くにいるワーミィは当然として、少し離れたところにも強大な魔力を感じる。
それは魔神化したアンジェリカさんの気配に少し似ていた。
(あまり良い印象はないな……この際だ、まとめて雷で穿つ――――)
見えない何かに命中した感覚が、神力越しに伝わってくる。
ついでに、雷が通る度に細かく何かを壊す感覚もあった。
これはおそらく呪術を破壊したのかもしれない。
そうだと確信したのは、視界が徐々に明るくなっていくと同時に、両腕の感覚が戻り始めてからだった……。
神の雷は収まり、帝都に静寂が訪れる。
「ふぅ……やっとはっきり見えてきた」
視力が完全に戻って来た時には、すでに戦いは終わっていた。
終わらせた……と言った方が正しいのだが、まったく見えてなかったので実感が薄い。
「でも、落とし前はつけてもらわないとね」
僕は地面に転がるワーミィへと近づいた。
魔法が通じなかった彼女だが、今はその体があちこち煤けている。
思ったより外傷は少ないが、それは神の雷に耐えたのではなく、あえて直撃させなかったからだ。
ただし、手足を除いて……だが。
「何なのよ……アンタ一体何なのよ」
地に這いつくばったまま、ワーミィはこちらを睨みつける。
手と足は、見るも無残なほど雷に焼かれて機能していなかった。
(これを見てちょっと溜飲が下がるというのも複雑だ)
とはいえ、落とし前……罪は償ってもらわなければならない。
人を殺すことに躊躇う気持ちがなかったわけではないが、聞きたいことは山ほどあるし……。
それに……生きてなきゃ苦痛を味合わせることはできないのだ。
「さて、あなたには色々聞きたいことがあるんですけど……素直に答えてくれますか?」
「なに? 答えたら命だけは助けてやる……とかかしら?」
ワーミィは挑発的な笑みを浮かべる。
時折視線が周囲を探っている当たり、まだあきらめてないらしい。
「そうですね、答えてくれたら……一思いに楽にしてあげますよ」
「……それじゃあ答える気にはならないわね」
呆れたような顔でそっぽ向かれてしまった。
「じゃあ仕方ないですね」
指先から神力の小さな雷をワーミィに放つ。
「ガァァァッ!」
ちょっと神力では威力が高すぎたかもしれない。
でも魔法が効かないから仕方ないよね。
「聞きはしましたけど、選択肢を与えたつもりはないですよ」
魔帝国とか、邪教のこととか聞きたいことは山ほどある。
「はぁ…はぁ……今度は真っ白な雷……? ホントに何なのよアンタは」
ワーミィは肩で息をしている。
しかし外傷は増えていないので、尋問としてはおそらく正解だろう。
「今度は……? ちょっと何言ってるかわかんないけど、答えないと何度でも今のを放ちますよ」
指先でバチバチと純白の雷を鳴らす。
それを見て、ワーミィは少し考える素振りを見せる。
「……何が聞きたいのよ」
さて、これは観念したのかはたして……
「良い心がけですね。それじゃあ……帝国ってすでに魔帝国みたいなものだと思うんですけど、この認識は間違ってないですよね?」
「そうねぇ……合ってると言えば合ってる。でも違うと言えば違う」
返答にイラッとしたので、再度指先で雷を鳴らして見せる。
「しょ、しょうがないでしょ! ホントに魔帝国なんてあってないようなものなんだから」
ワーミィは慌てた様子で弁解する。
嘘を言っているようには思えないが……。
「つまり……?」
「国……というよりは、元はただの邪教徒の集まりだから……」
そこからワーミィは歯切れが悪くなっていく。
「国としての体裁だって、帝国の要人を脅して流用してただけだし……」
その辺はまぁ予想通り。
「じゃあ邪教に関しては? 以前邪教の教会に行ったことはあるけど、そういうところはまだまだあるのかな?」
「いや、邪教は……あるといえばあるけど……」
邪教に関してはさらに言葉を詰まらせていた。
彼女は間違いなく、邪教の中でもそれなりの立場にいたはず。
でなければ皇城を根城になんてできないだろうし……。
「ふぅ……いまさら隠しても無駄か。私だけこんな目に合うのもむかつくし……」
そこでワーミィは意を決したように邪教について話し始めた。
「わかりやすい教会は帝国の領土内にあるけど、基本的に邪教徒自体は世界各地に存在してるわよ」
「世界各地に……?」
それはちょっと面倒な話になってきたな。
「そうよ。だって私たちは、元々プラーナ派……」
何かを言いかけたところで、ワーミィは目を見開いた――――
「あっ、がッ……うそ……でしょ。まさか…私も……? ――ゲホッ、ゴホッ」
そして吐血し、胸を抑え悶え苦しみ始めた。
「なっ……ど、どうしたんですか!?」
「あい…つ……私…にも…………」
掠れた声でそれだけ言い残し、ワーミィはピクリとも動かなくなる。
僕は恐る恐るその首に手をあて、脈を確認した。
「――死んでる……」