※鬼束ちひろさんの楽曲「眩暈」をテーマにしたおはなしを、とリクエストいただきました。素敵な曲を教えていただき、ありがとうございます。
※大変申し訳無いのですが、他のメンバー様で同一テーマを作成する予定はございません。また、続編の予定もございません。
ぽたりー
冷たい水滴が背中に落ちるような感覚で目が覚める
カーテンがふわりと舞って、換気をしたまま眠ってしまったのだと気づいた
ベランダに出ると、どんよりとした雲の隙間から、小さな小さな星が瞬く
月はほとんど欠けていて、私の心を表すようでひどく惨めだった
玄関に置きっぱなしの洗濯物を手にとって、私は適当なパーカーをとり、夜に溶ける
アパートの斜め向かいにある24時間営業のコインランドリーは、ちかちかと目を刺激して、思わず眉間に皺を寄せた
「・・・あれ、◯◯ちゃん?」
「・・・あ、こんばんは」
中に入ると、背の高い男性が背中を丸めて洗濯物を取り出していた
ここを利用するようになってから、かなりの頻度で顔を合わせる彼は
おかめさん という近所に住む男性だ
仕事の都合で深夜にしか来ることのないコインランドリー
2人きり 会話のない空間でも、なぜだか彼となら気まずさが消えた
乾燥を終えた洗濯物をバッグにつめたとある帰り道
アパートの前で、走ってきた彼に呼び止められた
なんだろう、と思っていると 差し出されたのはタオルに包まれた私の忘れ物
ちらりと開けると、中身は下着で
咄嗟の出来事なのに、私が恥ずかしくないよう配慮してくれたその優しさに強く惹かれた
それから、会えば挨拶をするようになり
ほんのちょっとの帰り道なのに、「夜道は危険だから」と送ってくれるおかめさんと肩を並べるのが
いつしか、日々の潤いとなっていた
「この曜日に来るの、珍しいね」
「・・・そうですね」
へらりと笑って洗濯物を入れる
それをじっと見つめるおかめさんは、少しだけ何かを考え込んだ後
おもむろに外の自販機で飲み物を購入し
洗濯機が並ぶ室内 2脚しかない椅子の片方に そっと座った
「あれ、もう終わったんじゃないんですか」
「付き合うよ」
「そんな、大丈夫です 本当にすぐそこですから」
「じゃあ、俺の与太話に付き合ってくれる?」
優しく微笑んだ彼は、以前私が好きだと言ったカフェオレを差し出す
お礼を言って受け取ると、温かいそれが手のひらからじわじわと私の体温を上げていった
ガタン、ガコン、ゴゴ・・・
洗濯機が回る音に耳を傾けながら
静かに並んでそれを飲む
与太話に、なんて言った割に おかめさんは特段なにも言わなくて
2人でぐるぐる回る洗濯物を見つめているうちに
時計の針はどんどん進んでいった
「ねえ、◯◯ちゃんってさ」
「・・・・え?」
急に斜め上から降ってきた声
気づけばこつん、と肩があたって
私の飲み物をそっと取り上げると、彼は眼の前の机に置いた
「息苦しくない?」
「・・・急に、どうしたんですか?」
まるで心の中を見透かすような穏やかな声に、目の奥が熱くなる
それを隠すようにまたへらりと笑うと
大きな手が伸びてきて、私の背を優しくさすった
「お、かめさん・・・」
「こんな、深夜に会う ようわからん奴だけど
吐き出せることがあったら、言って」
「・・・っ」
頬に伸びてきた手を振り払い、ガタリと席を立つ
瞬間、くらりと眼の前が歪んで
あぶない、と静かに声を荒げたおかめさんにきつく抱きしめられた
「・・・隈もすごいよ ちゃんと、眠れてる?」
「・・・ご、めんなさい・・・
あの、おかめさんが嫌とか、信用してないとか、そういうわけでは、なくて」
「うん、わかるよ
・・・ごめん、お節介だったね
でも放っておけなかった」
私を抱きしめる彼の身体は、思ったよりがっしりと逞しくて
その優しさが、心を引き裂くようで、どうしたら良いのかわからず口を閉じる
ガタン、ガコン、ゴゴ・・・ピー、ピー、・・・
洗濯機が止まった、音がする
それでも私を離してくれないおかめさんに、諦めて身体を預ける
明日、有給をとってしまおうか
急な休み、上司は文句を言うだろうが
どうせいつも余ってしまうのだ たまには、いいだろう
そう思いながら瞳を閉じると、背中にあった大きな手が、私の頭を撫でる
それが、心地よくて 苦しくて
私は彼にしがみついたまま、頭を空っぽにして
背中に回した両手に、思い切り力を込めて息を吐き出した
コメント
2件
またまた素敵な作品が…♡♡私も聴いてみようかしら…🤔︎💕︎