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色づいた桜は探偵社の中に仄かに甘い香りを漂わせていた。
「社長、桜が綺麗だねぇ。今年は桜見日和が長く続きそうだ」
そう話しかけてくる一人の青年の名は江戸川乱歩である。乱歩は福沢が何度も「部屋に入るときはノックをしなさい。」と注意しても聞かず、勝手に入ってきて今もソファーに寝転がっている。
「あぁ、そうだな。」
「ねぇ社長、いつ皆とお花見行こうか」
「…明日にでも行くか?」
「そんな急に決めてもいいの?」
「…明日は全員休暇、と云う事にしておく。」
「流石社長。ありがとうね」
乱歩は満面の笑みであった。まるで福沢がこの様な決断をすることを見透かしたかのように。翡翠色の瞳が薄く開き、じっと福沢を見つめる。福沢はこの青年と過ごしていくうちに甘い人間になっていた。昔はこうではなかった。血塗られた世界で、政府の為に自らの手を汚してきた。そんな福沢は、平和な暮らしは一生をかけても手に入らぬと思っていた。否、そのような生活をしてはならないのだと思うが故、福沢は独りになることを選んだ筈だった。この青年に出会うまでは。この青年は、まだ32であった福沢に大きな影響を与えた、唯一の人物であっただろう。
ふと福沢は窓の外に華麗に咲き誇っている桜を見た時、ある疑問が思い浮かんだ。
「…乱歩。」
「ん?どうしたの社長。」
「お前は、私がもしこの世からこの桜のように散り去っていったらどうする」
「え…社長がいない世界…?随分社長らしくない質問だね。どうしたの?」
「ふと、桜が散ってゆくのを見て思っただけだ。」
「…福沢さんさ、まさか僕の目の前から消えようとしてる?」
そう云った乱歩はソファーから体を起こして福沢のほうを向き、大きく翡翠の瞳を開いていた。その瞳は福沢を逃がさぬ様に縛り付けているようだった。
「否、そうゆう訳ではない。ただ私はお前より一回り年老いているのだ。私がずっとお前の傍に居られる保証はない。…これがどうゆうことか判るか?」
「…福沢さんがいつ死んでもおかしくない、って事?僕を置いて逝くかも…って事?」
「そう云う事だ。」
「やだなぁ、縁起でもないこと云わないでよ。」
そう云った乱歩はその翡翠の瞳を再び瞼に隠した。
「でもそうだね…もし社長がいなくなったら、僕は社長の後を追うかな」
だって社長がいない世界なんて、生きる価値がない。
そう乱歩は呟き、再びソファに寝転がった。
「何故そう思う」
「だって、僕の生きる意味を与えてくれたのは社長だ。僕を見つけてくれたのは社長だ。僕が僕で居れる理由をくれたのも社長。僕は社長の為に生きているも同然なんだ。だから社長がいない世界なんて価値がない、意味がない。福沢さん、貴方は僕の生き甲斐なんだ。だからさ、」
そんな軽々しくいなくなるなんて、云わないでよ。
乱歩はそっぽを向きながらそう答える。そう答えったきり、乱歩はまるで拗ねているかのように福沢に一切目を合わせなくなった。
「乱歩、こちらを向きなさい。」
「…厭だね、そっちに向いたって僕にメリットなんてないし、そもそも福沢さんのほうを向く理由がない。」
「乱歩。」
「…判ったよ。ほんっと福沢さんは狡い人だなぁ」
乱歩は文句をはきながら福沢のほうを向く。その乱歩の顔は怒りと悲しみが混じったような、複雑な顔をしていた。福沢はそんな乱歩の顔はあまり見たことがなかった為か、じっと乱歩を見つめていた。
ー綺麗な瞳だ。ありとあらゆる万物を全て見通す千里眼のような翡翠の瞳。その美しい瞳がある顔もまた整っている。初めて会った頃から余り変わらない顔立ち。だがよく見ると大人の雰囲気を感じさせるような気もする。
「…何、ずっとこっち見てさ。恥ずかしいんだけど。」
「否、矢張り乱歩はそのままでいいと思っただけだ。」
「…僕、福沢さんが思うより子供じゃないんだけど」
「そうか。ならいい」
「な、ならいいって何!?…!、まさか、まだ僕の事子供だって思ってるでしょ!!」
「それはお前の超推理を使えば判るだろう?」
「もー!!福沢さんの意地悪っ!!僕は子供じゃないんだからー!!」
そう云いながら乱歩は福沢に文句を垂れている。
ー今日も探偵社は、平和であるしるしを残していくのであった。