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クレハ様の帰宅日が正式に決まった。レオン殿下の希望でまたすぐに王宮に戻ることになっているとはいえ、丸ひと月ぶりに家に帰れるので、クレハ様もどこか安心したご様子だ。
私も気がかりな事はあるけれど、クレハ様の帰宅自体に反対ではない。旦那様と奥様を始め、屋敷のみんなもクレハ様の元気なお顔を見たいはずだから……
皆が心配しているのはクレハ様の体調面だけではない。クレハ様とフィオナ様のこれからについて。正反対なおふたりは、決して仲良し姉妹という感じではなかったけれど、クレハ様はフィオナ様を尊敬し、慕っている。今後、姉妹の間に取り返しのつかない深い溝ができてしまうのではないか……それを危惧しているのだ。
殿下とクレハ様の婚約が切っかけでこんな事になるなんて思ってもみなかった。いっそ、殿下が別の方を選んでくれれば良かったのになんて言う人もいた。でも、私はそうは思わない。殿下のクレハ様に対する強い想いをこれでもかと見せつけられたせいもあるけれど……私にはおふたりが共に在るのが正解なのだという自信がある。理由なんて分からないし、言いようのない不安な気持ちだって同時に存在している。それでも私は……例え周りの人達がどんなに反対したとしても、最後までクレハ様と殿下の味方であり続けようと誓ったのだ。
そして今……私、リズ・ラサーニュはそんな決意を新たにとある部屋の前に立っている。
『菫の間』
王宮はとにかく広い。その上、迷路のように複雑だ。ここに来た初日にセドリックさんに案内して貰ったのだが、いまだに道順を記したメモが手離せない状態だ。それに、訪れたことの無い場所がほとんどで、この菫の間だって今回殿下に呼び出されて初めて足を運んだのである。
クレハ様が帰宅するのに殿下が出した条件の1つ、自分の直近の部下を同行させること。今日はここで、そのご一緒する部下の方を私に紹介して下さるのだそうだ。殿下の直属というと、恐らく『とまり木』の従業員の方だろう。もしかしたら私も見かけたことくらいはあるかもしれない。
「レオン殿下、リズです。参りました」
扉に取り付けられたドアノッカーを数回鳴らす。鉄製の重厚なそれから響き渡る落ち着いた音が耳に心地良い。程なくして室内から入室を許可する殿下の声が聞こえたので、私はゆっくりと扉を開いた。
「あっ……」
うっかり間の抜けた声が出てしまう。部屋の中にいたのは私をここへ呼び出した殿下と、もう1人……
「こんにちは! リズちゃん。ちゃんとお話をするのは初めてだね」
柔らかな優しい笑顔で私を出迎えてくれたのは、以前『とまり木』で殿下とお会いした時に挨拶を交わした、若い女性の店員さんだった。
「ミシェル・バスラーと申します。この度、クレハ様の護衛という大役を仰せ付かりました。おふたりの事は私が命に代えてもお守り致しますので、安心して下さいね♡」
「いっ、命の危険があるんですか!?」
「無い無い。ミシェル……もう少し言葉を選んでくれ。意気込みは伝わるが大仰過ぎる。無駄にビビらすな」
間に入って下さった殿下に安心する。クレハ様の帰宅がそんな恐ろしいミッションになっているなんてと焦ってしまったじゃないか。ミシェルさん……見た目は穏やかでふわふわした感じなのに、言動は少々過激な方のようです。
「だって、殿下! 私楽しみにしてたんですよ。クレハ様やリズちゃんに会うの。時期が来るまで過剰に接触するなって言われてたから、とーっても我慢してたんですからね」
ミシェルさんは殿下に向かって臆する事無く、思い切り不満をぶつけている。そんな彼女を殿下はめんどくさそうに『はいはい』とあしらっていた。
「てか、お前真っ先に自分だけ自己紹介してるけど、まだ2人揃ってないんだからな」
「時間に遅れるのが悪いんですー。それに、あの2人に合わせてたらいつまでたっても話が始まりませんよ」
「それはそうなんだが、流石のアイツらも俺の命令を無視したことは無いからなぁ。何かあったのかもしれない」
「あの……まだ誰か来られるのですか?」
確か私達に同行する方は1人だと。それがミシェルさんだと思っていたのだが違ったのだろうか。
「ミシェルの他にあと2人……俺の配下の人間を王宮に召集した。クレハの帰宅に随伴するのはミシェルだけだが、そいつらも今後はクレハの警護にあたってもらうからついでに紹介しておこうと思ってな」
「その方達も『とまり木』の……?」
「ああ」
殿下はクレハ様周辺を自分の信頼する部下で固めようとなさっている。フィオナ様の件を忘れているのでは、なんてうっかり思ってしまったがとんでもない。『王宮内ですら味方ばかりとは限らない』セドリックさんが言っていた言葉だ。殿下は警戒している……きっとフィオナ様のことだけではない。おふたりの婚約が周りに与えた影響は、私の知らない所でも色々あるのだろうな。
「リズ……クレハが心配なのは分かるが、そんな怖い顔をしないでくれ。俺だって何も考え無しで今回の事を決めたわけじゃないぞ」
「えっ? わ、私……違うんです! すみません」
指摘されるほど険しい表情をしていたのだろうか……恥ずかしい。でも、よかった。思えば当然だ……殿下が何も対策をしていないはずがない。
「まだ来てない奴もいるが、とりあえず始めよう。リズにもちゃんと説明しておく必要があるからね。10分経っても来ないようなら悪いが探してきてくれ、ミシェル」
「はーい……。全くアイツらしょうがないなぁ」
ミシェルさんは溜め息を吐き、やれやれと肩をすくめた。
『とまり木』……西メインストリートにあるお洒落なカフェ。そこで提供されるお料理はとても美味しくて、特にデザート類が最高です。しかし、その実態は軍の特殊部隊……店員もほとんどが軍人さん。クレハ様と初めて訪れた時には想像すらできなかったことである。
後からいらっしゃるおふたりは、どんな方なんだろうな……