※戦時中設定、おかめさんで というリクエストです。ありがとうございます!
※大変申し訳ないのですが、他の方で同テーマの制作予定はございません。
※他サイト、特にXでの共有はご遠慮願います。ご本人様の目に触れないよう、個人でお楽しみいただけましたら幸いです。
ーたまには、別の人物画も描いたら?勿体ないよ、そんなに上手なのに
「ありがとう」
―モデルになってあげようか
「間に合ってます」
―どうして人間は、その人しか描かないの?
「…描かないんじゃなくて、描けないの」
物心ついた時から、何十回、何百回と投げかけられた言葉
その度に私は 至って冷静に返答する
絵の中の男性は、いつも困ったように微笑む
ゆるくウェーブのかかった髪
大きくて綺麗な手
切なげな瞳
いつしか夢で会う彼を描くようになった私は、何故だろう
苦しくて、悲しくて、泣きわめきたくてたまらないのに
この筆を置いたら、もう二度と戻れない気がする
そんなこと、誰にも言えないけれど
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「〇〇」
「わっ…、お、おかめさん…!」
「ふふ、また絵を描いていたの?」
「す…すみません、これはっ」
「大丈夫、御両親には言わないよ」
そう言って、軍服の彼はふわりと微笑んだ
『これがお前の婚約者だ』
秋も終わる頃、父に連れられてやってきたその人は、穏やかな表情で私に微笑んだ
女中たちが、あんな美丈夫が何故売れ残っていたのか、と噂する
私より10も上、男盛りのその人は おかめさん と名乗った
この時世に珍しく帝国大まで進んだというその人は、会う度に色々な知識を披露して私を楽しませてくれた
彼にとっては、婚約者というよりも「妹」だったのではないかと思う
それでも、時折ふと「海の向こうの国では、婚約者とこうして触れ合うんだよ」と
そっと私を抱き寄せて、喉に接吻をした
それが恥ずかしくて、心臓が締め付けられて
毎回小さく息を漏らすたび、おかめさんは眉を下げて私の頬を何度も撫でた
何回目かの逢引、私は密かな趣味としてきた絵を
思い切って彼に見せた
貴重な紙を絵描き用に使うなんて、と怒ることもなく
おかめさんは一枚一枚を丁寧に、時間をかけて見つめると
ほぅ、と息を吐き 私に賞賛の言葉を送った
最後の一枚、彼を描いた絵を美しい指で何度もなぞり、「人間は俺以外、描かないでね」と切なげに笑った
彼との別れは、流行り病で私が寝込むようになった翌週だった
しとしとと雨が降る夜中
微熱にうなされ身体を起こすと、庭先にぼんやり影を見た
慌ててそちらへ向かうと、軍服をしっかり着込んだおかめさんが いつものように微笑んでいた
「っおかめさん!お風邪を引いてしまいます、こちらへ…わ、え…?」
「…内密な案件でね すぐに出兵することになった
…一人にして、ごめんね」
私を抱き締め紡いだその言葉で、彼がもう帰ってこられないことを悟り、喉の奥が熱くなる
「ねぇ、○○ 輪廻転生って信じる?」
「りんね…」
「俺はね、ずっと人が死んだら、無になると思ってた
けれども、君と出会ってから どうしても信じずにはいられないんだよ
…こんな、無駄な殺し合いなんてなければ
君と二人、ずっと 笑い合っていられたのにね」
「…んっ…おかめさん…」
人生で初めての口付けは、人生で最後の口付けとなってしまった
おかめさんは名残惜しそうに私の頬を撫でて、それから、鼻と喉にも口付ける
涙を耐える私に向き合って、また、笑う
「もしも生まれ変わったら、どこに住もうか
君のアトリヱを建てたいから、気候が温暖な場所がいい
君の風景画は素晴らしいから、船で世界を回るのもいいね
はは、困ったな そうしたら俺が、たんと稼がないとね」
「…っ…」
「…○○、最後に未練がましく、ごめん
だけどね、君は俺の 俺だけの婚約者だから
例えこの先、他の男と契りを結んだとしても
心は生涯、俺だけのものでいて」
「っおかめさんだけです 生涯…いいえ…
生まれ変わっても、ずっと…」
「…ありがとう もう、行かなきゃ
雨に当ててしまったね あたたかくして、長生きするんだよ」
「おかめさん…っ」
にこりと微笑んだ彼の代わりに、空が泣く
その温もりがなくなっても、どれほど雨が強くなっても
私はいつまでも、そこに立ち
愛おしいその言葉を胸に抱き締めた
それからひと月とたたず、彼の存在はただの紙切れ一枚に収められて自宅に届いた
あの雨で病が悪化した私は、布団の中でその知らせを聞き
彼の褒めてくれた絵を抱いて静かに涙した
その後、残念ながらおかめさんの 長生きしてほしい という願いは叶わなかった
深い眠りにつく直前、あの愛おしい婚約者の笑顔を夢にみた私は
きっと、穏やかな死に顔だっただろう
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カタンッ
「…っ…あ、もう…」
都会の隅 小さなアトリエで開催された個展には
美大の友人や恩師から、ネットで見てくれた人たちが訪れてくださり、ありがたいことに連日賑わっていた
文明の利器と老人は上手く使いなさい、と笑った恩師のおかげで
学生ながら、私は絵で収入を得ることができた
殆どは商業誌や本の挿し絵だけれど
この個展を宣伝するとき、マーケティングに長けた友人が「夢で会う男性しか描けない少女」なんて随分偏った紹介をしたおかげで、ネット記事で少しだけ取り上げてもらった
実際は、風景や植物画は問題ないのだから…とかなり申し訳なく訂正したが…
最後の日は平日に設定したせいか、個展の終わる午後にはもう殆ど人がはけた
ついうたた寝をしていると、もう16時
さあ閉館だ、と立ち上がると
静かに扉が開く音
「あ、ごめんなさい もうー」
そういいかけた瞬間、ゆるりと近づく影、走馬灯のように甦る記憶
「…○○」
「…っ」
緩くウェーブのかかった天パの髪に、すらりと高い背
喉の奥が熱くなり、ボロボロと涙が止まらない
伸ばされた手が私を捉え、鼻に、喉に、そして
唇へとキスが降る
何度目かの口付けが終わったあと、しがみつく私を優しく見下ろして
私の、愛おしい おかめさんは
ぐっと涙を耐えながら、美しく微笑んで
あの時、敢えて言わなかっただろう言葉を囁いた
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あの時代、結婚相手に選択しなどなかった
10も年下の彼女を紹介された当初は少し悩んだものの、一目みて運命のようなものを感じた
俺の話を聞きころころと笑う声、時折達観したように遠くを見るその瞳、些細なことでも心配そうに、しかしプライドを傷つけぬよう言葉を紡ぐ姿
一つ一つは些細なものかもしれないが、その全てが俺の心をつかんで、こんな時代なのに この人と生きたいと思ってしまったから バチが当たったのかもしれない
上から命令された策は到底光が見えず、多くの部下が野垂れ死ぬのが目に見えていた
これ以上犠牲を出せぬと噛みついたところ、それならお前が手本を示せと発破をかけられた
愛おしい彼女の顔がよぎる
しかし、後には引けなかった
俺が行ったとてしれていただろうが、可愛い部下だけに血をなめさせるわけには、いかなかった
小雨の中、震えて俺にしがみつく彼女をいつまでも離したくなかった
最後にどうしても言えなかった言葉は、必ず生まれ変わったら、と心に決めた
少しずつ鼓動が消えるのを感じながら
最後に脳裏をよぎったのは
涙を耐えて微笑む彼女の美しい姿だった
「…○○」
友人に、お前にそっくりな男の絵を描く子がいるらしいとネット記事を見せられたとき
俺はあの記憶が蘇り、情けなくも友人の前で嗚咽しながら崩れ落ちてしまった
個展のことも、勿論知っていたが
もしも記憶がなかったら
すでに心通わせた相手がいたら、なんて考えるうちに
気づけば最終日となっていた
震える手で扉を開け 彼女のもとにゆっくり向かう
そっと手を伸ばした瞬間の彼女を見て、ああ、この子だと思ったらいてもたってもいられなかった
喉や鼻、唇に何度もキスをする
塗れた頬の涙は、どちらのものだったか
声を振り絞り俺にすがり付く彼女を、もう二度と離さないときつく抱き締めて
俺はあのとき言えなかった
「愛してる」
を、精一杯の心を込めて囁いた
コメント
10件
切なくて幸せで最高な作品でした!何回でも見れちゃいます(т-т)
うるっと来ちゃいました😿切なくても最後にハッピーエンドでよかったです🥹💜素敵な作品ありがとうございます!
めっちゃやばいです…🫣💞 途中ちょっと切なかったですが最後でちゃんと笑顔になりました😊今回もとても素敵な作品有難う御座います💖