朝起きてヴァレンティノからの通知を確認する。今日もまたショーだ。その他、彼からは一言だけ。
『If you mess up on today’s show, our lover’s game is over.(もし今日のショーでしくじれば俺らはもうお終いだ)』
私は目に浮かんできた涙を拭ってベッドから離れた。
準備を整えて階下に降りるとチャーリーが明るく話しかけてくる。
「おはようサベラ! 今日もお仕事?」
「……うん、ショーがあるの。金払えば入れるから、来てもいいよ」
「いいの? 必ず行くわ、みんな連れて」
彼女の顔は明るかった。昨日のことがあったにも関わらず、私からショーに誘われたことが嬉しいようだ。
「おはようございまーす」「今日のライブの衣装揃ってるー?」「おい、そこ気をつけろ!」
現場には大量のスタッフ。私はするすると間をすり抜けて楽屋へと辿り着く。中へ入るとアデルが駆け寄ってきた。
「あ、ボス……大丈夫ですか? 顔色、悪いです。これ、水……」
いつものたどたどしい口調だ。私は弱々しく微笑んでそれを受け取る。
「昨日はジェイドがかなり無礼な言葉を……気にされてたら私から謝ります」
「いや、いいよ。薬ヤッたのは事実で、辞めなきゃいけないことをあの子は注意してくれただけだから。それより今日の衣装は? どんなコンセプトなの?」
それは……とアデルが説明しかけた時だった。ヴァルが楽屋に入ってくる。椅子に深く腰掛けていた私の顎をするりと撫でて、甘ったるい声で言う。
「ベイビー、分かってるよな? 今日は最高なショーにしろ、これは命令だ」
「私はあなたのおもちゃじゃないわよ」
「分かってるさ。付き合う前に契約を拒否したんだよなお前。だけどお前は俺の恋人、俺を愛してるだろ?」
1番いい答えを求めて彼は私の腰に手を回す。私はそれを受け入れながらため息をついて、
「……分かってる、いいから早く出てって。上手くやれる、私は『Winner of hell』、そうでしょ?」
ヴァレンティノは満足そうに笑い、出ていった。アデルが私の様子を伺う。
「……あぁごめん、話止めちゃったね。それで? 説明して」
ショーが始まると、ファンが私の名前を叫んだり自作グッズを振り回してファンサを求める。私はそれに応える。
「じゃあ準備はいい?」
たちまち会場内に私の歌声が響く。見渡す限りの客席、端の方にはチャーリー達もいる。私はこのホールには小さすぎる体を妖艶に動かして、舞台から降りてファンに近づく。
1人のインプに近付こうとした時だった。足元のコードで躓き、そのまま倒れる。
「いっ……た!」
私はすぐに顔を上げると苦笑いして、
「ごめんなさい、大丈夫よ、心配しないで。さぁショーを……」
後ろから彼のタバコの煙が絡み付く。嫌な予感がした。後ろを振り向くと途端に彼の手の甲が私の頬を叩く。私は患部を抑えてヴァルを見上げた。
「あ、あ……ごめんなさい、すぐやり直すから。大丈夫、まだ続けられる。怪我してないわ。ねぇ、お願いだから私のこと……」
「お前が失敗すりゃ俺らは終わり、そう言ったろ」
かれは冷たく言い放つと、手に持っていたシャンパングラスを逆さにして私の脳天から中身を全てかけた。
私は大声を上げて彼の足元に縋りつく。
「ヴァルっ……! 待って、まだやれるわ。大丈夫だから、ねぇ、話を聞いて。私のこと置いていかないで、1人にしないで……」
涙目になりながらそう言うと、彼はゆっくりしゃがみこんで私の顎を上げた。
「お前の代わりはいくらでもいる。本気にしたお前の負けだろ。ちゃんと俺の話を分かってる奴は失敗なんかしない、だろ?」
「違うの、私……」
「何が違う? もういい、ショーにはエンジェルに出てもらう。引っ込んでろ」
彼は去っていった。私はパニックになって楽屋へ走った。ブーイングが聞こえる。
「まだ終わってねぇぞ!」「どこ行くんだ?」「俺らの期待を裏切るのかよ!」
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
それしか出てこなかった。走り切って、思いっきり強く楽屋のドアを閉める。ドレッサーの方に千鳥足で辿り着き、息を整える。
「どうしよう、どうしよう……私もう何も出来なくなる、1人じゃ何も……」
そう言って床に崩れ落ちると、エンジェルが入ってきた。
「あ、エンジェル……」
「俺の忠告を聞かなかったからだろ」
冷たい声だ。ヴァレンティノと同じ。心の中に響いて、ハウリングを続ける。
「過去に言ったはずだろ? あんな奴やめとけって。お前は聞かなかった、自分の気持ちばかりに従って」
「だって、私……」
「1人じゃ何も出来ないから、このチャンスを逃したらきっと誰も自分を愛してくれなくなるから。そうやって言って自分で傷付きに行っただろ」
そう、私は1人じゃ何も出来ない。ヴァレンティノを手放せば愛を与えることも、与えてもらうことも出来なくなる。要領がもともと良くないから、すぐに色々溢れ出してその場に崩れていく。隠してきた現実を急に突きつけられて涙が溢れ出てきた。
エンジェルはそれ以上何も言わずに出ていこうとした。
私は道を間違えた。でもどこで? いつ? どうやって?
色々な感情が爆発して、立ち上がってドアを開けたエンジェルの胸倉を掴んだ。
「お前のせいだっ!」
彼は意味がわからないという風に私を見下した。
「お前が全部奪った。恋人も、注目も、何もかも。私に残ったのは称号だけ。アンタは幸いにも負け犬だったからね」
「だから何だよ!?」
「これ以上私の人生めちゃくちゃにしないでよ!」
私はそう叫んでその場に崩れ落ちた。エンジェルは構わず出ていく。私の耳に、ドアがバタンと閉まる大きな音が響いた。
舞台袖で、エンジェルが歌い踊る姿を見る。悔しい。いつだってアイツと比べられて生きてきた。地獄では勿論、生きてた頃だって。私は向こうにいた頃から変わってた。いい意味でも悪い意味でもない。
「……ずるいよ」
止められない蛇口のように涙が止まらなかった。
コメント
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ぁぁぁぁマジ最高ですありがとうございます😭サベラちゃんにはサベラちゃん独自の魅力がある、valがいなくても輝けるって事をわかってほしいいい…( ; ; )