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「グルヴェイグを死の寸前まで追いやったのですから、もう少し期待していたのですが・・・・。貴方達では到底このムスペルの女王の相手は務まりませんね。やはりこの私を楽しませてくれるのは・・・・」
シンモラの焔が灯る紅玉のような瞳が長大な弓を構える勇将に向けられる。
「貴方しかいませんね、ヘーニル。神々随一と賞される弓の技、まだまだこんなものではないでしょう?」
「随分悠長な態度だな、ムスペルの女王よ。貴様はこの結界の塔を破壊するのが目的なのだろう。このヘーニルの矢を喰らいたいと言うのならいくらでも喰らわせてやるが、そのような余裕はあるのか?」
「私がここにいる以上、結界の塔が破壊され、このヴァナヘイムが滅亡するのは最早決まったことです。どうあってもそれは変わりません。ならば、その過程を出来るだけ楽しまねばね」
シンモラは柔らかく微笑した。その笑顔の奥に無限に等しいまでの破壊と殺戮への渇望を感じ取り、ヘーニルは慄然となった。
「グルヴェイグ、このアースガルドから来た者達は貴方が相手なさるといいでしょう。存分に復讐するも良し、結界の塔を破壊するのを優先するも良し。お任せしますよ」
シンモラの言葉を聞き、狂気の女神の琥珀色の瞳が妖しく輝いた。
「さあ、それでは始めましょうか。ヘーニル、出し惜しみせず全力を尽くしなさい。私を退屈させないで下さいよ?もし退屈な思いをさせたら、殺すだけでは済ませません。ムスペルヘイムの牢獄に閉じ込め、未来永劫までその身を焼き続ける刑罰を与えますからね」
ヘーニルの光の矢の雨とシンモラが巻き起こす炎の嵐がぶつかり合い、凄まじい破壊のエネルギーが奔流となって荒れ狂った。
弾かれた光の矢がヴァナヘイムの大地を穿ち、炎が色鮮やかな花々や木々を無残に焼き尽くす。
だが、馬上の重成にはその戦いを注視する余裕は無い。己に向けられる狂気の女神の憎悪の視線と対峙せねばならなかったからである。
「確か、重成、それにブリュンヒルデだったな。あの時はたかが下等な人形と油断し、思わぬ不覚をとってしまった。まさかミョルニルの槌を用いるとはな。貴様らは一体何者なのだ?」
「そんなことはどうでもよい。あの決着は私にとっても全く不本意なものだった。雪辱を晴らしたいのはこちらも同様。今度こそ我が手で討ち取らせてもらうぞ」
槍を向け、いつになく猛々しい表情で重成は宣言したが、グルヴェイグは嘲笑で応じた。
「ふん、貴様らへの復讐などもはや些末なことよ。ムスペルどもの炎でこのヴァナヘイムとそこに住まう腑抜けどもを焼き尽くすことに比べればな。貴様らもすぐに虫けら同然にのたうち回りながら焼け死ぬことになるのだ。私が手を下すまでもない。そこをどけ、私は結界の塔に向かうぞ」
「そうはさせん!」
重成は猛然と馬を駆ってシンモラに突進した。シンモラの右手が翻り、鞭が無数の閃光となって重成を襲ったが、重成は片鎌槍を振るってことごとくこれを撃ち落とした。
以前シンモラと戦った時、あの時は徒歩で刀と言う違いはあったが、攻撃を防いだ時に手のしびれがかなり残ったものだった。
だが今この時は手のしびれはほとんど感じない。やはり己は神格が上がり強くなっているのだと実感した。
「むう!」
重成の神気、そしてそれによって膂力が増しているのをグルヴェイグも悟ったのだろう、その二つの顔貌に緊張と警戒の色が浮かび上がる。
「雪辱を晴らしたいのはわしらも同じよ!」
さらに又兵衛とローランが遅れじと続き、ブリュンヒルデとエドワードがルーンの詠唱を始める。
「女神の首は我がもらうぞ」
先のグルヴェイグとの戦いには加わっていなかった義元が大薙刀を振り上げて嘯き、姜維も二郎刀を構えて愛馬を躍らせた。
彼らの後方で銃声が鳴り響き、銃弾を左側頭部に受けたグルヴェイグの顔貌が怒りに歪む。
「成程、オーディンの呪いか。ルーン文字が彫られた弾丸をまともに喰らっても傷一つ負わんとは・・・・」
狂気の女神の怒りに燃える視線を平然と受けながら、愛と豊穣を司るヒンドゥー教の女神の名を持つ王女がその黒曜石のような瞳を輝かせた。
「ならば今度は無傷の右半身に喰らわせてやろう。重成達の刃を凌ぎつつ、妾の弾丸をも躱せるかな、哀れなる女神よ」
敦盛はエインフェリアとワルキューレの聖なる神気を増幅させると同時に邪なる女神の心を乱す笛の音を奏で、エイルはいつでも癒しの力を振るえるよう、仲間たちの戦いぶりを注視した。
「おやおや、雑魚とはいえ、あれだけの数となるとグルヴェイグ一人では手に余りますか」
炎を全身から飛散させ、火柱を起こしてヘーニルを攻撃しつつ、ムスペルの女王は狂気の女神の戦いを観察した。
エインフェリアとワルキューレの実力は個々ならば到底高位神と戦える域には達してはいないだろう。だが彼らは見事なまでに連携して巧みに女神を追い込んでいた。
剣槍の技量に優れた者がグルヴェイグの鞭を防ぎ、ルーン魔術と不可思議な飛び道具を右半身に正確に集中させる。
さらに注目すべきは笛を奏でる清雅な少年の存在である。彼の神気が込められた笛の音によってエインフェリアとワルキューレは疲労を忘れてその力を増し、女神は逆にわずかながら弱体化を強いられているようであった。
「彼女をこのまま討たせるのはあまりに惜しい・・・・。手を貸すべきですね」
「ふざけるな!貴様の相手はこの俺だ」
大胆にもヘーニルは間合いを詰め、近矢の技でシンモラの胴に矢を三本打ち込むと、飛鳥のように身を翻して炎から逃れた。
「・・・・!!やりますね・・・・」
「当然だ。まだまだこんなものではないぞ。次はその両目を射貫いてくれる!」
ヘーニルが雄々しく吠えたその時である。
「ヘーニル!」
煌びやかな甲冑を纏い、過剰な装飾が施された槍を持つ神将がヘーニルの側に降り立った。
「クヴァシル!助太刀に来てくれたのか・・・・」
「仕方なかろう。偶々武装を済ませていたのはお前以外には私しかいなかったのだからな」
居丈高に言い放つクヴァシルであったが、その顔貌は蒼白でややひきつっているようである。
「クヴァシルですか・・・・。かつてはヴァン神族最高の勇者と称えられたそうですが、もはや見る影もありませんね。永劫に近い年月を怠惰に過ごし、槍の扱いもルーン魔術も忘れてしまったのではないですか?」
シンモラが紅蓮の彫像のような顔貌に露骨なまでの嘲笑を浮かべた。
「ぐ・・・・」
「ですが、貴方のおかげで頭が冷えました。礼を言わせてもらいましょう。ヘーニルと遊ぶのに夢中になっている場合ではありませんね。グルヴェイグがあのざまですから、この私が結界の塔を破壊しなければ・・・・」
シンモラの視線が双子のように同じ造りの二本の白亜の塔に向けられた。あれこそがヴァナヘイムを守護する結界を張る塔である。
「そうはさせんぞ!我らの命に代えても・・・・」
「言ったはずですよ。私がここにいる以上、塔は破壊され、ヴァナヘイムが滅亡するのは決まったことだと」
ヘーニルはその舌の回転を止め、クヴァシルもまた金縛りにあったように身動きが出来なくなった。
シンモラの神気が膨れ上がり、その身に纏う焔と熱がさらに激しく、色濃くなったのである。
凄まじい焦熱と正視できないほどの輝きに耐えかね、ヘーニルとクヴァシルは心ならずも後退を余儀なくされる。
シンモラはもはや人の姿を捨て、完全に赤褐色の火の玉と化していた。ヴァナヘイムの太陽は既に地に沈みかけていたが、その代わりのようにシンモラがもう一つの太陽となってヴァナヘイムの地上を煌々と照らしていた。
狂気の女神グルヴェイグも、エインフェリアとワルキューレも戦いを止めざるを得なかった。
彼らもまたシンモラが放つ赤熱と炎のうねりに身を焦がされそうになったからである。