彼らの舐めるような視線に気付いた菊は、何やら不穏な気を感じて、外に飛び出した。
アルフレッド
菊
小さな体は、いつもより疲れやすくなっていた。
ひとまず近距離にあったトイレに避難した菊は、感じたことの無い恐怖に身構えた。
菊
マァどうもこうもアーサーのせいだが⋯
数分が経った。 体感としてはもう数時間経ったように思うが、小さくなった反動で腕から時計が抜けたので、時間は何もわからなかった。
何も無い個室の中、充満するアンモニア臭に段々と意識をやられながら、菊は必死になって思考の中にしがみついている。
菊
哀れな愛し子は、自分に言い聞かせるしかできないのだ。
その時 !
「お~い、菊いる?」
菊
菊
フェリシアーノである。 どうやら、駆けて行った菊を探していたらしい。
しかし、菊は平然としている。 見つかったにも関わらずに。
フェリシアーノ
そう、この優しさである。 菊はこの気持ちに酔っていて、同時に深く信頼していた。
菊
だって彼は天使なんだから!
と。
マァしかし、予定調和に行かないのが人生である。
天使は悪魔にもなりうるのだ。
フェリシアーノ
フェリシアーノ
菊
フェリシアーノ
ムキムキってやっぱりすげぇよ!と、フェリシアーノは嬉々として語ったが⋯
フェリシアーノ
菊
フェリシアーノ
フェリシアーノ
フェリシアーノはいかにも草臥れたといったジェスチャーをして、分かりやすく顔を青く染めた。 ノンケ思考を持つフェリシアーノは、アーサーの概念を心底気持ち悪く感じるのだろう。
菊だって、顔を真っ青にした。 アーサーに見つかれば、本来ある筈のない「処女」を喪失するのだから。
フェリシアーノ
フェリシアーノ
菊
菊
絶叫である。
しかしそれをものともせず、フェリシアーノは優しく菊に語りかけた。
フェリシアーノ
フェリシアーノ
幸運にも、フェリシアーノは菊の家にあった薄い読み切りの漫画本を手にしていたらしい。
菊にとっては不幸でしかないが。
菊
フェリシアーノ
フェリシアーノ
最早めちゃくちゃな理論合戦である。 しかし、どちらも相手を傷つけないために必死だった。 菊はアーサーよりかはマシだと思ったし、可愛い孫のように思っていたフェリシアーノの気遣いを何とか尊重しようとした。 フェリシアーノも親友とセックスなんか出来ないし、男とヤるのは気持ち悪いので、せめてギリギリノンケの自分でもできて倫理観が守られる選択をしようと必死だったのだ。
菊
渋顔で、菊はぼんやりと呟いた⋯。
個室内部。 2人で入るには狭い面積だが、片や小さな子供である。 マァなんとかはなった。
蓋を閉めたきりの便座に座らされた菊は、大人しくモジモジしていた。
フェリシアーノ
和装に身を包んだ菊を見て、申し訳なさそうにフェリシアーノは話した。
菊
汚したくなかったら脱いでね、というのはフェリシアーノが先程言った言葉だ。 菊はそれを従順に守ろうとしているし、フェリシアーノも艶々と蛍光灯で薄くオレンジに輝く皮のベルトをカチャカチャ鳴らして外していた。
コツコツと靴の音が個室に反響した。 小奇麗なフェリシアーノの茶色い革靴である。
白袴をするりと脱げば、生白い子鹿の足がまろび出た。 これが女の子だったら、素股してもらうんだけどな⋯と、ノンケのフェリシアーノはセンチメンタルになった。
菊
フェリシアーノ
菊
くだらない会話ではあるが、些か心が凪いだ気がする。 背徳と、恐怖の中に揺蕩う2人である。
フェリシアーノ
ここは会議場の便所である。 当然滑りを良くするローションなんてありもしない。かと言って何もつけずに扱いても痛いだけなので、唾液を使うというのは極めて良い判断だと言える。 マァ、童貞のフェリシアーノがマスターベーション上手で助かったとも言えよう。
差し出された細長く、骨っこいフェリシアーノの人差し指と中指に、ドキドキしながら透明な涎を滑らせる。垂れ切れなかった液体がタイル床に落ちて、菊は艶かしい不思議な気分になった。 フェリシアーノの焼けた指は、今の菊には大きくて、長すぎる代物だった。
フェリシアーノは、冷たく濡れた指先を、「もういいよ」と離した。
菊はもうドキドキが止まらなくて、フェリシアーノの伏せられた木鶴喰の瞳を細かく見れなくなった。
菊
フェリシアーノ
簡潔な会話である。 空気に晒された唾液は、口内の温い温度を保つことなく、冷たい狂気になった。
自らを気遣うフェリシアーノの姿を見て、菊はひたすらに申し訳なさを感じた。
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