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私は、食人鬼。
人々の血肉を喰らい、生きながらえる化物。
でも、私は人なんて食べたくなかった。
自分に人肉を食わせようとする両親から逃げた。
でも、もしかしたら、それがいけなかったのかもしれない。
食人鬼としての本能が、普通のものだけを食べて生きることを、許してはくれなかったのだ。
それでもなお、ゴミを漁り、そこから食料を得ることで食いつないでいた。
でも、体はどんどんやせ細っていった。
そんなある日のことだった。
人を喰らうことがないせいか、体力も衰え、ありえないほどの疲労と空腹で、倒れそうになっていた時。
男の人
あやな
男の人
あやな
おぼつかない足取りで歩く私を心配して、親切な、不幸な誰かが話しかけてきた。
その頃、もう私には理性も何も残ってはいなかった。
ひたすらに、生きることに執着し、目の前の餌を喰らうことしか考えられなかったのだ。
あやな
男の人
そう言って男が目の前に差し出したのは、クロワッサンだった。
バターが塗られているのか、てらてらと光って、見るだけでお腹が空きそうだ。
普段の、私なら。
私には、そのクロワッサンも、ただの小麦の塊にしか見えなかった。
私は、そんなパンより。
パンを差し出す男の手が、何よりも。
美味しそうに、見えた。
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グチャ、ゴリッ、ゴリゅっ、バキッ、グチョ……ごくん。
冷たい、寒い、暖かい、かたい、やわらかい、美味しい。
そんな言葉が頭の中に浮かぶ。
今日は雨だった。
冷たい雨に体を打たれて、私はすごく寒いはずなのに。
何かを持つ私の手と、何かを食べる私の口の中は、とても暖かかった。
ああ、今、私は、すごく満たされている。
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あやな
あれから、かなり時間が経ったらしい。
あたりは先程よりもずっと暗い。
冷たい雨が体を打つ。
雨が地面を叩く音が聞こえる。
それ以外にも、布が、雨を弾く音が聞こえる。
あやな
音の方に目を向ける。
そこに、青い傘があった。
あれは、たしか、親切な男が持っていた傘ではないだろうか?
あやな
でも、今、そんなことはどうでもよかった。
今までの空腹や疲労が、何故か消え、満たされた感覚でいっぱいだった。
とても、気分がよかった。けれど。
あやな
足元に違和感を感じる。
何かに乗っているような。
下を見てみる。
そこに、人の足があった。
この、ズボンは。
たしか、あの男のものではないだろうか?
あやな
なぜ、私は男の人の上に?
そう思って、足から先に目を移した。
あやな
ない。
足から先が、ない。
あるはずの胴体はそこになく、雨のせいでかさが増した血の海だけが広がっていた。
あやな
それを見た瞬間、今までの高揚した気分は一瞬にして消えた。
顔からサーッと血の気が引いていく。
あやな
足から降り、自分の手に目を移す。
そこには、血がこびりついた私の手があった。
あやな
そうやって言葉を紡ぐ私の口内にもなにか違和感を感じ、血濡れの手を口に突っ込んだ。
歯と歯の間。何か、挟まっている。
口から指を抜き、挟まっていたものをまじまじと見つめた。
挟まっていたのは、黒くて細長い、何か。
あやな
あやな
あやな
急に吐き気がして、私は口元を手で塞いだ。
吐き終えたそれは、液体ではなかった。
あやな
黒い髪。
確か、あの男は、黒髪だった。
なら、それは、つまり。
あやな
あやな
あの人を、食べた?
あやな
そう思った瞬間、頭の中に一気に記憶が流れ込んだ。
私は、私は…
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男の手が差し出されている。
お腹がすいている私にと、パンを渡そうとしてくれている。
けれど、私は。
あやな
男の人
男の手に、喰らいついた。
あやな
男の人
あやな
手を引き抜かれることのないように、もっと深く牙を入れる。
男の腕を引きちぎる。
男の人
男が逃げられないように、張り倒して足のうえに乗り上げた。
そこから、顔も、体も、余すことなく、全てを喰った。
冷たい雨に体を打たれながら。
手や口から感じる鮮血の暖かさをひたすらに噛み締めて。
時折、男の骨をゴリゴリ音をたてて噛み砕き、
柔らかくて美味しい肉を喰らった。
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あやな
あやな
あやな
私は、私はなんてことを!
愚かだ!愚かだ!
生きるために、満たすために、
私に親切にしてくれた人を、喰らうだなんて!
私なんて、死ねばよかったのに!
どうして、どうして!
情けない、悲しい、悔しい!
自分の本能に抗えないことが、悔しい!
情けない!
悲しい!
タダでさえ人の少ない場所へ隠れていたのに!
どうしてここで!
こんなところで!
あんなに優しい人が!
私なんかに喰われて!
ごめんなさい、ごめんなさい!
許して、許して!
あやな
あやな
あやな
あやな
私の懺悔の声を掻き消すように、高い音を立てながら、風が勢いよく吹いていく。
その風に乗った雨は、私を責め立てるように、音をたてて激しく私の体を叩いた。
そんな風にも負けないように、声を張り上げた。
ひたすらに謝った。
心の中は後悔でいっぱいだった。
それでも、
それでもなお、
私の、食人鬼としての本能だけは、
満たされていた。
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ガリッ、ゴリッ、
ムシャ、ムシャ。
あやな
あれから、しばらくして、私はまたお腹が空いた。
近くにあった果物をかじったが、空腹はほんの少しも満たされなかった。
だから、残りの足を食べた。
…でも。
あやな
同じ肉のはずなのに、昨日食べたものよりも、それはずっとまずかった。
固くて、苦くて、まずい。
あやな
でも、どこか懐かしい味だ。
あやな
昔、お母さんがスープに入れていた肉。
もしかして、あれは人肉だったのだろうか。
お母さんには、鶏肉だと聞かされていたけれど。
騙していたのだろうか。
でも、不思議だ。
前までは、この味でも、この固さでも、充分だったのに。
美味しかったのに。
今は、なんだか、
満たされない。
知ってしまったから、なのか。
新鮮な、人肉の味を。
流れる、暖かくて、甘い鮮血のあの味を。
もう、自分は、後戻りできないところまで、行ってしまったのだろうか。
あやな
何を馬鹿なことを?
昨日の時点で、すべてわかっていたじゃあないか。
後戻りなんて、許されると思っていたのか?
だとしたら、随分とおめでたい頭だ。
生きたあの人を喰らっておきながら。
あの人の命は、もう戻らないのに。
自分だけ戻れるなんて、とんだ甘ったれだ。
もう、無理なんだ。
なら、堕ちるところまで、堕ちてやろう。
あやな
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子供
子供
子供
あやな
子供
あやな
子供
あやな
あやな
子供
子供は、ぱっと顔を上げた。
涙で濡れた目がキラキラと輝く。
なんて素直な子。
なんて、かわいそうな子。
あなたが、人を見てすぐに逃げ出すような子なら、助かったかもしれないのに。
信じたばかりに…ねぇ。可愛そうに。
あやな
笑顔で手を差し出せば、男の子は握り返してくれた。
そう、そのまま。
絶対に離れないでね?
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男の人
あやな
あやな
あやな
あやな
男の人
あやな
男の人
ここはただのごみ捨て場。
でも、人を連れ去るにはいいところだから、
子供が行方不明となれば、すぐ警察も来るでしょうね。
この子の頭ぐらい残しておけば、このこのお母さんもすぐ駆けつけるはず。
にしても、ほんとに素直で、純粋な子。
疑ったり、しないのね?
そんなだから、こうやって。
子供
私に喰われてしまうのよ?
あやな
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警察
母親
母親
母親
警察
警察2
警察
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あやな
迷いの森に、楽しげな鼻歌が響く。
ここは、子供がよく迷い込む、行ってはいけない、恐ろしい場所。
だってほら、あの女の子の手を見てごらん?
よーく耳を澄ませてごらん?
聞こえるだろう?あの音が。
ズルズルズル。
ズルズルズル。
人を引きずるあの音が。
見てみてごらん?わかるだろう?
草を染めてく、血の跡が。
あの女の子は食人鬼。
冷たい心を持っている。
血も涙もありゃしない。
死にたくないなら近づくな。
生きていたいならすぐ逃げろ。
迷いの森に行くならば、鼻歌だけには気をつけろ。
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あやな
女の子
はなうたがきこえる。
たのしそうなうた。
でも、ちかづいちゃだめ。
わたしはまだ、しにたくないの。
あやな
あやな
あやな
あやな
あやな
あやな
あやな
あやな
あやな
あやな