溶けそうに暑い夏だった
悪夢のような世界で
私は初めての恋をした
強くて優しい瞳のあなたに
死を覚悟したあなたに
全身全霊をかけて
精一杯の恋をした
生まれて初めて私が愛した人は
特攻隊員だった
大きな愛を胸に秘めた
強くて優しい
あたたかな人
彼は、私と出会った時には
もうすでに死を覚悟していた
「愛する人達を守るために
俺は死に逝くよ」
揺るぎない瞳で
そんな悲しいことを言った
「行かないで」
と泣いてすがる私を
彼はただ静かな眼差しで
包み込むだけで…
そしてある夏の日
怖いくらいに綺麗に
晴れた青空の向こうへ
一点の小さな光となって消えていった
ねぇ、彰
私の声が聞こえますか?
あなたは今、どこにいるの?
そこは、痛みも苦しみも悲しみもない
穏やかな場所ですか?
風に吹かれる花びらのように
儚く散ってしまったあなたが
せめて今は、優しい夢の中で
安らかに眠っていることを祈ります…
先生
えー、そういうわけで
1945年になるとますます
戦況は悪化して、日本の劣勢は明らかに…

先生
全国各地が米軍によって空襲されて、焼け野原になり、この町でも一度、終戦間際に大きな空襲が……

百合
ハァ
(なんでこんなにイライラするんだろう…
理由なんか分からない
口うるさく小言ばかり言ってくる親も
刑務所みたいに生徒を管理してくる学校も
教壇で偉そうに喋っている先生も…
全部がムカつく)

先生
…い…おい、加納!

先生
お前、話を聞いているのか!?

百合
…一応、聞いています

先生
一応だと?
ちゃんと気をいれて聞かんか!

先生
おい、板書は写しているんだろうな?

百合
…1文字も写していません

先生
はぁ?
ふざけるな!

先生
お前、先生を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!

百合
………

百合
(別に馬鹿にしているつもりはないんだけど…)

先生
ふん、まぁいい

先生
110ページの4行目から読め

百合
ハァ
…そこで日本は、不利な戦況を打開するために、特攻作戦を決行…

先生
声が小さい!

百合
…気分が悪いので、保健室に行ってきます

先生
おい!
ちょっとま…

百合
ハァ
家に帰ろ…

百合
(私は母親と2人で住んでいる。
父親は誰なのか知らない。
お母さんは21歳で私を産んで、その時からシングルマザーらしい。)

百合
(そんな家庭環境もあって、私は周囲から色眼鏡で見られてきた。
“かわいそうな子”
として同情されるか
“片親だからひねくれた子に育ったんだ”
と陰口を叩かれる

百合
家の鍵、どこだっけ?

百合
あ…あった

百合
ガチャ
テレビ見よー

百合
『今から70年前、特攻隊の戦闘機は、片道分の燃料と爆弾だけを積んで南の空へと旅立って…』

百合
特攻隊かぁ。
そーいえば今日の歴史の授業でも先生がそんなこと言ってたなぁ…

百合
……くだらない

百合
別に何十年前のことなんて、どーでもいい

百合
まぁいいや。
寝よ……………

百合の母
ガチャ
ちょっと、百合!
起きなさい!

百合の母
まったく…あなたって子は

百合の母
どうしてそうなの?

百合
(お母さん、夜の仕事に行くのかな?)

百合の母
こんな時間まで制服のままで寝て…

百合の母
宿題はちゃんとやったの?

百合
いちいち、うるさいなぁー

百合の母
うるさい?

百合の母
言われなきゃやらない百合が悪いんでしょうが!

百合
あとでやるって!

百合
いいじゃん、ちょっとくらい寝たって

百合の母
はあい、もしもし
加納です

百合
(ハァ
さっきまで私に向けてた不機嫌な声はどこへ行ったのか…)

百合の母
ええ、はい
そうだったんですか…

百合の母
いつも本当にスミマセン
ご迷惑ばかりおかけして…

百合の母
先生からだったわよ!

百合の母
また先生に無断で授業サボったんだって?
もう何回目?

百合
さぁ?

百合
10回目くらい?

百合の母
ハァー
もう、あんたは本当に!

百合の母
お母さんがあんたのために働いてる間に学校サボって家に帰って来ても宿題もしないで、いいご身分ね!

百合
なにそれ?

百合
恩着せがましい

百合
お母さんが勝手に私を生んだんでしょ?

百合
ハッ
(言い過ぎた…)

百合
(…でも、もう後には引けない)

百合
生みたくて生んだんだから育てるために稼ぐの、当たり前じゃん!!

百合の母
……この親不孝者!!

百合の母
あんたには言わなかったけど、一昨日も学校から電話があったわよ!

百合の母
授業態度は悪いし、宿題も出さないって!

百合の母
どうしてあんたはそうなの よ!
ちゃんと勉強しなさいよ!

百合
そんなの私の勝手でしょ

百合の母
あんたのために言ってるの

百合の母
今、勉強しておかないと、将来苦労するのは自分なのよ!?

百合の母
絶対に後悔するんだから!

百合
私のため?

百合
違うでしょ?
自分の世間体のためでしょ?

百合の母
な……っ
親に向かってなんて言い方するの!

百合
ああもう
うるさい、うるさい!
私の人生なんだから、ほっといてよ!

百合の母
あんたみたいな馬鹿、私の子供じゃない!

百合
(…私の子供じゃない?
そりゃそうでしょうね
望んでもいない妊娠して、私のせいで若さと青春を棒に振っちゃったもんね…)

百合
(…でもさぁ、私だって望んで生まれてきたわけじゃないよ…)

百合
ブチ
それはこっちのセリフだよ!私だって、あんたなんか親だと思っていない!

百合
お望み通り、出ていってあげる!

百合
ハァ
さーて、どこで寝ようかなぁー?

百合
……ボークーゴー

百合
ここで寝よ

百合
Zzzz…

百合
………ん…

百合
真っ暗だ…

百合
もしかして、閉じ込められた?

百合
…なんだ、開くじゃん…

百合
あっつ……

百合
どうしよっかな?
家には帰りたくないし…
でも、お風呂にはいりたい…

百合
え…?
圏外?

百合
え…
何で、なにもないの?

百合
家も、電柱も、アパートも…

百合
……なんで?
どういうこと?
