ピピピッ。 ひとりきりの部屋にやたらと大きく電子音が鳴り響いた。 するりと服の下から取り出した機械は体調不良を数値化し、「37.9℃」の文字を表示している。
翔也
微熱、とは言い難い体温が表示されたそれをぽいっと乱雑にテーブルに放り投げ、俺は再びもぞもぞと布団に潜り込む。 けほ、と乾いた空気が溢れる度に、ひりりと喉が痛んだ。
(なんで碧海しごとなのー……って、いやいや)
火照る顔を枕に沈めて目を閉じれば、恋人の顔が瞼の裏によぎる。どれだけ焦がれても、会えないのならば虚しくなるだけだというのに。
体調不良でお休みを頂いている間、他のメンバーは頑張ってくれているのだから。 今できることはしっかりと身体を休めて、出来るだけ早く復帰すること、それだけだ。
翔也
ごろりと寝返りを打ち、枕元で充電コードに繋がれている端末を操作してメッセージアプリを開く。
“今日、何時あがり?” “結構遅くなる。大丈夫そ?” “うん、寝とけばよゆー!がんばってね”
そんな今朝のやり取りは、最後に俺が送ったゆるキャラのスタンプが既読になって終わっていた。
仮にスケジュールが早めに終わると返ってきたなら、俺は何と返事していただろう。
会いたい?寂しい? そんな。この大事な時期に、万が一碧海に風邪を移してしまったら大変だ。 そんなこと、言えるはずもない。
翔也
弱っている時ほど人肌が恋しくなるのは、死ぬ前に遺伝子を残そうとする為の生き物としての性らしい。
ぎゅう、と自らの薄い身体を抱きしめて見てもちっとも暖かくならない。
さみしい。すかい。会いたい。
唇が小さく恋人の名を紡ぐ。ぐちゃぐちゃと丸まった毛布に頭からつま先までくるまって目を閉じ、少しずつ訪れる微睡みに身を任せて俺は目を閉じた。
翔也
人の動く気配に目が覚める。ゆっくりと起き上がれば、いつの間にか額に乗せられていた濡れたタオルが布団の上にぽてりと落ちた。
碧海
翔也
声のした方を見れば、スーツを着た恋人がキッチンの方から現れた。
翔也
碧海
痛む喉を叱咤してなんとか掠れた声を絞り出せば、近寄ってきた彼の手によって再びベッドへと寝かされる。 ぽんぽん、と子供を宥めるように胸元をなでられると、ひどく安心した。
翔也
碧海
翔也
碧海
ぐい、と片手でネクタイを緩める仕草。 なるほど、だからスーツなのね。 衣装から着替えもせず、急いで来てくれたって事か。
碧海
なんだそれ、カッコよすぎだろ。
風邪のそれとは別に、顔に熱が集まるのを見られたくなくて、俺はがばりと顔まで毛布を被る。
くすりと微笑んだ気配が離れていく。 ちらりと毛布から目元だけを出して伺うと、碧海はワイシャツをまくって器用に鍋をかき混ぜていた。
なんで碧海ってこんなにカッコイイんだろ。
こんな優しくされたら、誰だって惚れちゃうんじゃないだろうか。 いやもう惚れてんだけどさ。 会いたそうって、何。俺そんなに分かりやすかったかな?
ぐるぐると頭の中で感情が渦巻く。 具合が悪くて辛い以上に、今はひたすら、嬉しい。 会いたい人が、好きな人が側にいるのが、こんなにも嬉しいだなんて。 まるで恋愛を覚えたての女子中学生でもあるまいし。変なの。
少し恥ずかしいけれど、でも、嬉しいもんは嬉しかった。
碧海
翔也
碧海
翔也
考え事をしていたせいで、碧海が側まで来ていたことに気が付かずに素っ頓狂な声を上げてしまう。 クスクスと笑う彼の手元には、器の中で美味しそうな湯気を立てる卵粥があった。
翔也
碧海
翔也
なんて出来た彼氏なんだろう。甲斐甲斐しいにも程がある。 あまりの感動に涙すら出てきそうだ。
碧海
翔也
碧海
言葉の通り碧海は、スプーンにふぅ、と息を吹きかけて適温に冷ましたお粥を俺の口元に運ぶ。 大人しく一口ほおばれば、それでよしと言わんばかりに満足げに微笑む。
碧海
翔也
碧海
翔也
今日1日ほとんど何も食べずに眠っていたから、少し薄味のお粥の暖かさが、優しさが、心身に染み渡ったような気がした。
素直にもっと、と、あーんと口を開ければ、同じようにまたお粥を口に運んでくれる。
よそわれた分を食べきり、用意してくれた風邪薬を水で流し込んで再びベッドへと横になった頃には、少しだけ体調も良くなってきたような気がした。
翔也
碧海
翔也
碧海
翔也
なんだか、ぽやぽやと不思議な気分だ。思っている事が、考えている事が、唇から全部ぽろぽろとこぼれ落ちてしまう。
もしかすると、熱が上がってきているのかもしれない。このまま今晩のうちに上がりきってしまえば、明日には平熱くらいまで下がるだろうか。
碧海
翔也
碧海
翔也
言うやいなや、文句をいう暇もなく部屋着をはぎ取られる。 暖房はつけているものの、素肌が外気に晒された感覚でざわりと皮膚が粟立った。
替えの部屋着を頭から被せられ、ぶへ、とマヌケな声が漏れた。 次いで下半身へと手がかかるが、それは流石に慌てて腕を掴んで静止する。
翔也
碧海
翔也
碧海
普段でさえ碧海の方が力が強いというのに、まともに力が入らない身体では適うはずもなく。 抵抗も虚しく下着諸共衣服をずり下ろされてしまう。
翔也
碧海
上半身と同じように素早く着替えさせられる。 途中、わざとではないのだろうが脇腹に指先が触れて、風邪による悪寒とは別の感覚がぞくりと沸き上がった。
翔也
碧海
既に熱に浮かされている身体は、たったこれだけの刺激で簡単に煽られてしまう。
どうしたの、と心配そうに俺を見下ろす彼をじっと見つめ返して、はぁ、とひとつ熱い吐息を吐いた。
翔也
碧海
翔也
頬を撫でる手に顔を擦り寄せ、指先を捕まえて捕まえてちゅ、とてのひらにキスを落とせば、いつものポーカーフェイスはどこへやら。
上目遣いで見つめながら、ついでにかぷりと人差し指を甘噛みしてやる。
したい。思ったら思ったぶんだけ、言葉がこぼれ落ちる。 ねぇ、と軽く腕を引き寄せながら身体をすり寄せる。
碧海
翔也
碧海
翔也
碧海
翔也
指先を絡めながらしつこく言い寄っていると、ついに反対側の手で軽くデコピンをくらった。
怯んだ隙に、もう一度がばりと頭まで布団をかけられてしまう。
碧海
翔也
碧海
大丈夫、高熱で何口走ってるかもわからん奴に無体働くほど理性ぶっ飛んでないから、俺。 ぶつぶつと、俺にというよりは自分に言い聞かせるかのように碧海は呟く。
えっち、したかったけどなぁ。
でも、今日一緒に居てくれんならそれでまあいいかな。
きゅう、と繋いだ手を強く握ってくれたのが嬉しくてへにゃりと微笑めば、ちゅ、と軽く額にキスが落とされる。
碧海
翔也
碧海
ゆったりと、微睡みに意識が沈んでいく。
眠りに落ちるまでのあいだ碧海は、ずっと手を握ってくれていた。 あったかい手だった。
やばい、まじで俺、碧海の事好きだ。めっちゃ惚れちゃってるんだ。
大好きだよ。
それは言葉になって、唇からこぼれ落ちたか否か。 瞼が落ちる寸前。瞳に映った碧海の顔は、とても優しく微笑んでいた気がした。
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