カエデ
カエデ
視線を感じる
カエデ
楓は腰に携えた刀の柄を 不安げに握る
カエデ
返事は無い。 ただ森の中に声が反響するのみ
カエデ
カエデ
脳裏に浮かんだのは最悪の状況だった
カエデ
土井椙山巌窟は1階の洞窟部分と 洞窟横の石階段を登った先にある 無数の石仏群のふたつのエリアに 分けられる
石仏捜索の効率化のため、二手に分かれ 莉子は2階部分を担当していた
江戸時代にかけて、しとどの窟では 周辺に住む者の遺骨が埋められたが
源氏の長、源頼朝の 後を継ぐ者が暗殺され その血が途絶えた怨みや怨念を持った 家臣の骨も同じ場所に眠っている とされている
清流でも墨汁を一滴垂らせば濁るように。 善良な霊がいる場所でも 悪い霊気がそこに入ればそこの霊は やがて凶悪な悪霊へ変化する
カエデ
やっぱり…誰か居る。 生きている人間の気配…!
楓は石畳の階段を駆け上がり 2階・石仏群へと急ぐ
階段を八割程登りきったかと思った瞬間、 楓の体は宙へ浮いた
足元を見ると、石階段が砕け散っている 砕いたものの正体は 楓の後方から振り下ろされた、 二振りの薙刀
カエデ
地面に落下する前に、とっさに 巨木の枝につかまった。 そして枝に立って状況を理解する
鎧を身につけた武者の骸骨が 2体。こちらを見上げていた
この二体の武士の霊…記録には無かった。 どういう事…?
阿門
吽門
阿門
吽門
数分前
莉子
返答しちゃった… これが…例の女の悪霊?
女の霊
白装束に身を包み、髪を肘まで伸ばした 女の霊。髪の間からのぞかせる 目と口は、まるで 黒に塗りつぶした暗い穴が 空いているかのようで
その見た目は正しく悪霊だった
先程とは違い喋ることは無く、 代わりに口から風が吹くような音がする
女の霊
莉子
手足になにか巻き付く感触。 視線を下ろすと、それは 暗闇に紛れて女の霊から伸びた髪の毛
一瞬の出来事に、体が硬直し 冷や汗が頬を流れる。 逃げようと振りほどこうとするも もがく事も出来ないほど きつく締め付けられていた
莉子
カエデ
カエデ
阿門
吽門
阿門
吽門
刀…?あー…!! この刀に引き寄せられてきたのか…!
カエデ
阿門
月明かりに照らされた鋒(きっさき)が 素早く弧を描いてきらめくと 楓が掴まる巨木がめきめきと音を立て 倒れていく
楓は倒れゆく巨木から飛び降り 地面に膝を着いて 二体のドクロから距離をとった
楓は綺麗に斬られた巨木に目を向け、 次の攻撃を警戒して、すぐに 2つの鋒に視線をずらす
もし当たったら…
思わずつばを飲み込む
「我等は双門」
阿門
阿門
吽門
「友の元へ行きたいのならば…」
地の底から響くような声が二つ、響く
カエデ
カエデ
神刀を 強く握った
阿門
カエデ
胸元に掲げた一枚の紙切れ。 御札に息を吹き、地面にそれを投げつけると 小さな爆発が起こる その爆発を目くらましにして 楓は姿を消した
阿門
吽門
楓が現れたのは木の上、骸骨共の頭上 あまりの素早さに阿門の対応が遅れる
木の枝から飛び降り、楓は刀を振り下ろす しかし鞘は鎧に防がれた
阿門
カエデ
阿門の背後に投げられていた 「爆」の霊符
吽門
薙刀を持った武者の背中で霊符が炸裂
鎧越しに伝わる熱、衝撃、その全てを 味わう様に感じ取る
久しぶりの戦い。その喜びに思わず両者は 笑みをこぼした
阿門
阿門
吽門の振り上げた薙刀が楓を襲う。 滞空しながら刀の柄で受けるが そのまま地面に叩きつけられた
カエデ
清水寺にある 武蔵坊弁慶の錫杖は 2mを軽く超える巨大な物
カエデ
阿門
吽門
カエデ
叩きつけられた時の土を払い落とし、 骸武者に走り、詰め寄った 楓が武者たちの間合いに入る
それと同時に、楓はもう一度、 御札を投げる。今度は吽門の方へ
視界の左右から刃が迫って来る──── その刃が体を切り裂く前に、 高く飛び上がり攻撃をかわした。
吽門
吽門
カエデ
投げた札が爆発したと同時に 大きな音を立てて洞窟の入口が崩落する 双門は落石に退路と身動きを封じられた
阿門
カエデ
高く跳び、着地したのは薙刀の刀身 そのまま薙刀の柄を足場に走り抜け、 距離を詰めてゆく
髑髏の手元まで走り寄った楓は飛び上がり 空中で抜刀の姿勢をとる
狙うは首元
カエデ
平安時代、京の都には 人に取り憑き生者を喰らう 悪霊が蔓延っていた
そんな悪霊悪鬼を退け、都を 守った者がいた
平安最強の陰陽師 安倍晴明
彼は生前 刀を鍛造し、己の霊術を刀に 込めることでその力を後世に遺す
それは子孫代々が保管する 陰と陽を司る二振りの刀 名を
カエデ
刀光が双門の首を 横切った
椿 莉子は気が付くと 視界が黒く染っていた
目隠しでもされているのだろうか? 声を出そうにも息が出来ない。 動いてみようにも、びくともしない 何も、出来ない
莉子
莉子
髪の毛だ これ
耳を埋めつくし、ゴソゴソと音を立てて 耳の中で伸びながら鼓膜へと伸びて 侵食していく髪の毛。 口をこじ開け埋め尽くし、腐臭と死臭を 漂わせて喉元へと伸びる髪の毛。 泣き叫び抵抗する そのはずなのに
何のために?
自分の何か、自分が自分であるために 必要な何か。 それがゆっくりと、髪の侵食と共に 体から失せていく
失ったものの代わりに 少しずつ大きくなるものは 莉子自身でも制御出来ない、憎悪と怨念
女の霊
寒い…さむい。コわい つらィ
莉子
怖い 消えたくない 怖い 怖い 怖い 怖ィ 怖い 嫌だ 消えたくない 怖い 怖い 怖い 怖い嫌だ 嫌だ 嫌だ ナクナる 怖ィ 消えたくない 嫌ダ イヤだ 消えたくナい 消えたくナい 消えたくナイ 消えタくない イヤダ イヤダ マダ
体温が、何かが、抜け落ちていく
ふと 聞き馴染みのある声が聞こえた
カエデ
莉子
体から消え去ったはずの熱が 記憶が蘇っていく
私は。
"熱"が戻っていく
"熱"は胸の内にあった時よりも 熱く、より熱く。 やがてそれは炎の体を成した
莉子
莉子から静かに溢れる火は ゆっくりと体全体へと広がっていく
類焼燐火
強い意志が、怨霊となる事を拒んだ
その身にまとった炎は 光り輝く 瑠璃色の炎
コメント
4件
描写の表現が個人的に超好みです! 小説というより、アニメを観ている気分になるほど、情景が繊細に思い浮かびます。 これから、応援させていただきますね。
新話投稿、お疲れ様です! 熱い…そして何より戦いの絵面がすごく渋い!! 昨今、戦いの最中心理戦を交えた描写中々お目にかかれなかった中でこれはとても熱い! 敵に関しても傀儡じゃなく執念と闘争心が垣間見れる強敵の気配良き!