十月の半ば、私は街灯の灯りが目立ち始めた藍色の空へ伸びる、針葉樹の先を見つめながら彼を待っていた。
風でゆらゆらと揺れる針葉樹は、不安を煽るようにゆっくり、大きく空を泳ぐ。 その根元にある不格好に小さくて鬱蒼とした公園に、彼はもう長いことしゃがみこんで何かを見つめていた。
おかしな彼、いつも通りだ。 私がこうして少し離れて彼を待っているのは、私が望んで彼の傍にいようとするから。彼は私に行動が邪魔されるのを良く思わないのだろう。これは私の予想で、彼がこうして自分の意思を述べることはない。ただ、なんとなくこの方が良い傾向な気がしていた。
何をしていたの? 聞いても恐らく答えない。 彼に不純な事を考えてしまった。 要するに、"痺れを切らした"ので、自分から公園の囲いを超えて、直接何をしているのか見に行くことにする。
聞いても答えは無いだろうと考えていたのに聞いてしまった。彼は伸びっぱなしの雑草しかない地面を見つめていたのだ。いや、木々のざわめきを感じていたのかもしれないし、落とした影の縁をなぞっていたのかもしれない。彼の行動で見え透いたものなんて無い。いつもぼんやりとそこにいて、私が追いかけて、そういう繋がりなのだ。
彼は私を認識している。 そう言うとおかしいが、彼においては特別なようで、私は嬉しかった。
"私の言葉をきっかけにして"、彼はふいに立ち上がると、"私に目をくれず"公園を出ていく。私に興味が無いからではなく、私がついてくると分かっているからだと思いたい。
彼の横に並んで歩いた。 ひび割れたコンクリートの道はただ真っ直ぐと伸びていて、ほんのり冷たい風が私のトレンチコートをなびかせる。
彼はまるで外界のリズムを知らないように、ゆっくりと歩く。言い表せないその独特な速度が、私は好きだ。彼のそばにいると、時の流れが変わったようで驚く程に落ち着く。
彼は、どうだろうか。私のことをどう思っているのだろう。
鬱陶しいストーカー? しつこいお節介? よく会う他人?
いや、と思った。
いや、彼にそういう感情があるのだろうか。
"鬱陶しい"だとか"しつこい"だとか、普遍的な言葉を"俗っぽい"と感じさせる力がある。彼には不思議な魅力がある。
だから、きっと"どう思う"なんて考えは適切ではないのだろう。 思うも思わないも、彼はそこにいて、私はそばにいる。
彼を見ていると、反論されるなんてことが微塵も思いつかない。浮世離れした彼の暗い目が、彼の異常性を後押しする。
しばらく歩き続けて、人気のないベンチに辿り着くと、彼はそこにそっと腰を下ろした。
私は彼に気付かれないよう腕時計を確認してからその横に腰を下ろす。
二十二時
一際明るい街灯に照らされた彼の、長い睫毛に絡まる影が、仄暗い瞳をより暗がりへと導く。
今日はもう帰らない。 彼はきっと早朝までここにいて、人目を避けるように影を縫って廃れたアパートに帰るのだ。
でも
今日は私の気まぐれで帰ることになる。 ベンチを立って彼の手を引く。
引かれるがままに立ち上がる彼の、恐ろしいほど整った顔に一瞬見惚れた。
手を引きながらまた歩き続ける。 振り返ると、今度は確かに私と目が合っていた。
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