母は子供の私の目から見ても 出来た人だった
些末なことで泣いたりぐずったりした幼少期にも、忙しい日々で 苛立つこともあったろうに、母が私に声を荒らげたりすることは 一度もなかった
女手一つで子供を育てる大変さ くらい、私だってわかっていた。 それなのに、母は私を高校にまで行かせてくれた。中学三年生の時、卒業後の進路にする就職を希望した私に、母は 「高校に行きたいんでしょう。お金のことなんて気にしなくていいの」と笑いかけ、背中を押してくれた
底抜けに優しくて、それで、
自分を大切にしない人だった
鈴音
鈴音
死体安置所で冷たくなった母を見て、そんな的外れなことを思った
母の死因は単なる交通事故だった
道に飛び出した子供を庇って、代わりに自分が轢かれたのだと聞いた
鈴音
鈴音
これからどうするべきか、どうやって生きていくのか。何もわからないまま時間ばかりが過ぎて、あんなに苦労をさせて入れてもらった学校にも行けない日々が続いた
一人の部屋では上手く息ができなくて、宛もなく近所を散歩していた
プルルル……プルルルル
鈴音
知らない番号に警戒しつつも、 電話に出ることにした
鈴音
??
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鈴音
誰だって一度は聞いたことがあるだろう。日本どころか、世界に名を轟かす大企業だ
鈴音
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恐らく末端とはいえ、母が御影コーポレーションに籍を置いていたなんて話、知らなかった
鈴音
鈴音
『ありがとうございます』と言うのは正しいのかわからなかったが ひとまずそう述べた
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鈴音
鈴音
鈴音
鈴音
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??
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意味がわからなかった
私はまだ学生で、何のスキルも持っていない。会社で、それも御影コーポレーションなんて大企業の中でやっていけるわけもないし、会社側だって学生風情に仕事なんて任せるはずもない。信用問題だ
鈴音
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鈴音
その後、あれよあれよと話は進み 私は御影コーポレーションの末端として働くことになった
母はどうやら臨時のバイトとして 会社の上層部の役員の自宅にて清掃やら子守やら、つまり社員らの家事代行の仕事をしていたらしい
仕事ぶりを買われて正規雇用にならないかとも誘われたそうだが、彼女は断り、代わりに自分の身に何かあったら……と、茂部さんが述べたようなことを頼んだらしい
私には返すべき借金があった
酒ばかり飲んで、他所で女を作って蒸発した父親の借金だ。 母親が少しずつ返済していたけれど、それでもまだ五百万円ほどが残っている
このままでは借金の利子ばかりが膨らみ、安いアパートの家賃も払えなくなるのは時間の問題だった
時給にして1500円。そんな破格なバイト、断れるはずもなかった
鈴音
鈴音
鈴音
鈴音
今月末までに借金の一部、二十万円を返済しなければならない
……それだけのお金を作るには、 少なくとも今月は、学校に通えるだけの時間はなかった
鈴音
鈴音
何か口に入れる気にもなれず、その日はそのまま眠りについた
「あなたには、自分の力で幸せになれる子に育ってほしいの」 と、母が生前に零していた言葉を夢に見た
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