「真昼……。久しぶり」
変わり果てた彼女の姿に内心驚きながらも、上っ面では笑顔をつくって答える。
「隣、良いかな?」
「ああ、うん。もちろん」
真昼は僕の横に座り、手をたじたじと動かしている。
実に二年ぶりの再会。
それに最後が日向に茶化されたあの日だった事もあってか、お互い凄く気まずい。
二人きりの真夜中の公園に音は無く、ただ僕の中で蝉が鳴いているだけだ。
「ねえ暗夜。私、東高、受かったよ……」
「ああ、知ってる。凄いな」
約一年の努力の末、我が校きっての成績下位者玲瓏真昼は、県内トップ公立東高校に見事合格した。
この偉業は、すぐさま学校中に広まったため、僕が知らない訳がない。
あの時はあんなに身近に感じられていた真昼の姿が、今では星のようにまるで遠い。
「真昼。高校は楽しいか?」
僕は何気ない気持ちでそう言った。
だって努力した真昼が報われるのは当然の事だし、彼女の明るい性格ならばどこにだって行けると思ったからだ。
そこを僕が疑うことは無かった。
僕は彼女に信頼を超えた、淡い幻想を勝手に抱いていたのだ。
「高校は……楽しくない 」
彼女は静かにそう言い放った。
僕の中での何かがパリンと割れ、空間の静寂は冷気を纏った。
「何か、あったのか?」
僕がそう言うと、彼女はコクリと頷く。
僕が唾を飲み込むと、彼女は語り始めた。
「私はただ、変わりたかっただけだった。いつも暗夜に助けてもらってばかりだったから、自分でしっかりと立って歩けるようになりたかったんだ。県内トップの東高校に合格すれば、変われると思った。だから、頑張って私は受かったよ。でも……」
そこまで話したところで、真昼は鳴き出した。
俺は慌ててハンカチを取り出すも、彼女はそれを受け取らず自身の服で涙を拭った。
「でも、私みたいな目立つ子は、受け入れてもらえなかった。明るく振る舞っても、『でもお前、馬鹿じゃん』の一言で返されるの。学校の皆は、私の事嫌いみたい。だからね、自分を変えたの。何も話さずに大人しく勉強して、金髪は黒く染めて、ネイルはやめて、瞳の色を隠すために黒のカラコンをするの。そしたらさ、ふと鏡見た時に思ったんだよね。『あれ、これ誰だろう。私って誰だろう?』って……。ねえ、暗夜。私を見た時、正直『誰?』って思ったでしょ? ねえ、教えて。暗夜。ねえ。ねえ、ねえ。ねえ。私、は誰?」
僕は何も答えずに、ただ立ち上がった。
「な、なあ、真昼。お前ちょっと疲れてるんだよ。きっと。奢るからさ、何か飲みたい物言えよ……」
「コーヒー」
彼女は機械のようにすぐ答えた。
僕は自販機で二つ缶コーヒーを買って、それを真昼との間に置く。
「無糖もあるけど、どっちが良い?」
「無糖」
「おっけい……」
砂糖入りのコーヒーは滑らかな口当たりで、まるで口の中で何か溶けていくようだった。
真昼は渡された缶を開けることすらせずに、ただポツンと座っている。
魂の抜けた空っぽの彼女は、まるで人形のようだった。
僕が半分くらいコーヒーを飲み終え、ベンチに缶を置くと、彼女はようやく口を開いた。
「暗夜。お願いがあるの……」
真昼は、あの雨の日の彼女のように言った。
「首を絞めてほしい」
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