──海はすべてを呑み込む。
バルドの巨体が落ちる。
ドボォンッ!!
海面に叩きつけられた瞬間、血が泡となって弾ける。沈んだ鎧の隙間から、黒ずんだ赤が静かに流れ出す。
戦場の血の匂いは、海ではたちまち塩と混じり合い、やがて消えていく。
だが、沈みゆく死体は、ただ消えるのではない。
──海の中で、彼はまだ生きているかのようだった。
バルドの瞳は開いている。
見開かれた目は、どこを見つめているのか。
薄暗い水の中、揺れる影。
母の姿が見えた。
「……母さん……」
──しかし、それは葵が見せた幻なのか、それとも死の間際の走馬灯か。
彼の意識はもう定かではない。
沈む、沈む、沈む。
鎧の重みで加速し、深海へと落ちていく。
やがて、光が消えた。
もう何も見えない。
だが、彼はまだ沈む。
このまま、海の底に着くのか?
──否。
闇の中、ぬるりとした何かが動いた。
無数の触手がバルドの死体へと伸びる。
深海の主たちが、獲物の到来を察知した。
バルドの死は、まだ終わらない。