「せんせー、ミルクティー作ってきてー」
無意識のうちに口に出しはた、と気づく。
今、人に作らせようとした…?
最近、こういうことが多々あった。
どんどん貪欲に、我儘になっていく自分に薄ら寒い恐怖を覚える。
一体いつからだろう。
私は自分の記憶を呼び起こした。
「俺と、付き合って下さい…!」
いつものように2人で通話しているときだった。
急に話がある、と切り出した彼は私に告白をしてきた。
「ごめ、」
「待って待って!話だけでも聞いてってくれって!」
私はもともと付き合うつもりはなかった。
だって同じメンバーだし、もし別れたら気まずいことこの上ない。
それにいつもニキニキと誰々を抱いただの、女の子とデートしただのどう考えても幸せになれない自信しかない。
しかし、流石に話まで聞かないのは可哀想かと思い直し話に耳を傾ける。
「まちこの為ならなんでもする。初めてなんだよ、こういうの。ねぇ、初めてで俺振られるなんて可哀想じゃない?同じメンバーじゃん。…頼むよぉ」
何故こちらが加害者のような物言いをするのか。
最後の言葉なんて若干震えているのが分かって、そんな彼を拒否するなんて出来なかった。
「ならさ、これが守れるならいいよ」
・言ったことをやってくれること
・行きたい場所に連れて行ってくれること
なんて横暴なんだろう。
でも、これ実は本当に守ってもらいたい約束じゃないんだ。
目的はズバリ、早々に見切りをつけてもらうこと。
こんな我儘について行けない、と向こうから別れを切り出してもらうことが本来の目的だった。
「…これだけ守ればええんやな?」
しばらくの沈黙の後にせんせーが言った。
「分かった。じゃあ、よろしくな!」
なんで…、私の言葉は音にならず吐いた息に混ざって消えた。
「ねぇ、これ可愛くないっ?」
2人の買い物デートで私はその言葉を繰り返す。
「…買ってくるわ」
そう困ったように笑うせんせーは、頑なに「別れたい」とは言い出さなかった。
「洗い物やっといてよ」
「…」
私は徹底的にせんせーを使った。
デートの場所、高額(常識の範囲で)の請求から洗い物、掃除、料理、片付けなど家の用事まで。
そんな私に愛想を尽かす素振りも見せずに、今日もせんせーは鼻歌なんか歌いながら食器を洗う。
こんな生活を続けたせいか、いつの間にか私は高圧的な態度を取ってしまうようになっていた。
そしてそれは女研メンバーの前、配信上でも無意識のうちに口に出してしまうようになった。
「…お前さ、行き加減にしろよ」
配信中、ニキニキが耐えられないと言うように言った。
「流石に自己中すぎ。ボビーの気持ち考えろよ」
「ちょ、落ち着けって」
ちら、とチャット欄を見れば同じように
[最近あたり強すぎない??]
[しろせんせー可哀想…💦]
[そんな人とは思わなかった。担降りしようかな]
などというコメントが何個か目に入る。
「…うざ」
配信しているにも関わらず、どうにもむしゃくしゃしてそのままぶつり、と電源を落とす。
ふー、と息を吐けばなんとか正常な思考が戻って来る。
「いや最低かよ」
珈琲でも飲もうかと立ち上がったが、どこにあるかわからずにウロウロする。
prrrrrrrrr prrrrrrrrr
見れば女研のDiscordから着信があった。
謝らなければ、そう思いすぐに画面をタップする。
「せんせー、ごめ」
「お前しばらく休みでいいよ」
間髪入れずにニキニキの冷たい声がした。
ばくばくと激しく心臓が働いているはずなのに、指先が冷めたい。
「リスナーにも迷惑かけるとかなに考えてんの?」
「…ちょっと、我儘かも」
「しばらく頭冷やしたほうがいいよ」
ニキニキの言葉に、りぃちょとキャメが続く。
「っ…、ごめん。」
「ほらまちこ、泣くなって。俺は平気やから」
「最近疲れてるんじゃない?」
こんな私に優しい声を掛けてくれる18とせんせーに感謝しかない。
ちか、とスマホが光る。
見れば、18から[家おいで。ゆっくりお話しよ〜]と連絡が入っていた。
「…少しだけ、休むね」
なんとか話はまとまって、その日の通話は終わった。
「いらっしゃ〜い 」
18が笑顔で迎えてくれるだけで、私の心は暖かくなったような気がした。
「お茶でいい?」
そう言って丁寧に煎れてくれた緑茶を呑む。
「…何があったの?」
窺うような18に口を開いた。
「あのね…」
せんせーと付き合ったこと、無理矢理言うことをきかせていること、それでも文句を言われないこと、そのせいで精神状態がよくないということ。
「…話してくれて、ありがとね」
ふわ、と18の髪が私の顔にかかり、抱きしめられていることが分かった。
「辛かったね」
幼い子を慰めるように優しく髪を梳かれる。
「確かにまちこの選択は間違っていたかもしれない。でも、まちこをそんな状態にしたせんせーも問題があるよ」
「違う、せんせーは悪くないの」
ううん、と緩く首を振られる。
「無意識的にまちこを甘やかし過ぎた結果、って言うのかな。優しくすることが、必ずしも本人の為になるわけじゃないんだよ」
「じゅうは、」
ピンポーン
2人でびく、と肩を揺らす。
時計を見れば午前2時に差し掛かっている。
そんな非常識な時間にチャイムを鳴らすなんて、あり得ない。
「ちょっとだけ見てくるね」
18が立ち上がる。
「気をつけて」
しかし、5分経っても戻ってこない。
不安になった私は玄関へ向かうと、何やら言い合いのような揉めている声がする。
「だから勝手なことすんなや」
「今のまちこに近づかないで…!」
「せんせー、?」
「まちこ、出てきちゃだめ!!」
見れば、ラフな格好をしたしろせんせーの前に18が庇うように手を広げていた。
「っ、まちこ!心配してた…よかった」
そう言って心底安心したような声を出して笑いかけた。
「不安な気持ちのまませんせーと過ごしちゃだめだよ。一旦距離置いたほうがいいから、」
「じゅうはっちー、ありがとね」
私がそう言えば、裏切られたように目を見開いた。
「せんせーとちゃんと、話してみる」
差し出された手を繋いで、18の家を後にする。
「待ってまちこ…っ」
後ろで18の、悲鳴のような声が聞こえた気がした。
静かな車内の中で流れるクラシックな音楽。
無言で過ごすうちにいつの間にか眠ってしまい、目が覚めれば私の家のソファだった。
「おはよぉ」
にこ、と笑いかけるせんせーがリビングでコーヒーを淹れている。
「あ、私…マグカップの用意するね」
何から何までさせて本当に申し訳ない。
せめて、と思い戸棚を開ける。
あれ、私、
「どこに入れてたんだっけ…」
食器や箸、コップがどう入っているかが、せんせーに任しっぱなしだったせいで分からない。
いつの間にかテーブルの位置も少し変わっている気がする。
爪切りは?洗剤は?掃除機ってどこだっけ。
「ええから。座ってて」
私をソファに座らせたせんせーが柔らかく言った。
「言ったろ?まちこのためなら何でもするって」
しろせんせーSide→
コメント
1件
ちょっと怖くてゾクゾクするけど、楽しみ…