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「マネージャー会議に、なんで君までついて来たんですか」
林は能天気に微笑んでいる新谷を睨んだ。
「あ、俺は別件で。引き渡したお客様にトラブルがあったので、様子を見に来たんです」
「それで?」
「今、猪尾さんに連れてってもらって。はは。大丈夫でした。何で来たの?とか笑われたくらいです」
「………」
まだ睨んでいる林を、新谷は首を傾げて見つめた。
「マネージャー会議、終わりまし……た?」
林の後ろに見える展示場を眺めるように新谷が言った。
「篠崎さん、夜に打ち合わせが入ってるって言ってたから、早く帰らないと…」
林の脇を抜けて歩き出そうとする。
(……今、篠崎は紫雨さんと話しているのに)
「新谷君さぁ」
林は新谷を振り返った。
「篠崎マネージャーと、付き合ってるんですか?」
途端に新谷の顔が真っ赤に染まる。
「そ、それ、だ、誰から?」
その反応が林を苛立たせた。。
冬から春にかけて、時庭でも天賀谷でもあんなに仲睦まじく過ごしていたのに、あれで隠していたつもりなのか。
(隠すなら隠せよ本気で。紫雨さんが気づかないくらいに……!)
林はますます新谷を睨み上げた。
「二人を見てると、イライラするんですよ。節操がなくて。あんまり見せつけるのやめてもらっていいですか?紫雨さんもうんざりしてるので」
言うと新谷は少し意外そうに目を開いた。
「紫雨さんが?」
そしてふっと笑った。
「相変わらず天邪鬼だな。俺たちを結び付けてくれたのは紫雨さんなのに」
「………は?」
「紫雨さんの協力がなかったら、俺はまだ篠崎さんに片思いし続けていたと思います」
「………」
林は嘘はついていない様子の新谷を見下ろした。
(結び付けた?紫雨さんが?二人を……?)
「俺は、紫雨さんに背中を押してもらったので」
新谷が微笑む。
(それがもし、本当なら―――)
林はぐっと顎を引くと、思い出すように少し俯いて微笑んでいる新谷を改めて睨んだ。
(あの人に、なんて辛い思いをさせたんだ。お前は……っ!)
林はその平和な顔に向かって言った。
「でも驚きだな。篠崎さんってストレートでしょ?」
言うと新谷は顔を上げ、林を見つめた。
「ええ!ドストレートです!」
その言い方までいちいち癇に障る。
「君は特別ってことですか?」
「いや、そんな大それたもんじゃないと思うんですけど」
また艶の良い頬を染めながら新谷が頭を掻く。
「でも、それってある意味辛くないですか?」
「辛い?」
「だって、君、篠崎さんの人生を潰しているわけでしょう」
「………」
新谷が小さく口を開けて黙る。
「本当だったら、女性と結婚して、子供を産んで、その成長を楽しんで。その子供が大きくなって孫を抱いて。そんな幸せを君が潰してるんですよ。毎日、毎時間、毎秒と」
「………」
開かれていた彼の唇が閉じる。
「好きな人が得るはずだった幸せを、自分が潰しているってどんな気分ですか?日々そんな罪悪感と向き合っていくのは、さぞしんどいんでしょうね」
林は新谷を刺し抉る言葉を選びながら話した。
新谷と篠崎が別れる可能性が少しでも上がるように。
僅かでも紫雨が入り込む隙間が広がるように。
しかし……。
「……でも俺、篠崎さんのこと、好きです」
新谷は林を正面から見据えてそう言った。
「だからね新谷君。その自分勝手な感情が篠崎さんを……」
林が言い返そうとしたが、新谷はそれを大声で遮った。
「この気持ちが誰かに負けない限り、俺は篠崎さんと、一緒にいていいと思っています!」
新谷は心なしか胸を張り、林から目を逸らさずに言った。
「俺以上に、あの人を幸せにできる人なんていない。今はその自信があります!」
「………」
「篠崎さんのことが好きだという気持ちは、世界中の誰にも負けない!」
林は拳を握り俯いた。
―――好きだという気持ちは、世界中の誰にも負けない……。
―――好きだという気持ちは、世界中の誰にも負けない……。
好きだという気持ちは、
世界中の誰にも、
負けない……。
「そんなの……」
拳がワナワナと震える。
「……林さん?」
林は顔を上げた。
「そんなの、俺だってそうですけど!?」
「あ、林さん……?」
顔を真っ赤にして、新谷を突き飛ばしながら、展示場に走っていく林を見送り、新谷はフッと息を吐きながら微笑んだ。
こんなに、簡単なことだった。
こんなに、単純なことだった。
俺は、紫雨さんが好きだ。
紫雨さんのことを、誰よりも、好きだ。
この気持ちが誰にも負けない限り、
俺は誰かに紫雨さんを譲らなくていいんだ。
もっと正面から、
もっと素直に、
もっと正直に、
あの人にぶつかっていかなきゃいけなかったんだ。
その結果笑われても、からかわれても、バカにされても、
彼の心に届くまで、何度も、何度でも、
叫べばよかった……!!
林は事務所のドアを開けた。
靴を脱ぎ捨てると、スリッパも履かずに、展示場へのドアを開けた。
確か二人は和室で話をすると言っていた。
篠崎は「すぐ終わる」と言っていた。もう終わっているだろう。
篠崎はいてもいなくても、どうでもいい。
とにかく自分のまっすぐな気持ちを紫雨に伝えるんだ。
今までずっとちゃんと言ってこなかった。
冗談めかして、
出まかせのように、
口先だけで。
真剣に伝えないことで、逃げていた。
真剣に伝えて、フラれてしまうことから。
フラれてもいい。
何度も、何度でも、伝えていいんだ。
紫雨に林の気持ちが伝わるまで。
『そんなに言うなら、俺を落としてみたら?無理だろうけど!』
そう言って、紫雨が笑ってくれるまで。
展示場の一番奥にある、和室の襖を開けた。
――――――――。
その光景を見て、林は、全ての思考と動きを止めた。
八畳の和室。
中央に紫雨が寝転がっていた。
そこに篠崎が覆いかぶさるように跨っている。
紫雨の手が、しがみつくように篠崎の肩と背中に回っていて、
篠崎の大きな手が、紫雨の小さな頭を包んでいる。
広縁から入る日の光の中で――――。
二人は激しく唇を合わせていた。
林はその姿を、その映像を、言語化できずにいた。
篠崎さんが、紫雨さんにキスをしている―――?
いや、逆か?
でも―――。
篠崎の背中に回る紫雨の白い手が、
紫雨の頭を支える篠崎の大きな手が、
全ては“同意の上”だと伝えている。
気配に気づいたのか、篠崎が振り返った。
「……林!」
その声を聞いた途端、電気が走るように、林の身体は動きを取り戻した。
右足を突っ張るように振り返ると、もときた廊下を走り出した。
「林!!」
後ろから篠崎の声が追いかけてくる。
しかし林は止まらずに逃げ続けた。
(なんで?なんで篠崎さんと、紫雨さんが……)
考えてもわからない。
事務所のドアを開ける。
(あの2人、ただの同期だろ?紫雨さんの片思いなんじゃなかったのか?)
考えても、わからない。
靴を履き、ドアを開ける。
(それとも2人の間にも何かあったのか?でも、それにしても、だって………)
「林さん?」
目の前には、少し呆れた様子の新谷が立っていた。
「今度はどうしました……?」
林は目を細めて新谷を見つめた。
(………篠崎さん。あんた、こいつと付き合ってんじゃないのかよ……)