やっと、やっとだ。紗奈先輩を俺のものにできたのだ。
「紗奈…。もう離しませんよ。」
学校からの帰り道、翔はスマホで隠し撮りした紗奈の写真を見ていた。それは部活中の紗奈を写したもので、髪をふわっと宙に浮かばせ、汗をかきながら笑っている。特にお気に入りの写真だ。
遂に、愛している紗奈に触れることが出来たのだ。それに、紗奈は付き合うことも承諾してくれ た。
「あ〜、可愛い…。これからずっと俺のものなんだ…。」
画面に自分の額を押し付けながら、小さく呟いた。 ずっとずっと好きだった。入学式の時からずっと。
第1希望の受験に合格した。これといって行きたいという高校では無かったが、中学の担任から推し進められた為、何となく受けてみた、という感じである。入学式に行くと、やはり中高一貫校であるため、周りには誰も知り合いがいなかった。正直周りのことはどうでも良かったが、友達が待っているというシチュエーションが羨ましかった。
中学とは比べられないくらい広々とした体育館に集まり、説明を受けていた。興味も何もそそられなかった。ただその時は、早く時間が経つことだけを望んでいた。
(気持ち悪い…。入学式の時から体調が悪くなるなんて…。)
新入生を永遠と立たせ、話を聞くだけの場。それが不愉快であった。フラフラと体勢を崩さないよう足で踏ん張っていると、軽く前屈みになった在校生が静かに翔の元へ走ってきた。
素早く駆け寄った在校生は、翔の背中に手を添えながら言った。
「大丈夫…?体調悪い?」
翔は動揺しながらも、こくりと頷いた。ゆっくりと喋る女子生徒の声は心地よい。
「そう…。じゃあ歩けるかな?無理そうだったら首を横に振ってね。」
またこくりと頷く。気持ち悪くて、話しかけてくる在校生の顔すら見れない。ただ、揺れる長い髪だけが視界に映り込んでいた。
「ありがとう。ゆっくり歩くから、体調が悪化したら何かしら合図してね。」
肩に手をまわされ、一緒に保健室まで歩いていった。
「あの、ありがとう…ございました。」
つっかえながらお礼を言うと、在校生は振り向いた。その時、初めて顔を見れた。
一目惚れ。そう直感した。どこかで聞いたことがある言葉が頭に浮かんだ。一目惚れは本能からなるため、上手く行きやすいと。
肩下まで伸びた黒髪はゆらりと揺れ、長いまつ毛がかかった瞳は、吸い込まれるほど綺麗だった。少し猫っぽい顔立ちと、小さな鼻を見た時、誰でも思うであろう「可愛らしい」が浮かんだ。
お礼を聞いた彼女は、細い唇を動かしてはにかんだ。
「お礼を言われるほどじゃないよ。まずは、体調を大事にね。」
その言葉に、人に対する気遣いが最大限に含まれていた。翔に気を使わせまいと言ったのだろう。
この瞬間の心の火照りは何日も続いた。名前すら聞くことが出来なかった。けれど、それを口実にと自分に言い聞かせ、彼女のことを探ろうとする時間は嫌いではなかった。
(名前はまた、いつかに。次に会えたら色々聞いてみよう。)
翔はもうこの頃から既に、彼女の事を知っていたのだ。
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