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須藤が俺を睨みつける。
目が充血していて、そこに学校一人気者な“須藤北斗”の姿は一ミリもなかった。
「毎回毎回、俺の邪魔ァしやがって……」
須藤が一歩ずつ近づいてくる。
間違いなく危険な状態だ。
「三人とも、俺の後ろに」
「う、うん!」
これも念のためだ。
正直今の須藤が何をするのか全く読めないからな。
「調子乗ってんじゃねぇぞ……アァ?」
「調子なんか乗ってない。それに、元はと言えば須藤から仕掛けてきた勝負だろ?」
「口答えしてんじゃねェ!!!!」
背後で、花野井と葉月の体がビクッと震えたのがわかる。
二人が俺のワイシャツの袖をぎゅっと握った。
ダメだ。
今の須藤に言葉は通じないのかもしれない。
それでも、言葉以外に俺が取れる手段はない。
「俺から雫を取って、彩花も取って。しまいには葉月も奪いやがって……!!! 何様のつもりだテメェはァ! 今度は俺の地位まで……ふざけんじゃねェ!!」
「そんなつもりはない。俺はただ目の前のことに取り組んでるだけだ」
「うるせェ黙れ!!!!」
須藤が息を荒げる。
そして俺の正面に立ち、顔を近づけてより力強く睨んできた。
そこに爽やかさなど微塵も感じられない。
これが須藤の“裏の顔”。
もはや俺にとって、今の須藤が表だが。
「クソ野郎がァ……」
須藤が右腕をゆっくりと上げる。
俺の後ろにいる花野井と葉月がより強く俺の服の袖を掴んだ。
一ノ瀬も危険を察知して、俺の腕をぎゅっと掴む。
さぁ、どう出る。
須藤の一挙一動に警戒していた――そのとき。
「あぁー疲れたぁー」
「早く帰ろー」
「ってかあれ、須藤くんじゃない?」
「あ、ほんとだ!」
「九条くんもいるじゃん!」
「ヤバー! 何話してんだろー!」
「ッ!!!!」
須藤が昇降口の方を振り返る。
帰ろうと靴を履いて出てきた生徒たちが俺たちの方を見ていた。
このまま続けるなら、須藤は今まで守ってきたものをすべて失うことになる。
普通ならそんなことはしないが、今の須藤の精神状態ならやりかねない。
どう来てもいいように警戒を続ける。
「クッ……!!!」
須藤の荒い息が口から漏れる。
そしてもう一度俺の方を睨みつけてきた。
「チッ! ……覚えてろよォ」
そう言い残して須藤が俺の横を通っていく。
そしてそのまま校門を出ていった。
「こ、怖かったぁ……」
「すごかったね、北斗くん」
「相変わらず気持ち悪い人ね」
「あはは……」
ひとまず、騒ぎになるようなことが起こらなくてよかった。
だが、それにしたってさっきの須藤は様子があまりにおかしかった。
最近裏の顔が出つつあるのを考えると、これからの須藤にはより警戒が必要なのかもしれない。
きっと須藤は、これまで誰かに負けたことがほとんどないんだろう。
そんなプライドの塊みたいな奴が屈辱感に耐え切れなくなった時、何をしでかすかわからない。
それも前科のある須藤ならなおさらだ。
「このまま何もなければいいけど」
そうはならないんだろうなと、俺はこの日漠然と思った。
何も根拠はないけど、予感だけがあった。
もう後戻りはできない。
俺と須藤は、行くところまできっと……。
♦ ♦ ♦
※瀬那宮子視点
慌てて日直の仕事を終わらせ、帰ってしまった北斗を追う。
ほんとあたし、何してんだろう。
でもモヤモヤしたままは嫌だし。
それに私は北斗が好きだった。
今はよくわからないけど……でも確かに好きだった。
初めはなんとなくカッコいいなって思って、話し始めて。
みんなに好かれて、キラキラ輝く北斗を見てたら、この人かもって思って……。
って、やっぱあたし浅いな。
こんなんで人を好きになるなんておかしいよね。
でもわかんないし、そんなの。
だって……。
と、とにかく!
今は北斗と話す!
そんで自分の気持ち確かめる!
「あ、北斗!」
ようやく北斗に追いつき、声をかける。
北斗はゆっくり振り向いた。
「……なに」
「ほく、と……?」
北斗の顔を見て驚く。
綺麗に整っていた顔はげんなりしていて、生気を感じられなかった。
人当たりの良さとか、好青年感とか全くない。
何より、私の知ってる北斗じゃない……。
「え、えっと! 体調大丈夫? 保健室行ったんだけど会えなくてさ! 気になって……」
「……ごめん。今人と話す気分じゃないんだ」
「そ、そっか」
北斗が再び歩き始める。
行っちゃう。北斗が行っちゃう。
もっと話したい。
それで北斗のことも、私のことも知りたいのに。
そんな私の気持ちとは裏腹に、北斗が遠ざかっていく。
待って、待って……。
「待って!」
私の言葉に、北斗が立ち止まる。
勢いで引き留めちゃったけど、何話すか決めてなかった。
えっと、とりあえず……。
言葉を口にしようとした――その時。
「気分じゃないって言ってんだろッ!!!」
「…………え?」
北斗が私を冷たく一瞥し、そのまま立ち去っていく。
私はそんな北斗の背中をじっと見ていることしかできなかった。
体の熱がサーっと引いていく。
なに、それ。
「……そんなのないでしょ」
そう呟いて、私も帰路に就く。
私の胸の中にあったモヤモヤは、さらにその色を濃くしていたのだった。
♦ ♦ ♦
全校集会から数日が経ち。
気温が上がってすっかり夏らしくなり、ジメジメとした天気が続いていた。
ふと、前の方にある“空席”が目に入る。
それは学校一人気者だった生徒の席。
そしてここ数日、ずっと“来ていない”生徒の席。
あれから、須藤は学校に来なくなった。