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『絲術シジュツ』によって出せる魔力の糸の数は、使える魔法の数に直結する。
俺が初めて糸を出した日に、レンジさんからそう教わった。
つまり、1つの『導糸シルベイト』しか出せない人は1つの魔法しか使えないということだし、たくさん糸を出せるということは、それだけ同時に魔法が使えるということだ。
ということはだ。
当たり前に考えて、1本しか出せない祓魔師よりも2本出せる祓魔師の方が強い。
そして、2本より3本出せる方が強いのだ。
俺はその話を聞いてから、『絲術シジュツ』の限界に挑戦し続けた。
最初は右手と左手で1本ずつ、合計2本しか出せなかった『導糸シルベイト』も1ヶ月経つ頃には倍の4本に、さらに練習して8本に。そこから両手の指の10本と僅かに刻んで、24本……と段々と使える『導糸シルベイト』は増えていった。
しかし、どれだけ増やせば良いのか基準が分からなかったので父親に聞いたところ、どうやら大人の祓魔師は平均して3〜4本の『導糸シルベイト』が使えるのが一般的らしい。
俺はそれをわずか2ヶ月で超えたということで、父親がめちゃくちゃ褒めてくれた。
何歳になっても褒めてもらえるのは良いことだ。
大人になれば、当たり前のことでも褒めてもらえないのだから。
さて、俺は来たるべく祓魔師生活に向けて日々の修行を続けること2年。
俺は、5歳になっていた。
「イツキ。今日より、体術と剣術の練習を始める」
「体術? 体操のこと?」
庭先で向かい合うのは、父親。
青空が眩まぶしくて、思わず目を細めてしまう。
彼は相変わらずの偉丈夫いじょうふで、顔の傷はこの2年でわずかに増えた。
最初は俺の護衛として仕事を休みがちだった父親も、次第に俺が襲われないことが分かるとだんだんと祓魔師としての仕事に再帰していた。
顔の傷は、その時についたものだ。
「違う。体術というのは、“魔”と戦う時の技術だ。とは言っても、普通は“魔”を相手にしたときに素手で戦うなんてことはしないぞ。刀を使って戦うのだ」
「かたな」
刀って、あの刀だよな?
あれ? こっちの日本って銃刀法違反とかないの……?
「そうだ。見たことはある?」
「う、うん」
俺はうなずいた。
いや、そりゃ見たことはあるよ?
漫画とか映画でな!
そんな俺の反応を見た父親は、右においていた長物を手に取る。
そして、覆おおっていた布を払った。
そこから出てきたのは、黒塗りの鞘さや。
漫画越しでした見たことのない俺でも分かる。
本物の日本刀だ。
「うむ。それなら話が早い。これが、刀だ」
「……わっ、長い」
「わはは。イツキはまだ小さいからな。刀も長く感じるだろう」
本物の刀を手にして、父親は笑う。
「パパたち祓魔師は魔法と刀で、“魔”を祓う。だから、刀は使えないとダメなのだ」
「ねぇ、パパ。しつもん!」
「なんだ? 何でもパパに聞け」
「魔法だけ練習するのじゃダメなの?」
俺がそう聞いたのは、他でもない。
前世の俺が運動オンチだったからだ。
何しろ俺は生粋のインドア派。
生まれながらの陰キャと言っても良い。
前世で入った部活はパソコン部と帰宅部だけ。
いや、帰宅部は部活じゃないか。
とにかく、俺は運動なんてものと無縁だったのだ。
つまるところ、俺は絶望的にスポーツが下手なのである。
そんな俺が刀を練習してもまともな形にならないことは火を見るよりも明らか。
それなら魔法の練習をした方が、遥かに効率が良いと思うのだが……。
「それはダメだ。イツキ」
「え、なんで?」
「“魔”の中には、とても素早いヤツらがいる。そういう化け物たちが、刀の使えないお前の間合いに入ってきたら……どうする?」
「魔法で壁を作る」
「いや、壁を作るよりも先に殺される。パパの仲間も刀の練習をちゃんとしてないやつから死んでいった」
「……う」
歴戦の祓魔師である父親にそう言われてしまえば、俺は何も言えない。
仕方がなく、目の前に置かれた日本刀を手にとったのだが5歳児の身体だと重たくて持ち上げるので精一杯だった。
とてもじゃないが、これを振り回せるなんて思わない。
「重いよ、パパ」
「うむ。真剣とは重いものだ。故に最初は木刀でやる。イツキの分も準備してあるぞ」
「ほんと?」
魔法と違って、剣術はあまり乗り気になれない。
だが、おろそかにしたら死ぬと言われてしまえば手を出さざるを得ない。
俺は死にたくないのだ。
父親から子供用の木刀を受け取ると、俺の後ろに父親が立った。
「持ち方、誰かに習ったのか?」
「え? ううん。誰にも習ってないよ?」
「そ、そうか。いや、正しい持ち方をしていたからな」
あぁ、前世で剣道の授業受けたことあるから……。
「よし。まずは最初、簡単な型から教える」
「はい」
「剣術の種類も色々あるのだが、パパがイツキに教えるのは『夜刀やと流』だ」
やと……ヤト?
どういう文字を書くんだろう?
初めて聞く言葉に俺が首を傾げたが、父親はそんな俺に気がつくこと無く続けた。
「『夜刀やと流』は、手数で圧倒する攻撃的な剣術だ。今日はその基本となる歩法を教える」
父親は木刀を手にして俺から離れると構えて、足を踏み出した。
その右足には『導糸シルベイト』が巻き付いており、
次の瞬間、父親がそのまま踏み込んで刀を振るった。
ドウッ!!!! と空気が破裂した。
何もない虚空が弾けたのが俺には見えた。
わずかに遅れて発生した衝撃波によって、びりびりと頬が震える。
父親が振り下ろした地面には、木刀が触れてもないのに真っ直ぐに斬り傷が入っていた。その深さは、およそ5cm弱。
……な、なんだ今の!?
俺が意味の分からぬ剣術に圧倒されていると、我が父上はとても落ち着いた顔で俺を振り向いた。
「これが、踏み込みだ」
……うせやん。
俺は前世の時と全く違う剣術を前にして、思わず心の中でそう漏らした。
なーにが剣術だよ!
ほとんど魔法じゃねぇか!!
いや、そりゃ確かにこんなとんでもない剣術を使わないとモンスターを殺せないならサボったやつが死ぬのも当然だ。
「イツキもやってみよ。コツは足に『導糸シルベイト』を巻きつけて強化することだ」
「パパ、しつもん!」
「うむ。なんでも聞け」
「それ、魔法じゃないの?」
さっき踏み込んだ時、父親の身体は間違いなく『身体強化』されていた。
ということは、ただの剣術じゃない。魔法前提の剣術ということだ。
だから俺はそう聞いたのだが、父親は『何を言っているんだ』と言わんばかりの顔を浮かべて、答えた。
「刀を振っているんだから、剣術だろう」
「……む」
なるほど、そういう理屈になるのか。
いや、そういう理屈になるか??
「イツキ。普通の祓魔師は剣術を鍛えるか、もしくは魔法だけを鍛える。そうして、前衛と後衛の2人組で行動するのが基本なのだ」
「ほぇ……」
それなら、俺が後衛になれば魔法だけ練習すれば良いんじゃ……?
と、思ったがすぐに父親が続けた。
「けれど、2人組の片方が死んだことで、何もできずに死んで行った仲間がたくさんいた。だから、パパは剣術も魔法もイツキに教える。イツキが死なないようにだ!」
「う、うん! 大丈夫だよ、パパ。僕、死なないよ!」
剣術、サボれんわ……。
「わはは! 良い返事だ。これなら、『七五三』も安心して出れるな」
「『七五三』? またあるの?」
「あぁ、そりゃああるぞ。何しろイツキが5歳になったんだからな」
そういえばあれって、3歳5歳7歳でやるから『七五三』か。
「おぅ、タイミング的に次は全体会合か」
「全体会合?」
「祓魔師の中でも偉い10の家が集まる話し合いがこれからあるのだ。他の当主たちへの初顔合わせだな。イツキを見たら驚くこと間違いないぞ! うん!!」
父親に押されてしまうことで、ちょっと恥ずかしい思いをしつつ俺は剣を振るうことにした。