春の青空に数羽の鴉が高い場所で鳴き声をあげながら飛び回っている。『無一郎くん?無一郎くーん』
私は屋敷の長い廊下を着物の裾を引きずりながら走りまわっていた。
時々、裾を踏み転びそうになりながらも何とかとある一室の襖を勢いよく開ける。
『あ、みつけた』
毛先が綺麗な水色に染まっている黒髪に色白の肌の少年が窓辺にちょこんと座っている。
「なに?うるさいんだけど。屋敷の中は歩けって何回言えば分かってくれるの?」
自室で本を読んでいた少年─時透無一郎の浅葱色の瞳が鬱陶しそうに細められる。
害虫でも見るような目で、睨みに近い視線を向けられていることには気づかないふりを決め込み、私は彼の真正面に腰を下ろす。
『大事な話があります』
一度深呼吸をし、その先の言葉を紡ぐ。
『最終選別に行きたいです』
その瞬間。一瞬、空気が揺らぐのが分かった。
『私…私も無一郎くんたちみたいに人を鬼から助けたい』
『剣士になりたいです。』
周囲の鳥の声や木々の重なり合う音が急にはっきりと耳に入ってきて、そのまま少しの間沈黙の時間が流れる。
「無理」
数秒後、毒のある鋭い声が沈黙の満る部屋に響いた。
それまで本に落とされていた無一郎くんの視界が私に移る。
酷く冷たい瞳だった。
『…ぇ』
予想外の返答に発するべき言葉が浮かばず口をぱくぱくと動かすことしか出来ない。
どうして、という問いが喉に詰まる。冷汗が背や額につたる感触が気持ち悪い。
『なんで、剣術…教えてくれたじゃないですか…。』
口を開いてから数秒間があき、やっと出たと思った声は随分と弱弱しかった。
そうだ、剣術。教えてくれた。無一郎くんなら頷いてくれるって思っていた。
「それは君が鼻水つけてこようとしたからでしょ。それにあれは自分の身を守る手段として教えてあげるだけだからって最初に言ったはずだけど。」
『にしてはすっごいマジな鍛錬用意してましたよね。』
動揺しながらも言葉を発する私をよそに無一郎くんはセリフを読むような淡々とした口調できっぱりと吐き捨てた。
「…この話はこれでおしまい。剣士になるなんて二度と言わないで。」
パタンと荒々しく開いていた本を閉じ、そのままどこかへ行こうと私の真横を通り去っていく無一郎くんの服の袖を反射的につかむ。
『いや待ってよ、私まだ納得してな…』
言葉を紡ごうとした手を毛虫でも払いのける時のような荒い手つきで払い飛ばされ、睨みの視線を向けられる。
「自分の年齢分かって言っているの?12だよ。それに女」
『…無一郎くんだって12の時に最終選別行ったじゃないですか。』
「みんながみんな、全員に才能があるわけじゃないよ」
『なにその私に才能が無いみたいな言い方』
「…無いでしょ、あぁ野生で育ったから頭が足りてないんだっけ。ごめんね難しい事言って」
『今すぐの昆布みてぇな髪もぎ取って味噌汁にしたい』
そのまましばらくしょうもない言い合いは続いたが、無一郎くんが私の顔面に勢いよく持っていた本を投げつけたことによって悪口合戦は幕を閉じた。
「つぎ剣士になりたいとかほざいてみなよ。鼻に紙飛行機詰め込むから」
『独特な脅し方ですね』
未だかつて聞いたことのない脅し文句と鬼を連想させるような睨みを披露され、私の鬼殺隊の道はこれで終わった───
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