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「うぅ……ふざけんなよぉ! 聞いてねぇよぉ!!!」
取り押さえられたひったくり犯が未練がましく呟く。
「ほら、ついてきな!」
「俺はよぉ! 足には自信があったのによぉ……元全国選手だぜ⁉ なのによぉ! 高校生に負けるなんてよぉ!!!」
元全国選手だったのか。
確かに速いなとは思ったけど。
「くそぉおおおおおおおおおッ!!!!」
泣きべそをかきながらひったくり犯がパトカーに乗せられていく。
直近でこんなに警察とかかわるとは驚きだ。
「あの、ありがとうございました! この中に息子からもらった大切なものが入ってて……! ほんっとうに助かりました!!!」
「いえいえ。よかったです」
「陸上やってるんですよね? 頑張ってください!」
女性が上機嫌に手を振り、立ち去っていく。
「いつから陸上やっていたの?」
「やってないよ」
「嘘。だって元全国選手とあんなに差があったのに、あっという間に追いついちゃったのよ?」
「きっとブランクがあったんだろ」
「…………」
一ノ瀬が探るように俺を見つめてくる。
「九条くん。私を助けてくれたときも思ったんだけど……あなたって何者?」
「何者って、ただの高校生だよ」
「ただの高校生が大人数を相手に一人で圧倒して、元全国選手のひったくり犯に追いつけるかしら?」
「できるんじゃないかな。わからないけど」
わからないが俺の本音だ。
何ができて何ができないとか、自分が他の人に比べてどうなのかと考えたことがない。
そもそもそういう友達はこれまでいなかったし。
「単純に足が速すぎるのは……まぁ納得できるわ。でも、あの格闘に関しては明らかに何かかじっているでしょう? 素人の動きじゃないわ」
やはり一ノ瀬はどこか鋭い。
須藤の裏の顔だって見抜いていたし。
「父さんが教えてくれたんだ。弱いと好きな女を守れないからとか、男なら強くあるべきだとか言われて」
「ふふっ、素敵な話ね」
「父さんの遊びに付き合わされただけだよ」
俺が言うと、一ノ瀬が笑みをこぼして俺の腕に抱き着いてくる。
「うおっ!」
ふわんっ、と柔らかな胸の感触が腕に押し付けられる。
「ま、九条くんなら私のこと必ず守ってくれるわよね? あの時みたいに、これからもずっと」
「これからもずっとって……」
「ふふっ、ずっとね♡」
「あはは……」
一ノ瀬の中で話は勝手にどこまで進んでいるのだろう。
気になるが知ってはいけないような気がして、笑うだけに留めておくのだった。
♦ ♦ ♦
数日後。
この日は一日テスト返しで、校内の順位や偏差値が書かれた成績表も渡された。
「え、すごっ! 須藤くん二位じゃん!!!」
花野井の声が教室に響き渡る。
「あははっ、今回は運がよかっただけだよ」
「それでもすごいよ!」
「やっぱ北斗はなんでもできるね」
「宮子、俺を持ち上げすぎだよ」
「あたしの嘘偽りない評価だよ? 北斗はカッコいいし運動もできるし、その上性格もいいし……ね?」
瀬那が誘惑するように須藤に顔を近づける。
セクシーな雰囲気漂う瀬那の色気に、須藤は思わず顔を赤らめた。
「ちょっとちょっと~っ! 宮子ちゃん顔近すぎ!!!」
「えぇ~いいじゃんこれくらい」
「ここ教室だから! そ、そのまま近づいたらその……ちゅ、チューしちゃうし!」
「チューくらいいいじゃん? ね?」
「だーめっ! 風紀だから!!!」
風紀だからって。
「そういえば彩花も順位よかったんでしょ?」
「あ、うん! 今回実は……何と六位にアップしたんだ!」
「すごっ! やっぱ彩花頭いいわ~。あたしなんて全然」
「今回は頑張ったからね!」
花野井が得意げに胸を張る。
するとただでさえ大きな胸が、より強調され……。
「大きいな、花野井の胸」
「やっぱり最高だな」
「触りてぇなぁ……」
やっぱり男は単純だ。
「私も全然ダメだった~。でも赤点は三つに済んだ! よかった~」
「赤点だったんだ⁉」
「あははっ、でも前回より成長したね、弥生」
「北斗くんが教えてくれたおかげだよ~! えへへ~、ありがとうね~」
柔らかい笑みを浮かべる葉月。
「「「っ!!!」」」
「やっぱり葉月さんもいいなぁ」
「あの無防備な感じがなんとも言えん!」
「胸も大きいし!」
「いや、でも俺はやっぱり瀬那さん派だわ」
「わかる! なじられたいよなぁ……」
男は単純というより、馬鹿なのかもしれない。
こうして、いつもの須藤ハーレムが集結する。
やはり全員揃うと圧倒的強者感があった。
「でも、須藤くんよりも上の人がいるなんて誰なんだろうね」
「噂だと入学以来ずっと一位の人がいるんでしょ?」
「あぁ~! 入学式の日に新入生代表欠席してた首席の人か~!」
「もし会えたら勉強を教えてほしいよ。ま、都市伝説みたいになってるけどね」
都市伝説、か。
確かにそうなるのも無理はないか。
「九条! 答案用紙持って、ちょっと来てくれ!」
先生に呼び出され、立ち上がる。
そして花野井の横を通る時、思わず机に体が当たり答案用紙を落としてしまった。
「ッ!!!」
すぐに答案用紙を拾い上げ、顔を上げる。
すると花野井が俺の方をじっと見ていた。
「今の……」
言いかけたところで、逃げるように先生の方に向かう。
危なかった。ガッツリ見られていたら言い逃れできなかった。
“満点の答案用紙”なんて、そうそうあるものじゃないし。
「…………」
♦ ♦ ♦
※花野井彩花視点
私は今、驚いていた。
というのも、さっきちらっと見えた九条くんの答案用紙。
点数の欄に、『100点』と書かれていた気がしたのだ。
おそらくあれは数学の答案用紙。
でも数学の平均点は今回過去一低く、40点を切るという大惨事だった。
確か80点以上がほとんどいないと先生は言っていたし、それが100点なんて、そんなの……。
でも、もし九条くんがあの幻の“首席”だとしたらどうだろう。
ずっと学年一位を取り続けているのだとしたら、もしかしたら……。
思えば、私は九条くんのことについて何も知らない。
委員長としてクラス全員のことは知っておこうと心がけて、全員と仲良くなれたと思っていたのに。
九条くんって、いったいどんな人なんだろう。
最近はあの一ノ瀬さんとも仲がいいみたいだし、ますます怪しい。
何か心に引っかかるような、九条くんのことを考えてしまうような……。
「彩花、どうした?」
「あ、ごめん。勉強会の話だっけ」
「そうそう。今度俺の家でやるのはどうかなって」
「う、うん! いいねそれ!」
須藤くんに声をかけられてハッとする。
会話中に考え事をするなんてダメだ。しっかりしないと。
「…………チッ」
♦ ♦ ♦
「ねぇ、やっぱあいつ調子乗ってない?」
「須藤くんに気に入られてるからってイキりすぎだよねwww」
「そろそろ一発かました方がよくない?」
「だね。身の程わからせてやらないと……ふふふっ」