平日の夜の繁華街は、帰宅を急ぐ人たちで溢れている。
そんな中、行き場の無い私はどこのホテルに泊まろうかを考えながら歩いて行く。
私の職業は食品会社の事務職。
タイミングが良いのか何なのか、明日からちょうど連休を取っていて、今後の事を考える時間として使えるのが幸いだった。
とにかく、今は一刻も早くホテルの部屋を取って休もう、そう思ってすぐ側にあったビジネスホテルの入り口へ入ろうとした、その時、
「おねーさん、今、暇?」
明るめの茶髪でツイストパーマが掛かったレイヤーショートヘアで、上はグレーのパーカー、下はカーキーのズボンという上下ダボッとした服に身を包んだ男の人が声を掛けてきた。
見た感じ私よりは年下で、恐らく二十代前半くらいだろう。
声の掛け方からして、明らかにナンパだと分かる。
「暇じゃないので」
いくら暇でも、こんな軽そうなナンパ男の相手をするつもりは無い。
素っ気なく返した私は彼から視線を逸らし、ホテルへ入ろうとするけど、
「ねぇ、ちょっとだけ、俺に付き合ってくれない?」
「ちょっとっ!?」
彼は諦めるどころか、私の腕を掴んで来たのだ。
「何なの? 悪いけど今はそういう気分じゃないの。女と遊びたいなら他当たってくれる?」
こういうしつこい人間には優しい態度は逆効果。
だからハッキリ、キッパリ貴方の相手をする気は無いという意思表示を示したのだけど、
「……他の人じゃ駄目なんだよね。俺、おねーさんの事が気に入っちゃったからさ」
私の言葉が聞こえていないのか、彼は諦めるどころか私じゃないと駄目だと言いながら詰め寄って来た。
(何なの? 気に入ったって……私の何を見て気に入ったって言うのよ?)
ナンパ男の言葉を真に受けるつもりは無いけど、彼のその言葉は少し気になった。
私は特別美人でも無いし、強いて言えば地味で平凡な部類に入ると思う。
そんな私の何を気に入ったというのだろうか。
(女なら誰でもいいとか、そういう感じだよ、絶対)
そうだ、ナンパ男の言う事なんて真に受けてちゃ駄目だ。気にしちゃ駄目だ。
「あの、本当に! こういうの、迷惑です! 離して!」
ここで怯んだりしてはいけない。
毅然とした態度で男を跳ね除けようとすると、
「――ごめん、怒らないで。冷やかしとかそういうんじゃない。ただ、おねーさんがあまりにも思い詰めた表情してたから、どうしても放っておけなかったんだ」
今までのおどけた感じとは違って急に真面目な顔をしながらそう口にした彼に、私は思わず動きを止めた。
(思い詰めた顔、してた? 不幸のどん底にいるような? まあ、あながち間違いじゃないけどね。実際、全て失った感じだし……)
「おねーさん? 俺で良ければ話聞くよ?」
動きを止め、何も答えなくなった私に、彼は言う。
(別に、話したからってどうなる訳じゃないし……)
誰に話したところで、全てが無かった事になる訳じゃない。
それでも、こうして一人で落ち込んでいるよりは、誰かに話した方が、楽になれるのかもしれない。
(こんなこと、知り合いには、話せないもんね……)
どうせ行くところも無い、時間だけはある、暇人な私。
こんなナンパ男の口車に乗せられてしまうのは癪だけど、妹に彼氏を寝取られた話しをするなら、見ず知らずの人間相手の方が良いに決まってる。
そう考えた私は、
「……私、今すっごく飲みたい気分なの。付き合ってくれる?」
全てがどうでも良くなって、話を聞いてくれるなら誰でもいいやと、気付けば自分から声を掛けてきた年下の男の子を飲みに誘っていた。
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