「いいよ。それじゃ、行こっか」
「あ、ちょ、ちょっと!?」
飲みの誘いを快く受けてくれた彼は、ニコッと笑顔を向けてくると、持っていたボストンバッグを私の手から取っていく。
「荷物、持つよ。ってか結構重いね、これ」
「あの、いいよ、そんな事してくれなくて……」
「いいからいいから。ほら、行こう」
結構重さのあるバッグをなんて事無いような顔をしながら持ってくれる彼からバッグを取り返そうとする私の手を掴むと、指を絡めてギュッと繋ぎながら一歩を踏み出したので、
「……あ、りがと……」
聞こえるか聞こえないかの小さな声でお礼を口にした私は彼と共に歩き出した。
数分歩いた先にあった居酒屋に入り、個室へ案内された私たちは向かい合わせに腰を下ろす。
「何飲む?」
「生ビール……」
「やっぱり初めはそうだよな。それじゃあ、生二つと。何か食べる?」
「うん……その、お任せするよ」
「分かった。それじゃあ適当に……っと」
彼は手際よくタッチパネルでお酒やおつまみを注文してくれた。
注文してから少しして、
「お待たせ致しました」と言いながら店員さんがビールやおつまみをテーブルに並べてくれた。
「それじゃあ、おねーさんとの出逢いに、乾杯!」
「……乾杯」
一体何の乾杯なのかよく分からないけど、とりあえず彼に合わせた私は彼のビールジョッキに自身のジョッキをコツンと当てて、渇いた喉にビールを流し込んでいく。
「……はぁ、美味しい」
「おねーさん、良い飲みっぷりだね」
「あの、その『おねーさん』っていうの、止めない?」
「えー? それじゃあ名前、教えてよ? ちなみに俺は百瀬」
「……私は、亜夢」
一瞬、偽名でも使おうかと思った。
けど、どうせこの場限りだし、名前くらい別にいいかと本名を彼――百瀬くんに教えたのだ。
(百瀬って、苗字? 名前?)
どちらとも取れるその名に少し疑問を持ったけど、別にどっちでもいいやと特にそれに触れる事はしない。
「亜夢さんは、旅行か何かでこっちに来たの?」
「え?」
百瀬くんの問い掛けに一瞬ハテナマークが頭を飛び交うけれど、彼の視線の先にあったボストンバッグを見て、その質問の意味を理解した。
「いや、旅行とかそういうのじゃないよ。っていうか、私が住んでるの隣町だし」
「そうなの? それじゃあ、何で……」
そこまで言いかけた百瀬くんは突如口を噤む。
「百瀬くん?」
何故言い掛けて途中で止めたのかと不思議に思ったのも束の間、
「――飲みたい気分って言ってたし、何かムカつくような事があったんじゃない? それで、家出……した、とか?」
急に的を射る発言をしてきた彼。
「……まぁ、当たらずとも遠からず……って感じ……かな」
ムカつくような事……というか何と言うか、それに家出とも少し違うけど、まあ似たようなものではあるので彼の言葉を否定しない。
「……ねぇ、何があったの? 話してよ」
「…………実は、今日、彼氏と同棲してるアパートに帰ったら、私の妹と、寝てたのよ」
「……あー、マジか……」
「信じられないよね、本当。しかも、普段私と一緒に寝てるベッドでよ? 本当、最低……有り得ない。しかも、妹を選んで私は彼に振られたって訳。もう、笑うしかないよね」
こんな事、話したところでどうにもならないし、聞かされる方も反応に困るだろう。
けど、百瀬くんの反応は意外なものだった。
「――無理に笑う必要無いよ。そんなん、辛いでしょ? それに、分かるよ、亜夢さんの気持ち。俺も彼女の浮気現場、目撃した事ある。しかも、俺の部屋で、俺の友達と」
「え?」
「まぁ、薄々気付いてはいたんだ、二人の仲は。だからいつかはそうなる気がしてたから、心変わりに関しては仕方ないにしても、人の部屋でヤるなよって話。ま、もう結構前の話だし、今は奴らに何の感情も無いけどさ」
驚いた。
彼も似たような経験をした事があって、私の気持ちが分かると言うのだから。
コメント
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意外と感動🥺✨