外壁の上に辿り着くと、数名いた警備兵はすでに気を失っていた。
さすがリズさん、仕事が早い。
「兵の練度はイマイチのようだな」
しかし少し退屈そうだった。
リズさんが納得する練度とは一体……。
「たしかに街の巡回兵よりええ装備やな。見てみ、ミスリル製の剣や」
メイさんは警備兵の装備を物色していた。
お願いだから見るだけにしてね。
真面目に鐘を探して都市内を見渡しているシルフィさんを見習ってほしい。
「それらしい物は見当たりませんね。けっこうな大きさが必要でしょうし、目立つはずなんですが……」
シルフィさんの言葉を聞いて、他の二人も都市内を見渡した。
「せやなぁ、どっかに隠しとるんとちゃうか?」
「そうなると厄介だな。虱潰しに探すとなると骨が折れるぞ」
どうやらこの高さからでもそれらしき物は見つからないらしい。
それに外壁も、警備が厳重な割にはこれといって珍しいものはないようだ。
どこにでもあるような作りだし、よくある一定間隔で側防塔があるタイプで……
(側防塔って外側に射手用の窓とかあった気がするけど……)
目の前の塔には、都市の内側にだけかなり大きな窓があるだけだった。
かなり特殊な構造のように思える。
この構造に一体どんな意図が……?
と僕だけ違う方を眺めていることに、リズさんが気づく。
「どうしたエル、何か見つけたのか?」
「いえ、見つけたわけではないですけど、塔にちょっと違和感あるなーって思って」
外壁の上から繋がる塔への入口は、見ただけでも分厚いというのが良くわかる金属製の扉だった。
よほど見られたくないものでもあるのか、太めの鎖と南京錠で固く閉ざされている。
「よし、私に任せろ」
たしかに、これぐらいリズさんなら朝飯前だ。
スパッとチーズのように切り裂いてくれるだろう。
だが……僕の目に映る光景は違った。
「ガギンッ」と音を立てて左右に引きちぎられる鎖。
飛び散る破片、足元に転がる南京錠。
「なんだただの鉄製か、見た目ほど厳重ではなかったな」
リズさんにとってはそうなんだろうね。
リズさんにとってはね。
「さて中は……」
そう言ってリズさんが扉を開くと、中から強めの風が吹き出し始めた。
皆中が気になるのか、揃って覗き見る。
「なんや、中は空洞やないか。風遠しはええみたいやけど……」
メイさんの言うように、側防塔は中身のない筒のようだった。
「……! 皆さん、あれを見てください」
シルフィさんが下のほうを指差すと、そこには大き目の鐘が吊るされていた。
「これは当たりみたいですね。中が空洞なのは音を反響させるためでしょうか」
内側にだけ大きな窓があるのは、音に指向性を持たせるためなのだろう。
反響して増幅した鐘の音は、強い風と共に都市内部へ……ということだ。
だがこれ一つでは到底無理な話。
そう思い、外壁に沿っている側防塔の数を確認する。
「全部で六つか……」
おそらく全てが同じ構造になっている。
妙に外壁の警備が多い理由はこれか……。
「鐘はそもそも一つではなかったということか。たしかに複数用意できるなら囲った方が確実だ」
とリズさんも納得する。
「あの鐘から邪神像と似た気配を感じます。破壊したほうが良いでしょうね」
そう言ってシルフィさんは、サッと塔内部へ飛び込んだ。
そのまま落下しつつ槍を構え、虚空を蹴ってさらに加速――――
「――ハッ!」
槍と共に――――衝撃が大地を襲う。
それは鐘を砕くだけにとどまらず、塔の床に大きなクレーターを生んだ。
一見すると自滅技のようだが、砂煙が薄れていくと無傷のシルフィさんが姿を現した。
そしてこちらを見てニコリと微笑んだ。
うん、すごいよ…すごいんだけどね……。
「む……警備兵が集まってくるぞ」
リズさんは後ろを振り返り、剣に手をかけた。
そりゃこれだけ派手にやればこうなりますよ。
「どないする? 1個だけ壊してもしゃーないで」
残り5個も、あるとすればおそらく他の側防塔にあるのだろう。
しかしいかんせん外壁に沿って等間隔で存在しているため、けっこうな距離が離れている。
であるならば……きっと僕の出番ということだ。
「そちらは警備兵を引き付けておいてください。残りは僕が――」
そう言って僕はアーちゃんを4体放出しつつ飛翔する。
そして外壁に沿うように旋回しつつ、他の塔を目指した。
◇ ◇ ◇ ◇
帝国の南部に位置する交易都市には、こじんまりとした領主の城が建っている。
その城は必要以上に存在を主張しない。
だが治める領主は贅の限りを尽くし、薄い頭と丸々と太った腹はその存在を主張していた。
「なに? 賊が塔に……?」
領主は警備兵の報告を聞くも、さほど動揺はしない。
それどころか食事を止める様子すらなかった。
厳密には、彼はこの地の領主代行だった。
本来の領主は行方不明ということで、その地位を得たのだ。
「昨晩も鳴らしたはずだよな、抗える人間がいるのか? ……まぁいい、さっさと始末しろ」
「いえ、それが……」
警備兵は恐る恐る詳細を報告する。
すでに鐘の一つが大破したことを……。
「……は? そんな簡単に壊せるわけがなかろう。もういい、俺様が直々に出る」
木製の箱を持ち、領主はその場を後にする。
彼は戦えるわけではないが、自身の手を汚さずに勝つ自信があった。
「ま、この地で俺様に盾突くとどうなるか、見せてやりますか」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、バルコニーから外壁の様子を伺った。
するとその表情は一変し、憤慨する。
「おい! 2号塔が跡形もないじゃないか! どういうことだ!」
「だから言ったじゃないですか……」
――同時刻。
領主城の地下牢に捕らえられている男は、見えぬ空を仰いでいた。
「先ほどの揺れはまさか……いや、期待せぬほうがいいな。どうせまた、ハーゲンのやつが何かしでかしたのだろう」
男はため息をつきながら、冷えた石畳に胡坐をかいた。
そして伸びすぎた無精髭を弄りながら、目を閉じ思案する。
「皇帝が魔帝国に尻尾を振りだしてからというもの災難続きだな。せめて……領地の行く末ぐらいは自分の目で見たかったものだ」
◇ ◇ ◇ ◇
エルリットは飛び交う矢の隙間を縫うように飛行していた。
「やっぱり弓兵もいるよねー……」
これといった警告もなく矢を放ちだしたが、当たらなければどうということはない。
もはや遅いとすら感じる……僕は矢より速い人間を何人も知っているのだ。
(でも……さすがに目立つか)
街中の巡回兵も集まりだし、段々と弓兵が無視できない数に増えていった。
しかしこちらを見て狼狽え始める者が多い。
「飛行魔法ってあんなに速く飛べるものなのか……?」
「クソッ! 早く落とさないとブタにどやされるぞ」
「矢がいくらあっても足りねーよ!」
「なくなったら石でも投げるか?」
「動く的というものはな、常に二手三手先を読んで射貫くものだ……矢が切れた」
遠目にしか見えないが、どうにも統率がとれていないような……?
とは言っても、撃たれっぱなしだと邪魔ではある。
なのでアーちゃんを通じてスタンテーザーを雑に放つ――
――弓兵の悲鳴が、こちらの耳に小さく聞こえてくる。
10発中、6発が命中。
精度はあまりよくないが、視線を向けずに放つ弾幕のようなものなのでこれでいい。
そして二つ目の側防塔へ辿り着くと、下部に向かって反動強めのレイバレットを放った――
ズンッと大地の軋む音と共に、塔の一部はガレキとなって崩れ去る。
仕留めた……と思いたかったが、着弾した際、一瞬だけ甲高い金属音が混ざっていたように感じる……。
「聞き覚えのある音だよねぇ……」
砂煙が薄れていくと、傷一つない鐘が姿を現した。
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