『改めまして、本日はお忙しい中、結城彰久、麻里子の結婚式にご出席いただき、誠にありがとうございます』
黒田支店の梨央が、緊張した面持ちで、80余名が参加している会場を見回す。
『それではお色直しの準備も整いました。
新郎新婦のご入場でございます。皆様、温かい拍手でお迎えください』
照明が消え、2つのスポットライトが入り口を照らす。
天使と花のモチーフが掘られた金色の扉が開く。
金色のドレスに身を包んだ麻里子と、紫とワインレッドのタキシードを着こなした結城が、光の中に浮かび上がる。
二人は微笑んで目を合わせると、正面を見て、一礼した。
『ただいまより、新郎新婦のお二人は、熱い愛の炎がともったトーチを持って、皆様のテーブルを回ります。
テーブルのキャンドルに、幸せのおすそ分けの炎が灯りましたら、拍手で祝福を、お願い致します』
早苗は隣に座っている坂井を見た。
「幸せのおすそ分けだって。してもらおうじゃないの」
坂井もこちらを見返す。
「吸い取ってやりましょう!」
中古車グループのテーブルを終えた二人が、経理部のテーブルに寄り、また一例をする。
経理課長がハンカチで涙を拭きながら、スマートフォンで必死にシャッターを切っている。
早苗は、結城を見上げた。
いつもはほとんどセットしていないサラサラの髪の毛を、キチンと後ろに流している。
細身のワインレッドのスーツが、よく似合っていた。
それを麻里子と一緒に、あーでもないこーでもないと決めたのだと思うと、少しだけ腹が立つけれど。
「幸せそう…」
思わず呟くと、横から手を握られた。
驚いて坂井を振り返ると、化粧が落ちるのも構わずに、腕を目に当てて豪快に泣いている。
「ちょっと!!あんなに泣かないって約束したでしょうが!!」
なぜか自分の声が掠れている。
「早坂さんだってー!」
坂井に言われて気が付いた。
早苗の目からも涙が零れ落ちていた。
「ちょっと。ここのテーブルは涙の大安売りですか?」
課長も含めた全員が泣いている経理部のメンバーを見て、結城が呆れたように片眉を上げて笑った。
「うっせー、馬鹿」
坂井が大先輩に向けて暴言を吐く。
「黙って幸せになれ、アホ」
早苗も乗っかる。
「ひどくないすか?」
結城は笑いながら二人の頭を両手で撫でた。
ますます涙に濡れていく坂井を見る。
彼女がいてよかった。
きっと早苗一人だったら、撫でてもらえなかった。
そんなことを思いながら後ろで微笑んでいる麻里子を見あげた。
「あの―――」
早苗の声に麻里子が反応して、頭を屈める。
「うちの結城を、幸せにしてやってください」
言うと、また涙が溢れてきた。
横から坂井が紙ナプキンをぐいぐいと押し付けてくる。
二人のコントのような動きに微笑みながら、麻里子は大きく頷いた。
「はい。幸せにしますね!」
経理部から遠ざかっていく2人を見ながら、また涙が溢れた早苗の顔に、坂井が再度、紙ナプキンをグリグリ押し付けてくる。
「やめて!化粧が取れる!」
その手を振り払うと、
「取ってやろうと思って…」
涙と鼻水でほぼ化粧が崩れ落ちた坂井が真顔でこちらを見ていた。
「道連れにしないでよ!」
早苗は目じりに涙を貯めながら、腹を抱えて笑った。
「ゴールドかぁ」
隣に座る綾瀬が低い声で呟く。
「ピンク系か、パープル系が見たかったなー」
「あなたの場合は、“着たい”でしょ」
呆れながら、テーブルに灯る“幸せのおすそ分け”を見つめる。
「ほら、結城君はパープル系よ。綾瀬君も、ああいう素敵なの着たら?」
言うと、綾瀬は興味なさそうに結城を見た後、はっと眞美を振り返った。
「栗山さん、それってもしかして、遠回しのプロポー……」
「違います」
言いながら薄くメイクを施している額にデコピンをする。
「っつう…」
痛がる綾瀬が、眞美のドレスを下から上に嘗めるように見つめる。
「これって、レンタルですか?」
「違うけど?従妹の結婚式の時に買ったの」
「————」
「————」
「————あの」
「———わかったわかった。あとでね」
綾瀬は俄然目を輝かせて、眞美のドレスを見ている。
(ちょっとはこっちも気にしろっての)
思いながら、うなじにかかった髪の毛のほころびを直すと、
「髪型も素敵ですね。メイクも。普段からそれくらい濃くてもいいじゃないですか?」
綾瀬が頬杖をつきながら眞美を見つめた。
「綺麗ですよ。栗山さん」
「———あなたに言われると、なんか上からで、ムカつくっ」
綾瀬は耳まで真っ赤に染まった眞美を見て、にこやかに笑った。
総務部のテーブルに来て、陽子の姿を認めると、麻里子は微笑みながら、レースの手袋をかけた両手で、首元を指さした。
うんうんと頷いて見せると、彼女はまるで花が咲いたように朗らかに微笑んだ。
すっと結城の腕に自分の手を組んで、2人がお辞儀をする。
どんなに卑屈に想像しても、彼女たちには暗い未来は待っていないような気がした。
ちらりと黒田支店のテーブルに腰かけている宮内を見る。
隣に座る大貫と何やら談笑しながら、ひじ掛けに腕をつき、腹の前で手を組んでいる。
その瞳は、金色に輝く部下を優しく見つめていた。
(まるで愛娘を嫁に出す父親ね)
それを見ながら笑ってしまう。
「ネックレス、ありがとうございました」
結城が陽子に一礼する。
妻の代わりにお礼を言える夫は、きっとこれからもいい夫であるとは思う。
それでも―――。
「幸せにしなかったら、許さないからねっ!」
釘を刺さずにはいられなかった。
硬い腹をグーでパンチする。
「はい!幸せにします!」
結城の瞳が強く光る。
(あ、この目……)
ちらりと麻里子を見る。
彼女は二人を見比べてニコニコ笑っている。
(なるほどね)
微笑みながら、再度、黒田支店のテーブルを見た。
同じ目の光を宿した男は、今度は麻里子ではなく陽子を見ながら微笑んだ。
その瞳に軽く頷いたあと、ついでにと結城の腹をもう一度、パンチすると、
「俺、陽子さんに何かしましたか?」
と結城が笑った。
『それじゃあ皆さん、準備はいいですかあ?』
堅苦しい進行に飽きたのか、梨央が声を張り上げる。
『これから待ちに待ったブーケ・トスですよ!独身の女性は前の方にお並びください!』
早苗が坂井を引っ張る。
「ほら、行くよ!」
「マジでやるんですか。イタすぎっていうか」
「うるさい!ほら、早く!」
綾瀬が眞美を振り返る。
「栗山さん、行かないんですか?」
「行くわけないでしょ。恥ずかしい」
「じゃあ、俺が行ってこよっかな」
「あなたが言うと、冗談に聞こえないんだけど」
「お前は行かなくていいのか」
いつの間にか後ろにいた宮内を振り返ると、陽子は笑った。
「そっか。私も行っていいんだ。行こうかな」
おどけて腕まくりをするふりをする。
「ぶんどって来いよ。年の功で」
「余計なお世話」
わき腹を肘で突いて、二人は微笑んだ。
『麻里子さーん、よろしくお願いしますね!それではみなさん、カウントお願いしまーす!5から!!』
梨央の声がマイクに割れる。
『5、4、3、2、1、0!』
麻里子が放り投げたブーケをみんなが見上げる。
アネモネ、ローズ、ラベンダー、カスミソウが織りなす、優しい色合いのブーケ。
それが宙に浮き、皆の口が開く。
投げた力と、重力の間で、一瞬、空中で静止する。
それがゆっくり回転しながら降下を始める。
落ちた先は――――。
「あの。麻里子さん」
結城が麻里子を睨む。
「はっ倒していいですか」
新婦の胸に収まったブーケを見て、会場は割れんばかりの大爆笑に包まれた。
「再婚か、麻里子氏!」
「スピード離婚!」
野次が飛びかい、拍手が混じる。
「腹ん中の子供にですよ!」
結城が野次に向けて叫ぶと、「おお~!!」それは喝采に変わった。
黒田市に、2023年の初雪が降った夜、
和やかな結婚式は、いつまでも笑い声と涙と、温かい拍手に包まれていた。
【完】
コメント
1件
凄く良かったです✨うるうるしちゃいました