◆◆◆◆◆
強引だとは思った。
いわば、やけくそだった。
自分の目の前で、一癖も二癖もある男たちに翻弄されて、悩んだり、赤面したり、走り出したり―――。
いい加減にしろよ、と思った。
自分がこんなに、こんなに大事に思っている身体で無茶ばかりしやがって……!
こちらの忠告も抑制もお構いなしで、その爆弾を抱えた身体で、誰かのためにどこまでも駆けていく後ろ姿を、いつも見送っていた。
「諏訪、おはよう!」
その笑顔を見るたび、永月や蜂谷に見せる表情の違いに落胆し、絶望し、もうやめよう、もう放っておこうと。
毎日、毎朝、思った。
それでも―――。
あのとき……。
弟の彩矢斗を助けてくれた時の振り返った顔が忘れられなくて……。
学ランの背中越しに刺した夕日の線が、
あの赤い光が忘れられなくて―――。
だから、俺は―――。
彼がそばにいる限り、どんな立場からであろうと、全力で守り抜くと誓った。
しかし自分の下で、抵抗することもできずにただ涙を流した右京の顔を見た瞬間、
やはり、自分ではないんだとわかった。
彼を救えるのも、
笑わせるのも、
高揚させるのも、
幸せにするのも、
―――俺じゃない。
「ごめん」
動きを止めた諏訪に右京は静かに口を開いた。
「俺じゃ、ダメなんだな?」
言われる前に言った方が楽だと思った。
しかし彼は―――。
「お前がダメなんじゃない……」
諏訪を見つめて言った。
「俺が、蜂谷じゃないとダメなんだ……」
「……そんなの、お前、振り返ってみろよ。ちょっと前まで永月だったろ」
「――――」
「蜂谷のことだって、すぐに――――」
「無理だよ」
右京は大きく息を吸い込み、肺に空気を溜めこんでから、苦しそうに言った。
「忘れられたら楽なんだけど………」
そしてこちらを見上げ、真っ直ぐに言った。
「でもきっと……会えない時間が解決してくれる」
「―――え?」
「俺、山形に帰るよ」
視界が揺れ、一瞬耳が聞こえなくなった。
「―――今?卒業してからじゃなくて?」
思わず離した両手に右京は弱く笑ってから上体を起こした。
「……生徒会総会が終わったら」
「なんで……?」
「持病があってさ。神経系の」
彼は起き上がりながら乾きかけた涙を拭った。
「何か知らんけど治りかけてるから、専門の病院に入院して治しきることにした」
「――――」
それは痛覚のことを言っているとわかったのは、彼が、包帯を巻いている手首の痛みを確かめるように回したからだった。
「……ありがとうな」
右京は呟くように言った。
「俺、東京に来て。生徒会に入って。……お前に会えてよかった……」
◆◆◆◆◆
―――何か知らんけど、じゃねえだろ。
諏訪はフェンスに足を付けたまま、笑顔で永月に何かを叫んでいる右京を見つめた。
―――その痛みは、お前が生きようとしている証拠だろ。
お前は生きたいと思ったんだよ。
壮絶な過去で一度は無くしたその欲求を、
あいつが思い出させてくれたんだろ。
そんな奴に―――。
勝てるはずがない。
隣で笑っている右京の声が遠くなっていく。
お前が生徒会長になったから、俺たちは会えたんじゃない。
お前が会長に立候補したから、俺が生徒会に入ったんだ。
拍手喝采の大興奮の中、諏訪は一人、だらんと両手を落とした。
◆◆◆◆◆
宣言通り、宮丘学園サッカー部は、永月が獲得した1点を守りきり、2回戦へと駒を進めた。
3日後、見事に復帰して見せた永月の活躍により、2回戦、続く3回戦を勝ち抜いた。
続く準決勝では、ロングシュートを決めて感極まった永月が、観客席の右京に抱き着こうとフェンスを越えて、強制退場になり、大ブーイングを受けつつも、チームは健気に点を守った。
そして迎えた決勝戦。
部長であり、エースでもある永月はフィールドの中心に皆を集め、一言だけ告げた。
「いつも通りに行こう!」
宮丘学園サッカー部は、
いつものフォーメンションで、
普段通りのパスを回し、
永月がドリブルで走り抜け、
今井がシュートを決めて、
ごくごく自然に、
極めて当たり前に、
――勝利した。
試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた瞬間、皆が立ち上がりフェンスに齧りついて声援を送る中、右京は一人、観客席に座ったままグラウンドを見つめていた。
そして、チームの中心で笑う永月を見てふっと微笑むと、静かに立ち上がり、踵を返して階段を下りていった。
「右京……?」
追いかけた諏訪が見たのは、廊下の端でうずくまり、一人泣き崩れる右京の姿だった。
「――おつかれ。お前も」
諏訪はそっと彼の前に立ち、その艶やかな黒髪を撫でた。
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