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バレンタインの起源は、古代ローマにまで遡る。恋人を守って殉死した聖ヴァレンタインにちなんで聖日にしたところ、いつの間にかチョコを巡って男達がしのぎを削るイベントになっていたとか。ともかく、その日だけ(ではないかもしれないが)世の男はお互いを監視し、恋愛フラグを潰し、チョコの獲得数で決まるヒエラルキーの中での自分の位置を少しでも高いものにしようと必死になる。
しかし、ヒエラルキーにも例外は存在する。教皇みたいに。それが、桃宮さとみという男である。靴箱から溢れてくるのは当たり前、机の中ではペンチプレスされたものが所狭しと詰まっており、それだけでは飽き足らず『さとみ冬のチョコレート祭り』と称して受け取りイベントを作らなければいけないレベルだ。
しかし、当の本人といえばマシュマロマンならぬチョコレートマンとなりながら不機嫌そうに机をつついていた。他の男子がこれを見れば嫉妬のあまりナイフと共に突進してくるだろうが、全て返り討ちにするので問題ないというか討ち取った後である。桃宮が思い悩んでいる理由は別にあった。
天が呼ぶ地が呼ぶそして俺が呼ぶ。俺が呼んだらなんでも出てくるべき。この文頭やってみたかった一回。今から自尊心の塊王子様として喋ってみる。ともかく俺の言うことには誰であろうと従うべきだと思ってる。でも、唯一思い通りにならない相手がいる(なんかこの言い方溺愛ものっぽい)、ソイツはチョコの数は俺より少ないのに内容がえげつないヤツである。どうやらなーくんにチョコを渡す輩というののやべぇ性癖持ち率は恐ろしく高いらしい。その証拠に、目の前ではなーくんが山積みになったチョコレートから容赦なく謎の混入物を剥ぎ取っている。なんでそんなに手際良いんだよ、解剖とかやったことある?
「なぁ」
「え?チョコ検死付き合ってくれる?」
「ごめん付き合わないし検死て」
絶対解剖やったことある。マジかよこんな確信持ちたくなかった。でも、俺にとっての最重要事項はなーくんが犯罪に手を染めたことがあるかどうか確認することではない。俺は、チョコを欲している。アイワントゥーギブミーチョコ。だって教室とか見てたらクラスメイトは『友チョコ交換』とかしてるし。俺にも一回くらいしか喋ったことない奴が友チョコ渡してきたし。じゃあ何でなーくんくれないんだ。でも、今その話を持ち出したら最後『いいよー、はい(ハァト)』ってめちゃめちゃいい笑顔で謎の混入物入りチョコPart317くらいを渡してくる。それは避けたい。イケメンはお腹壊さないシステムがあるとはいえ違う意味で体の不調が現れそうな気がする。
しばらく考えた後、桃宮は天才的な考えを弾き出した。友チョコがダメだったら、本命チョコを強請ればいいんじゃないか。どっちもそんな変わらんだろ、本命が好きな人に渡すチョコだった気がするが俺達は相思相愛だし。Q、誰か彼の暴走を止められるものは。A、紫月。Q、E、D、証明完了。そして、桃宮はその考えを実践すべくもはや笑顔でチョコを捌いている紫月に向かって話しかけた。
「なーくん」
「わあチョコ解剖してくれるんだありがとう」
「そうじゃなくて、いややってもいいけどそうじゃない」
「じゃあ何?」
ちゃっかりとチョコ一山分を桃宮に押し付け、アルカイックスマイルを浮かべながら紫月が訊く。次々とチョコをぶった斬りながら何でもない事のように桃宮は、
「俺、なーくんの事好きなんだけどチョコ頂戴」
ーーーしばらくお待ちください。
え、ああ好きね。うん、好き……え、ぁ、はぁ?しづきは こんらん している! こうかは ばつぐん だ!
「……何で?」
「え、本命チョコ欲しい」
「ほんめいちょこ……」
コイツは本当に本命チョコの意味を分かっているのだろうか。モテすぎて本命のことを友チョコだと理解している可能性、無きにしも非ず。そう判断した紫月は、ゆっくり、誤解を解くように説得する。
「……さとちゃん、本命チョコっていうのは、恋愛的に好きな人に渡すチョコのことで、友人として渡すチョコじゃないよ?」
「あー……」
恋愛的って、これからも一緒にいたいしキスとかセックスとかもしたいって思う事でしょ?プチプチを潰すかのように固められた髪の毛をズルりと引き摺り出しながら桃宮はそう考えた。俺、色々細かく言われんのは嫌いだけどなーくんに言われるのは好き。つまり、俺はなーくんのことが好き!付き合お。ぱああああっと瞳を輝かせ、漫画であればドドン!!と効果音がつくような表情で、
「ヤりたい!!」
紫月は本来細身な男子である。が、今回は火事場の馬鹿力か華麗な右ストレートが決まった。
「この変態野郎ぉぉぉ!!!」
「えぇぇええ⁈」
桃宮は目を白黒させる。意外と力強いな、とか変態じゃねぇよ、とか突っ込みたいところは山ほどあったがそれより大きな問題は。
「俺なんかやった?」
「なんでさとちゃんモテてるんだろう」
ちょっと恋愛観に対する常識が足りなさすぎる。俺じゃなかったら平手打ちですまない言動しましたよこの人。告白の言葉もっとあったでしょ。紫月ははぁぁ、とため息をつく。
「さとちゃん、告白として『ヤリたい』はガチのクズの台詞だよ。こんなんじゃ本当に好きな人出来た時に警察に通報されかねない」
「俺の好きな人なーくん」
いやそうじゃない。百歩譲ってガチで俺の事好きだとしても告白で体の関係求められたら普通に嫌だ。きょとんとしている桃宮に向かって、倫理観の欠如を本格的に心配し出した紫月は、小一時間恋愛の常識について等々と語る羽目になった。『話しかけられた=好きじゃない』とか超基本の事に対しても知らなかった!という目で見てくるので良くここまで生きていけたなと思う。一回刺されててもしょうがないよ。
そして、『友人と好きな人の違い』について紫月が語り出した時、それまで一回も口を挟まず優等生に聞いていた桃宮がハイハイハイハイと無限挙手を始めた。それ逆に難しくない?残像見えるよ?と突っ込んでから何ですかさとみくんと指名すると、『親友だけどキスもセックスもやりたい相手の場合はどうするんですか!』と聞いてきた。……は?
「それは最早好きな相手だよ」
「でもさっきなーくんが言ってた友人の条件も全部当てはまってるけど」
「好きっていうのは親友の先だからね、満たしてても不思議じゃないよ」
天・啓!!桃宮の頭に雷が落ちる。口をぽかんと開けてじっと目の前の赤黒いチョコレートを見る。紫月を見る。それを何度か繰り返し、何か考え込む。それを見て紫月は猫ちゃんみたいだなという感想を持った。新しい感覚を手に入れていろんな事が新鮮なんだろう。
「……俺、なーくんの事やっぱ好きだ」
超真剣に、カッコつけて言ったにも関わらず、紫月はまたその話戻るんか…といった顔をしていた。解せぬ。そこは『えっ……』って顔を赤らめるところだと思う。この前読んだエロ本にもそういうのがあった。しかし悲しい事に紫月は照れるどころか関心を持ってすらくれず、うん、そうなんだー(棒)を壊れかけたロボットのように繰り返している。そのくせそろそろチョコレートを窓から捨て始めた。不法投棄とか大丈夫なのかと思って窓の下を見ると、後輩(るぅと)が大鍋を持ってぐつぐつと投げ捨てられたチョコを煮込んでいる。何する気だアイツ。煮込んで何作る気なんだ。作るにしてもせめてバナナを持ったころんの像とかにしとけ。
感情が制御できない。情報が完結しない。俺もしかして無量空処食らった?好き、と面と向かって言われて、俺の意思とは関係なく身体が熱くなった。それを必死に抑え込んだはいいが、次に何を言えばいいのか分からない。軽口で返そうかと思っても何も思いつかない。チョコレートに何か入っていただろ絶対、媚薬もどきとか。ていうか神速で責任転嫁しないと、俺が反射的に好き、と思ってしまった事をどうすればいいんだよ。こんな事で恋心自覚するとか嫌なんだけど。ぶつぶつと考えていると、桃宮が『どしたー?』と覗き込んでいた。今度こそ、顔が熱くなる。条件反射で『勝手に覗くな!』と更衣室を覗かれた女子みたいな反応と共に手が出てしまう。訳も分からず叩かれた彼は臭いものを嗅いだ猫みたいだった。
チョコを投げ捨てる手が急に止まった。もう終わったのかと思ったらしいるぅとがチョコを何かの型に流し始めた。何かと思ったら、金属バットに殴られているころんだった。ナチュラルにサイコパスだな。ていうかお前それ食うの?ちょっと怖かったのでなーくんの方に視線を戻すと、何かぶつぶつと呟いている。こちらも怖い。横に置いてある大量の異物も相まって法に触れることをしているとしか思えない。多大なる好奇心を持ってどうしたの、と聞いたらいきなり殴られた。そんなオナニー見られたばりの反応する?遺憾のE超えてF。今度こそ俺の悪かった点が見つからない。ちょっと心配して(100%から除菌率引いたくらい)声をかけただけなのに。もしや、俺の知らない新たな常識があったのか?と世界の神秘を発見した俺は、その説を確かめるべく勢いよくグルンとなーくんの方を向いた。そしたら、何故か彼は真っ赤な顔をして固まっていた。
「かわいっ」
「それ普通口に出さないんだよ」
こういう展開この前見たAVにあったな、と思い出す桃宮。エロカウンター3。健全すぎてこの学校を統べるレベルの男子高校生な為仕方ない、確かこの時期は『ゴールデンレトリバーよりバカ』と言われる程の頭脳しかもちあわせていないのだ。
「照れてる?」
「照れてないし落ち着いてるよ」
多分だけど照れてないし落ち着いてる人間はコーラと間違えて変な瓶に入ってる飲み物を飲んだりしない。
「あなたの瓶は何処から?」
「ベンザブロック?」
じゃなくて。マジでこの瓶何処から来たんだ。もしかして大量のチョコの中に混入されていた怪しげなヤクの中の一つではないかと気付き、紫月はゾッとする。プラセボ効果って凄い、疑念が生じた瞬間に身体が変になっていく気がすると思っても残念な事にプラセボ効果は発揮されない。正真正銘、睡眠剤なのだ。
あなた〜の風邪に狙いを決めて、とか謳っていた桃宮は、大抵のことには動揺しない。実際、知らない男がナイフを持って襲い掛かってきても、じいやがキティちゃん柄の目隠しを持ってきた時も動揺しなかった。寝るときに使うこともあるから許してくれじいや。しかし、目の前で親友が倒れた時はこの世の終わりかレベルに動揺した。スローモーションでゆっくりと倒れていく様をぼんやりと見つめ、彼の頭がゴン!と音を立てて机に衝突したタイミングで正気を取り戻した。そして桃宮は紫月を抱えて保健室へと向かった。しかし桃宮ニアリイコールアッシー。いくらその後何度も紫月を運搬する様子が見られたとしても決してアッシーでは無いのだ。
「りーぬ!」
「おい堂々と先生を呼び捨てにすな」
血相変えた様子で保健室に桃宮さとみが飛び込んできた。グッバイ保健室の平和な日常。でも君の運命の人は俺だよ、一生離してやんないからな。
「ヤバい!」
それだけ言うと、さとみは抱えてる奴を許可も取らずにベッドに寝かせた。無駄に様になってて腹立つ。てか抱えてんの誰だよ。そう思ってベッドを確認したら、なんと居たのはコイツの親友、紫月だった。何か怪我でもしたのかと見てみたが、何も異常がありそうに思えない。もし普通に昼寝してたところを持ってきたとかだったら後でアマギフ要求してやるが、血相を変えているところを見ると他に事情があるらしい。よく観察してみると、紫月からは独特の甘い香りがした。ああ、そういえば今日バレンタインだったっけ、と独りごちて犬づる…芋づる式に紫月にヤバめの信者が一定数いた事も思い出した。なんでこんなに知っているのかと言うと断じてストーカーではない。近所に住んでいたさとみがこの高校に来てからやたらとここに来るようになり、親友の様子をひとり語りして満足したら帰っていくのだ。とにかく、そのヤバめの信者に睡眠薬でも盛られたんだな、と見当をつける。
「睡眠薬」
「睡眠薬⁈え、それって大丈夫なの?」
「ヤバいのもあるけどこの様子だったら大丈夫」
「マジで?」
「マジで」
だからとっとと帰ろ、と出口を指差したのだが、いや起きるまで帰らない、とこれまた勝手にベッドに陣取ってしまった。今から呪術読もうとしてたのに、とさとみに殺意を抱く。いつか呪ってやるから覚悟しろよ。
寝顔きれーだなー。下心とか何にもなく、本気でそう思った。柔らかい紫色の髪に、整った顔立ち。信者がいるのも分かる気がする、と一生わかる気のない事が分かってしまったPart2。Part3まで来たらビンゴ、なんか俺に景品くれ。世界でただ一つの吸引力を誇る掃除機とか。
ふと桃宮の頭には、いつか何かで知った『キスってレモン味』が浮かぶ。目の前には寝てる紫月。しばらく熟考…もせずに、好奇心の塊を紫月にぶつけるのもしょうがないと言えばしょうがない事だった。桃宮だし。
軽く触れるだけの戯れのキス。なーくんの唇はマシュマロみたいな感じがした。けど、何故かレモンの味はしない。なんでだろう。なんでだろう。ななななんでだろう。ーーーあ、多分舌を入れればレモンの味がする仕組みなのだろう。
前述したが、桃宮を止められるものはここには居なかった。
起きた。ここは恐らく保健室のベッドだろう。睡眠薬を飲んでから意識がなかったから、さとちゃんが運んできてくれたのかな。それに関してはありがとう。そして、俺がキスされて目覚めるという白雪姫みたいな目覚めかたをしてしまったことに対してなんと言えばいいのだろうか。さとみくんの思考が手に取るようにわかる。寝てる俺を見て、『キスって確かレモン味だったよな』とか思ってキスしてきたよなどうせ。そんな幻想高校生でまだ夢見てるやついるのかと思ってたけど思いっきりいたわ、俺の近くに。そして、今度は舌を入れてこようとしているのに対してなんと反応すればいいのだろうか。今起きないと事故が発生するが起きたら確実に気まずい空気になる。でもこんな事故ちゅーみたいなことしたくない。少女漫画か。起きる派の俺と起きない派の俺が激しい攻防戦を繰り広げている。この間0.1秒。なんかもうどうでも良くなった俺はガバッと起き上がってしまった。その瞬間、さとちゃんの頭が目の前に。
「ったぁぁぁ!」
「いってぇ!」
お互いの頭が勢いよく衝突する。漫画みたいな音がして、二人とも頭を抑えた。
痛む頭を押さえつつ、二人は今後について考えていた、なんて高尚な言い方をしたが、要はヤベぇキスちゃったどうしよう、って事である。
桃宮は悩んでいた。それこそ人生で二番めくらいに悩んでいた。ちなみに一番めは家の中にダイナマイトを仕掛ける方法だった。起きたってことは絶対、さっきのキスが原因だ。レモン味確かめようとか思ってた数分前の自分を殴りたい。いくら好きだからといってちょっと早まりすぎたのではなかろうか。これで紫月に嫌われでもしたら立ち直れない自信しかない。とりあえず謝ろうとした時、唇に柔らかい感触がした。
「ん、お返しだよ」
悪戯っぽく笑う紫月だったが、桃宮が領域展開を喰らっていることには気付かなかった。童貞パワーは恐ろしい。桃宮にこれだけでグラニテブラストが発動され、宇宙へ飛んでいってしまった。
「…え、さとちゃん?さとみくん?さとちゃーーん⁈」
ーーー二人が付き合うまで、あとーーーーー