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「おーい。蜂谷」
その声に蜂谷圭人は突っ伏していた机から顔を上げた。
「どんだけ寝てんだよ。帰ろうぜ」
見上げると、8組の尾沢彪雅がこちらを見下ろしながら笑っている。
仕方なく体を起こし、首を回す。
なんだか身体がだるく、蜂谷はそのまま立ち上がると、窓脇に寄りかかった。
先ほどまで教室の隅でキャーキャーと騒いでいた女子もいつの間にかいない。
グランドでは国体を目指すサッカー部が駆け回り、先日地区大会一回戦で負け、早々に3年生が引退した野球部が、何をしていいのかわからないようにさまよっている。
「なあ」
その声に蜂谷は動かない。
まだトロンとした寝ぼけ眼で、まぶしいグランドを恨めしそうに眺めている。
「――つまんねぇな」
その口が僅かに動く。
「つまんねえなら帰ろうぜ」
「――――」
蜂谷はそれでも黙り込んだまま動こうとしない。
尾沢はしょうがなく、窓脇の机に軽く腰掛けると、いつ動き出すともわからぬ悪友を見上げた。
「……蜂谷。この間の話、考えてくれた?」
切り出すと、蜂谷はグランドから目を離さないまま言った。
「話って?」
「だから多川さんの話だってば」
言うと、その名前にピクリと反応した蜂谷は尾沢を睨んだ。
「ブタガワがどうしたって?」
「―――おい。やめとけ」
尾沢が目を細めると、蜂谷はクククと笑った。
「蜂谷。前にも言ったけど、気に入られてるうちに取り入った方がいいって。逆にあの人に目を付けられると面倒くせぇから」
「取り込まれるの間違いだろ」
蜂谷は投げ捨てるように言った。
「行くならお前ひとりで行けよ。俺はあんなホモ野郎の豚に、ケツ掘られるのはごめ――」
「……おお、本当に金と赤だ…!」
その声に二人同時に振り返る。
廊下から自分たちと比べると小柄な男子生徒が立っていた。
「―――ダレだ、あのチビ」
聞こえないように尾沢に問う。
「知らねぇの?今年度の会長」
「カイチョー?」
「生徒会長だよ。1月にどこぞの東北の田舎高校から転校してきたばかりらしいけど」
ぼそぼそと会話をしているうちに、彼はズカズカと8組の教室に入ってきた。
「18代目生徒会長、右京賢吾だ」
彼は聞いてもないのに、良い声を張って自己紹介をしながら彼らに近づいてきた。
そばに寄るとそこまでチビでもない。ギリギリ170㎝はありそうだ。
サラサラの黒髪。
色白な肌。
大きな瞳。
鼻も小さく唇も薄い。
華奢な体に上から下まで模範的な制服の着こなしに、デパートの制服コーナーで手を上げているマネキンを思い出す。
彼は自分たちに誰もしてこないような真っ直ぐな瞳でこちらを見つめた。
「尾沢と蜂谷だな。一緒にいてくれてちょうどよかった」
彼は尾沢を一瞥し、それから蜂谷に視線を戻した。
「何か用?生徒会長さん?」
180㎝を超える尾沢がわざと覗き込むように会長を見下ろした。
「うん。用だ」
彼は尾沢の眼光にも臆することなく微笑んだ。
「俺は、お前たちを更生しに来た…!」
そう言って彼は、選挙演説よろしく拳を握って見せた。
「更生って言っても勘違いしてほしくないのは、俺はお前たちのことを他の生徒や教師が噂しているような奴らではないと思っているから、なんだ!」
彼は拳を握ったまま話し続けた。
「ちょっと見た目が派手だったり、言動が乱暴だって言うだけで、みんなお前たちを畏怖の対象として見て、何やかにや理由を付けて、自分たちから遠ざけようとするんだよな…。わかる…。わかるよ!」
勝手に話を続ける生徒会長に、尾沢がこちらに視線を向けてくる。
蜂谷もそれに微笑で返しながら、何やら一生懸命語っている会長を覗き込んだ。
彼に自分たちの何がわかるというのだろう。
どこの田舎か知らないが、こんな定規を当てたようにまっすぐに生きてきたような少年に。
転校早々、生徒会長に立候補してしまうような、意識も志も前向きな奴に。
「……わかってくれるぅ?生徒会長さん」
蜂谷が言うと、尾沢が脇で口を押さえた。
しかし会長は大まじめな顔を上げると大きく頷いた。
「うん!すごくわかるよ!辛かったよな!」
言いながら178㎝の蜂谷の肩をがしっと掴んだ。
意外に握力だけは強い。
「高校生活、残り1年間しかないんだ…!さっさと更生して、最高の1年間にしようぜ!」
「ぶっ!」
尾沢が口を塞ぎ、ついに吹き出した。
蜂谷はニコニコ笑いながら小刻みに頷くと、小柄な会長の肩に自分も手を置いた。
「……うん。そーする」
「マジ?わかってくれた!?」
会長が安心したようにこちらを見上げた。
―――ああ。いいね。その目。
真っ直ぐで。
真っ直ぐすぎて。
ボキッと、折ってやりたくなる……。
「俺も会長と―――最高の1年間にしたくなった…!」
言うと会長は、
「よし!任せろ!」
大きく頷いた。
「はは。ロックオン」
隣で尾沢が小さく呟く。
その長い脚をこっそり蹴りながら、蜂谷は上唇を軽く嘗め、生徒会長を見下ろした。