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真夏の影法師

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真夏の影法師

40 - 第40話 俺は瑞野連の教師だ!

♥

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2024年07月15日

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雑木林の中は、うっすらと道ができているものの、ところどころに突出している木の根に足を取られて走りにくい。

それでも久次は、真夏の日差しとそのせいで出来た濃い葉の影の間を駆け抜けた。

『どこでって……通っている絵画教室で、ですけど……』

気弱そうな男子大学生は、久次の気迫に押され、戸惑いながら言った。

『えっと。谷原先生の絵画教室です』


ザッ ザッ ザッ ザッ ザッ

ハアッ ハアッ ハアッ ハアッ ハアッ


自分の足音と、呼吸音だけが耳の奥に響く。


『……彼、未成年なんですか?俺、全然知らなくて』


光と闇を交互に受けて、視界に陽性残像と陰性残像が入り乱れる。


『え……だって。今日も彼、モデルやるって聞きましたけど……』



アトリエにたどり着いた。

暴力的な日差しを受け続けた角膜が痛い。

それでも久次は怒りに眼球を燃やしながら、そのアトリエを睨んだ。


◆◆◆◆◆


「……何をやってるんだ!!」


その怒号は、文字どおり晴天の霹靂のようだった。


驚いた漣は、静止し続けて強張った身体を縮こませて、座っていた椅子から滑り落ちた。


「彼は未成年だぞ!」


その有無を言わさぬ太い声に、漣は一瞬警察が来たのかと思った。


(……ヤバい。俺、逮捕される?)


落ちたまま床に這いつくばった体勢で血の気が引いていく。


逮捕されたら、絵画教室はどうなる。


母親はどうなる。


楓はどうなる。


合唱部は?コンクールは?


久次は、どうなる!?


「谷原先生!あなた言いましたよね!!」


割れるほどの声がアトリエに響く。


「瑞野にモデルはさせないと!!モデルどころか、ヌードモデルじゃないか!!」


「……え」


その言葉に、やっとこの怒号の正体がわかり、漣はおそるおそる身体を起こした。


「クジ先生……?」


見上げると、崩れたネクタイを肩に引っかけ、髪を振り乱した久次が、谷原の胸倉を掴み上げていた。


「なんなんだ、あなたは……!」


生徒数人が立ち上がり、久次を押さえつけようとする。


「離してください!殴ったりしない!!俺は教師だ!」


久次はこちらを見下ろした。

「瑞野漣の、高校の教師だ!」

その言葉を聞き、まずいと思ったのか、生徒たちが顔を見合わせながら久次から手を離す。


「……落ち着いてくださいよ。久次先生」

谷原が大きく息を吐きながら両手を開いて見せる。

「とりあえず話をしましょう。皆さんを帰しますから。いいですね?」

久次は射るような瞳で谷原を睨みつけていたが、そのまま小さく頷き、その手を離した。

「というわけで、今日のデッサン会は中止です。皆さんお騒がせしました」

谷原は皆を振り返った。

「なお、皆さんはご存知のことと思いますが、美術に児童ポルノ禁止法は適用されません。ヌードモデルに起用しても、それを知りながら絵を描いたとしても、罪にも問われることはありません。ご安心を」

谷原は声を張り上げた。

「また、児童ポルノ法でいう“児童”とは18歳未満の子を言うのであり、ここにいる漣君は18歳になっています。重ねてご理解のほどをよろしくお願いします」

生徒たちは複雑そうな顔をしながら、キャンバスを片付け始めた。

谷原が掴まれた跡がついた襟を直しながら久次を睨み返す。


久次も彼を睨んだまま、傍らに置いてあったガウンを手に取った。

「瑞野。自分の部屋に戻ってろ」

漣は、いつもは完璧に髪をセットし、きちんとネクタイを巻き、ムカつくほどに余裕しか感じなかった久次の、汗だくの顔を見上げながら頷いた。

「何の心配もいらない。俺が谷原先生と、ちゃんと話をするから」

「…………」

目の端で谷原がこちらを睨んでくる。


後でどうなるかわかっているのか?


その目が言っている。


余計なことを言うなよ?


漣は黙って久次を見つめて頷くと、ガウンに腕を通し、前を結んで歩き出した。


アトリエを後にし、渡り廊下を進み、階段を上がる。

谷原が言う通り、ヌードモデルに未成年を起用したくらいでは、その絵を淫猥目的で使ったり、転売したりしない限り、法には触れない。

そんな愚かなことを、谷原はしない。

そして本当に法に触れることについては絶対に証拠を残さない。

漣にさせている売春の金も、指導特別料金としていちいち請求書を作り、口座に入金させるという方法を取っていると、前に客の1人が教えてくれた。

おそらく久次は、人当たりが良く口の上手い谷原の言葉に、上手く丸め込まれる。


それでもいい。

それでも、嬉しかった。


自分のためにあんなに怒ってくれるなんて。

あんなに振り乱して駆け付けてくれるなんて。


それだけで、十分だ。


漣は自室に入り、ドアを閉めると、一杯になった熱い胸を掴み、ふうと息を吐いた。


そして壁に飾ったワインボトルを見つめた。



Believe in the future.



俺は……未来を信じる。



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