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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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渡慶次と比嘉は口を開けたまま、その建物を見上げた。


――ここ、本当に入居者とかいるのか……?


黒々しいツルが巻き付いている外壁。

破れた障子。

ガムテープで補修してある割れた窓ガラス。


どうみても廃屋のようなアパートの正面の部屋のカギを開けた知念が振り返った。


「入って。誰もいないから」


「あ、ああ……」

「おお……」


どちらからともなく顔を見合わせた渡慶次と比嘉は、譲り合うようにその家に足を踏み入れた。


「――お邪魔します」


玄関に入る。

家主である知念の母親は、煙草でも吸うのだろうか。

黄ばんだクロス。

脱衣室のない洗面所とカビの生えた浴槽。

見える和室には布団が敷かれたままだった。


「はい、タオル」


一足先に中に入っていた知念が、2人分の白いタオルを持って戻ってきた。


「さ、サンキュ」


言いながら受け取る。

良かった。これは黴臭くなかった。


ガシガシと濡れた髪の毛を拭きながらキョロキョロと見回していると、


「靴脱いであがれば?」


ブレザーと白シャツを脱ぎ捨てた知念が、インナー姿がで冷蔵庫を開けた。


比嘉に続いてやけに低い框に上がると、べたつくクッションフロアの台所を突っ切り、炬燵の前に座った。


「どうぞ。なんもないけど」


いつの間にかトレーナーを着た知念が、2人の前に麦茶を置いた。


黙ってコップを掴んだ比嘉が奥の部屋を振り返った。


「…………」


つられて渡慶次もそちらを見た。


「……あれ……」


呟いた渡慶次を知念が見つめる。


「うん。親父」


知念はそう言いながら、長いトレーナーの袖からやっと見えるような指で、障子を開け放った。


そこには高校生の息子がいるのには明らかに若い、男の遺影が飾られていた。


「これは母親に聞いた話なんだけど」


そう前置きしてから知念は話しだした。


「親父が亡くなったのは10年前。ドールズ☆ナイトが携帯アプリとしてヒットした矢先のことだった」


知念は父親の慰霊を見上げながら話し出した。


「その後すぐにこのゲームは呪われているって話が流れ始めて、噂が噂を呼び、話に尾ひれがついて、このゲームは配信中止になったんだ」


知念は遺影が飾られた仏壇の引き出しを開け、数枚の紙きれを出した。


「『創作者のメモ』?」


比嘉がそれを手に取りながら眉を顰める。


「そう。キャラクターたちの特徴と攻略法が書いてある」


渡慶次もそれを受け取った。


「ドクター、ティーチャー、ゾンビ、ピエロ、それに、舞ちゃん。やっぱり俺たちが入ったゲーム、そのままだ……!」


知念はその言葉にはろくに反応しないまま小さく頷いた。


「……病気か?親父さんは」


比嘉がメモから視線を上げながら聞く。


「ううん」


知念は比嘉に視線を移すと、淡々と言った。


「自殺だよ」


「………」


渡慶次は知念の顔を見た。


少しでも人間らしい感情のにじむ表情が見られるかと思いきや、彼の顔は眉一つ動かなかった。


「……そのゲームが原因でか?」


比嘉は胡坐をかいた膝に肘を乗せながら上目遣いに知念を見つめた。


「ううん。違う。むしろそれがきっかけでゲームを作ったって言った方が正しい」


知念は自分に確認するように言葉を吐くと、やがて小さなため息をついた。


死ぬほどの悲しみを紛らわせるために、このゲームを作ったんだ


「死ぬほどの悲しみ……?」


渡慶次が眉間に皺を寄せると、知念は仏壇の引き出しから、今度は手のひらサイズの写真立てを取り出した。


「……これは?」


渡慶次はその写真をのぞき込んだ。


「ーーーー!」


その姿に思考が止まる。


くりくりと丸い目。

長いまつ毛にツインテール。

ドレスを着てめかしこんでいるのは――。


「知念……舞」


知念は小さく、しかしはっきりと言い放った。


「……8歳で死んだ、俺の姉だよ」


「8歳でって……」


比嘉が口を開けた。


「生まれた時から身体が弱くて、外にもほとんど出してもらえなかった」


知念は目を細めながら、雨が打ち付ける曇りガラスを見つめた。


「じゃあ病気で、か?」


しかしそれには答えない。

ただ曇って見えない窓の外を眺めている。


「――――」


渡慶次は視線を遺影の脇に並べられた女の子の写真に戻した。


やはり似ている。

髪の色や目の色など、まるきり同じわけではないが、ゲームキャラクターの舞ちゃんに。



「ドクターは……」


知念は『創作者のメモ』を手に取って言った。



画像


「姉の主治医だった。毎週月曜日と木曜日に往診に来てくれた」


次に知念が手にしたのはティーチャーのメモだった。



画像


「学校にいけない姉のために、親父が家庭教師を雇った。優しい女の先生だった」




そして次は、


画像

「姉の誕生日にはパーティーを開いた。ジャグリングサークルのアルバイトがピエロの恰好をして来てくれた」


最後は、



画像

「姉は怖がりで。夜の庭にはゾンビがいると信じこんでいた。だから一人では眠れなかった」


メモを並び終えると、知念は小さく息を吐いた。



「あのゲームは、1作丸ごと、姉への追悼作品なんだ」


画像

「――――」


渡慶次は並べられたメモを見下ろした。


病弱で幼くして死んだ娘。

あまりにも狭く限定さらざるを得なかった彼女の小さな世界。


それが、ドールズ☆ナイトの正体――――。



「――ん?」


渡慶次は眉間に皺を寄せた。


「なんだよ」


脇にいた比嘉がこちらを睨む。


「いや……それならおかしくないか?」


「?」


知念が目をわずかに見開く。



「――知念。悪いけど、親父さんが残したゲームに関するもの、全て出してくれないか」


渡慶次は立ち上がった。



「このゲームにはきっと、俺たちが知らない攻略法がある……!」




ドールズ☆ナイト

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