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◇◇◇◇
「親父の持ち物なんて、ここに越してくるときにあらかた片付けちゃったから……」
知念が布団の脇にあるやけに大きな箪笥を漁りながら言った。
「これくらいしかないよ」
古い木箱を取り出す。
「サンキュっ」
渡慶次はそれを知念のか母親のかわからない布団の上で開けた。
「……あ」
思わず声が出る。
そこには遺影とほとんど同じ笑顔で微笑む父親の写真が入っていた。
その膝には、トレーナーにジーンズ姿の女の子が乗っている。
ツインテール。
舞ちゃん――つまりは知念の姉だ。
「随分地味な格好だな」
比嘉ものぞき込む。
「普段からこんなドレス来てるわけじゃないよ」
知念が創作者メモの舞ちゃんを指さす。
「特別な日だけだよ。クリスマスとか、お正月とか、誕生日とか」
「―――」
渡慶次はまた木箱を漁り始めた。
「だと、やっぱりおかしいんだ」
「おかしい?どこが?」
知念がこちらを見下ろす。
渡慶次はそれには答えずに、布団の上に写真を並べ続けた。
「ピエロ……」
ゲームの中に出てきたような本格的な道化師ではない。
大学生のアルバイトが、カツラに雑な化粧、そして赤い丸鼻をつけただけの簡易的なピエロだ。
何かのパーティーの最中なのだろうか。
舞ちゃんは、ゲームの中のデザインそっくりのピンク色のドレスを着て、ピエロから風船を貰おうと笑っている。
「――――」
次の写真。
舞ちゃんにリボンのついたプレゼントを渡す女性。
中身は本だろうか。それともノートセットだろうか。分厚くて四角い。
いずれにせよ、舞ちゃんにはとても嬉しい物であるようだ。
彼女はニコニコとをそれを受け取っている。
「――――」
ドレス姿の舞ちゃんと、渡慶次たちが幼いころに流行った戦隊もののポーズをとっている中年男性。
白衣こそ来ていないが、首に聴診器をかけているため、ドクターだとわかる。
「やっぱりおかしい……」
渡慶次は普段の舞ちゃんと、パーティーの時の舞ちゃんを見比べて行った。
「なんだよ、やっぱりって。もったいぶんなって」
比嘉がまだ半信半疑の顔で渡慶次と知念を睨む。
一方知念の方は、すでに今までの渡慶次の話で確信を得ているのだろう。もうその瞳に疑念の香りはしなかった。
「このゲームのキャラってさ、舞ちゃんにとって、みんな怖い存在じゃないんだよ」
知念が無表情で見下ろす。
「ドクターも、ティーチャーも、ピエロでさえも、彼女にとって大事な人たちばかりだった。……ただ一人、ゾンビを除いては」
渡慶次はゾンビのメモを知念に翳した。
「ゾンビはもしかしたら体の弱い舞ちゃんにとって、自分の命を脅かす病気の化身だったのかもしれない。
つまり舞ちゃんは、ゾンビさえいなければ、優しい家族に包まれ、自分を大切にしてくれる人に囲まれ、幸せだったんだ」
渡慶次は、パーティーで他の大人たちとにこやかに笑っている舞ちゃんの写真の上に、家族で団らんしている幸せそうな舞ちゃんの写真を重ねていった。
「こっちの世界の知念は、あのゲームの攻略法は、互いに互いを食べさせることだって言った。でも、もしかしたら違うんじゃないか?」
渡慶次は知念を見つめた。
「あのゲーム、もしかして本当は……」
「繁(シゲル)ちゃーん?帰ってるのー?」
そのとき、玄関の方から高い声がした。
「何よ、電気も点けないで!」
入ってきたのは、とても高校生の息子を持つ母には見えない美しい女性だった。
「あら、いつものお友達じゃないのね」
母親はさして興味もなさそうに3人の横を通過すると、台所に入っていった。
ーー無表情なのは母親譲りか……。
渡慶次が呆れていると、
「あれが、泡母ちゃん?」
耳打ちしてきた比嘉を思わずゲンコツする。
「繁ちゃーん?」
台所から高い声が聞こえる。
「私、今からまた仕事だから、友達帰ったらカギ閉めてねー」
「わかった」
知念がそう言うと、バタンと冷蔵庫が閉まり、知念の母親は靴を引きずりながら出て行った。
「美人だったな……」
比嘉が膝を立てながら言う。
「そりゃどうも」
知念は照れ隠しなのか俯くと、いそいそと写真を片付け始めた。
「繁ちゃーん?だって」
比嘉が尚も揶揄う。
「うるさいよ」
「……繁ちゃん?」
「よせって」
「繁ちゃーん!」
「しつこい!」
「…………!!」
渡慶次は目を見開いた。
「ちょっと待て!」
そして知念がせっかく揃えた写真を、またベッドにバラまき始めた。
「いない……いない!ここにも……ここにも……!」
「何がだよ?繁ちゃんならちゃんとここにいるぜ?」
比嘉が立てた片膝に肘をついて尚もおどける。
「違う。ゲイシーだよ」
渡慶次は振り返った。
「パーティーの奥に見えるテーブルチェアにも、ご馳走が並ぶキッチンカートにも、日よけのパラソルの中にもいない」
――ん?待てよ。
渡慶次は写真を見つめたまま動きを止めた。
ゲイシー。
シゲル……?
「そうか……」
渡慶次は視線を上げた。
「お前が……ゲイシーだったのか」
渡慶次の視線の先には、両手をついてこちらを見上げた、知念が座っていた。
「……舞ちゃんがいつも大事に連れていたのは、ぬいぐるみのテディベアじゃなくて、弟のお前だった」
自分の口から出る言葉に鳥肌が立つ。
「だからゲームの中の舞ちゃんは、ゲイシーに友達を作ってあげるために頑張ってるし、ゲイシーの姿が見えなくなったら必死で探す。そしてゲイシーが傷つけられたら怒り狂う。姉として」
「――――」
比嘉は渡慶次と知念を交互に見た。
「このゲームの攻略のカギは、お前だ。知念」
渡慶次がそう言うと、
「……ふっ」
知念は小さく吹き出した。
「……この期に及んで誤魔化すなよ!」
「いや誤魔化してないよ。いい線いってる。でもちょっと違う」
知念はそう言うと、写真を見下ろした。
「ゲイシーっていうテディベアはちゃんとあった。確かに存在したんだよ。でも姉のものではなかった」
「………?」
「ゲイシーはね」
知念はその中の一枚を手に取ると、渡慶次に翳した。
「俺の人形だった」
「――――!」
そこにはピエロに風船を貰う舞ちゃんの影に隠れるようにして、人形を抱いた男の子が写っていた。
「どうしても具合が悪くて誰とも会えないとき、姉は俺の代わりに俺の人形を抱いて寝てたんだ」
知念は風船を持って笑顔を見せている姉の顔をなぞりながら言った。
「シゲルの人形だからゲイシー。いつの間にか安易な名前もつけられてた」
いつもは無表情な知念の頬が、柔らかく緩む。
「でもあの日、俺が公園にゲイシーを忘れてきちゃったんだ」
「あの日……?」
比嘉が聞き返すと、知念は口元を引き締めながら言った。
「姉が、死んだ日」
「………!」
「9歳の誕生日を目前に控えてた姉は、ずっと具合が悪くて、両親はつきっきりで看病してた。だから俺は、急遽雇われたベビーシッターと近所の公園で遊んでた」
知念はコクンと唾液を飲み込んでから続けた。
「突然、雨が降ってきて。俺たちは慌てて砂場で使ったバケツとスコップ、サッカーボールを抱えて、家路を急いだ。
でもそのとき、砂場のそばのベンチに置いてたゲイシーを忘れてきちゃったんだ」
いつもの淡々とした口調。でもどこか違う。
まるで独り言のような話し方に、比嘉も渡慶次も少し顔を寄せた。
「気づいた時にはすでに夜中で、雨も降ってたし、おまけに雷まで鳴り出した。残念だけど、明日の朝に取りに行こうってことになって、俺たちは寝たんだ」
知念の声が、低く、冷たくなっていく。
「俺は、ぐっすり寝てたし、両親も、姉の看護で疲れ果てていた」
「おい……」
比嘉が口を開く。
「夜中に、姉がそっとベッドから抜け出して、廊下を通り、階段を下りて、玄関ドアから抜け出したことに、だれも気づけなかった」
「やめろ……」
比嘉はうわごとのように呟いた。
「次の日の朝、ひとけのないT字路で、姉は見つかった。雨で視界の悪い中、車に跳ねられた姉は、即死だった」
知念はまるで口にするのが義務であるかのように続けた。
「姉を殺したのは、病気でも、ゾンビでもない」
知念は顔を上げた。
「ゲイシーを公園に忘れた、俺なんだよ」
部屋の中を、沈黙が支配した。
「…………」
比嘉は眉間に皺を寄せながら、家族4人で幸せそうに微笑んでいる写真を見下ろしている。
渡慶次も写真に目を落とした。
ドールズ☆ナイト。
もし本当にこれが、病弱であり、その上不幸な事故で亡くしてしまった幼い娘に対する追悼の作品なら。
父親は娘に何をしてあげたかったのだろう。
視界の端に、ドレスアップした舞ちゃんのキャラデザインが見えた。
「……パーティー」
そう呟いた渡慶次を、比嘉と知念は同時に見つめた。
「誕生日パーティーだよ。9歳の……!舞ちゃんが参加できなかった誕生日パーティーをするんだ!」
渡慶次は立ち上がった。
「ゾンビがいない状態で、舞ちゃんを大切な人たちで囲んでパーティーをする。
それがきっと、このゲームのトゥルーエンドだ……!」