「右京君」
夏休みを目前に控えた昼休み、右京が顔を上げると、クラスの女子がこちらを見下ろしていた。
「8組の最上さんが呼んでるよ?」
「―――最上……?」
右京が廊下を振り返ると、
「一応私、年上だから、“さん”付けしてくれない?」
そこには、数日前、ミヤコン最終演説でマイクを握った響子が立っていた。
「―――年上……?」
右京が首を傾げると、響子はふんと鼻を鳴らして髪を掻き上げた。
「ダブってんの。私」
「―――へえ」
右京が口を開けたところで、
「おい。お前、何しに来たんだよ」
右京の肩を抱くように屈んだ永月が、響子を睨んだ。
「俺の右京に近づくな。この売春婦が…!」
「……あんたね!」
響子は目を見開いた。
「よくそんなことが言えるわね!私は高校サッカー連盟に、あんたの悪事を訴えてもいいのよ!」
「そしたらサッカー部120人で輪姦してや―――」
右京と響子から同時に頭を叩かれた永月はその場にしゃがみこんだ。
「右京君。ちょっといい?できれば馬鹿がいないところで!」
言うと右京はしゃがんだ永月に、回し蹴りしてノックアウトすると、
「ああ」
と頷いて痙攣して倒れている永月を飛び越えながら、響子の後に続いた。
◆◆◆◆◆
「私がしたことはけして褒められたことじゃない。まずそれは初めに謝っておくわ」
屋上まで来た響子は、右京を振り返ると、目を伏せていった。
「ごめんなさい……」
「―――いや」
右京は頭を掻きながら言った。
「それで、俺の秘密って、誰からどこまで聞いて、誰にどこまでバラしたわけ?」
響子は視線を上げると続けた。
「右京君が山形県から転校してきたことを、辻先生から聞いて、蜂谷にそのまま伝えた」
「――辻……先生か……」
響子は気まずそうに再び視線を逸らすと、
「その情報を得るために、辻と一回関係を持った。そのことで蜂谷が辻を強請っていたなんてのは後から知ったんだけど」
「…………」
右京は目を伏せた。
それが蜂谷の手口だった。
何か1つでも弱みを見つけ、それをネタに金を強請る。
蜂谷にとって右京も、出納帳に載るべき一人に過ぎなかったのだろうか。
あのまま関係を持っていたら。
もし、いくとこまでいっていたら―――。
蜂谷も永月のように自分の写真を撮って、それをもとに強請ってきたのだろうか。
「でもさ……」
響子が軽く息をついて続けた。
「蜂谷から直接聞いたわけじゃないんだけど。あいつ、少しずつ、お金を返し始めてるみたいなんだよね」
「え………」
「出納帳の存在が右京君にバレたからかもしれないけど、強請ってた人たちに自分から連絡とって返してるみたい。どういう魂胆があるのかは謎なんだけど」
「…………」
癖なのか、響子はイラついたようにまた髪を掻き上げた。
「蜂谷も最低な奴だけど、それこそ永月と大差ないけど、でもあいつはちょっと生まれた環境が特殊だから」
「―――特殊?」
右京は首を捻った。
「祖父ちゃんが会長で、父ちゃんが社長で、家がめちゃくちゃ金持ちってことか?」
右京が言うと、
「―――それだけじゃない」
響子は鼻で笑った。
「あの家にもし私が生まれたとしても、“死んだ方がマシだ”って思うわ、きっと」
「―――死んだ方がマシ?」
その聞き捨てならない言葉に、右京は眉間に皺を寄せた。
響子は風に靡く髪をもう一度かき上げた。
「あいつはね、死ぬつもりなの。この高校生活が終わったら―――」
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